第13話 疑
「彼って……どういう人なんですか……? 圭と彼って、別人なんですか……?」
コウさんは、静かに笑みを見せただけで、その問いには答えなかった。
僕の肩から、コウさんの手が離れる。
「……コウ……お前……やっぱり……」
タカさんがコウさんの直ぐ後ろに立った。
コウさんは、ゆっくりとタカさんを振り向いた。
「タカ……捨ててもさ……捨て切れないものってあるんだよ」
「コウ……」
「俺……出るよ」
コウさんの言葉に、僕の後ろにいる男たちが騒ついた。
「出るって……塔を出て行くって事か? そんな事したらどうなるか、分かって言っているんだろうな」
「当然だ」
「一度入った者が出て行くって事はな……」
「分かってるって言ってんだろーがっ……! もう限界なんだよっ……!」
「……コウ」
「……悪い……タカ」
コウさんは、フウッと長く息をつくと、淡々とした口調で話し始めた。
「出せるもんは全て出した。俺にはもう何もない。あの塔に必要なものなんて何もな。呪術医を続ける為に塔に入った。それしか方法がなかったからだ。親父が構築した全てを無駄にしたくなかった……だが、入ったらどうだ? 苗字は捨てたも同然だったが、名前は元の名から取ったカタカナ二文字がコードネーム。先生と呼ばれる人間は、他人の知識体系をインプットした機械だ。高い知識? 高い能力? 笑わせるな。それ以上、それ以下でもないものに、何が期待出来る? 集めに集めた材料だけを囲って王様気取りか? それが天才とでもいうのか? だったら全員救ってみろよ。術後の経過が悪くても、ああ、この術式はあなたの体には合いませんでしたねって、やってみてから分かってんじゃねーよ……」
「お前なら……分かったって言うのか、コウ」
「……何の……為に……全部出したと思っているんだ」
悔しさを吐き出す声だった。
「何の考えもなしに、人のもんばっかり使ってるから、分かんねえんだよ。難解なものを使う事が、能力の高さだと? 使う事が出来ればいいってもんじゃない。その術式が使う相手に当て嵌まって、成功するかどうかなど二の次だ。あの塔の階層は、定められた術式が使えるかどうかで位置が決まる。ブロックごとに分かれてんのは、術式だ」
「だからお前は、術式のない下層止まりを選んだって訳か」
タカさんは、そう答えると、少し困ったような顔をしていたが、何やら考えているようだった。
「……じゃあ仕方がないな。ここまでだ、コウ」
タカさんがそう言葉を吐くと、僕の後ろにいた男たちが、僕とコウさんの体を押さえ込んだ。
「なっ……!」
声をあげたのは僕だけで、コウさんは動じる事もなく、タカさんを見ていた。
「仕方がないから、ここで終わりにしよう。それでいいんだろう?」
……終わりって……何……。
不穏を感じさせる言葉。押さえつけられる体は身動きが取れず、どうしようかと考えたが、無理に振り解こうとはしなかった。
……いざという時は……こっちも仕方がない。
「考えが変わったなんて絶対に言うなよ? なあ……遠見 侯和」
「……タカ」
「もうその名で呼ぶな」
そう言ってタカさんは、厳しい顔を見せると、空を仰ぎながら呟く。
「……早く来い。でないと……」
タカさんの目が僕へと向くと、僕へと近づき始め、スカルペルを取り出すと僕の首元に突き付けた。
「『宿』を殺しちまうぞ」
雷鳴が地まで震わせる程に大きく響き始めた。
空を走る稲光の鋭さが、タカさんの目にも現れていた。




