思慮
本物の継承者……。
そう気づいた僕は、圭の言葉を思い出していた。
『なあ、一夜。呪いってね。何種類かの材料を使うだろう? それは、呪文も同じ事。一つじゃ効力は弱いけど、それを組み合わせて一つのものにするとね、それぞれが役割を果たしてくれるんだ』
一つじゃ効力は弱い……組み合わせて一つのものにする……。
現に、来贅が描いた円と、圭の血で描かれた円が一つになろうとしている。
侯和さんは、圭に視線を向けた後、貴桐さんへと視線を向けた。
「……お前は……どうするんだ? 貴桐……」
「どうするってなんだよ? ふん……そんな哀れむような顔をするな」
「……そういう訳じゃない」
「だったらなんだ? 俺が奪われたものは取り戻せないと分かっている俺が、それでも俺以外の誰かは取り戻せるものがあるなら、抱えた思いも報われるんじゃないかって重ね合わせている俺が滑稽か?」
「馬鹿言うなよ。お前……俺には平気で傷口開くような事を言うくせに……」
「自分がそうなんだろって?」
ニヤリと笑みを見せる貴桐さんに、侯和さんは呆れたような溜息をついて言った。
「ああ……そうだよ」
貴桐さんは、ふうっと浅く息をつくと、侯和さんの言葉に納得しながら静かに答えた。
「ああ……そうだな」
『一人で抱えて、一人で答えを出したがる。お前がいつも思っている事は一つだけだ。それを大事に抱えて、悲観的になるのは自分が出来る唯一の償いか?』
「貴桐…… 一夜が宿木の枝を折れたのも……いや……お前が折らせたんだろう?」
「はは。買い被り過ぎだ」
「貴桐……」
侯和さんは、そんな事はないと続けたが、貴桐さんは答えず、圭の様子をじっと見ている亜央に目線を移していた。
貴桐さんの目線に、亜央は一度、目を伏せると諦めたように溜息をついた。
「柯上先生なんだ……」
亜央は、呟くように口を開いた。
「その呪法に気づいたのは。主様を見れば直ぐに分かるだろう? 見た目は俺たちとそう変わらない。この塔が出来てから何年経っている? 十五年だ」
亜央は、侯和さんの腕から彼女を自分へと抱き抱え、彼女へと視線を落としながら、言葉を続ける。
「治らないものは治らない。治せないものは治せない。結果的に器そのものが蝕まれ、修繕する事など不可能だ。一つずつ、一つずつ悪くなっていく……だが、その速度は速くて……追いつけない。昨日は笑って話もしていた、食事も摂れた……なのに急変するんだよ。待ったなんて効かない。だからこそ、時を留めたようにそこに存在しているその奇跡を、追い求めて集まったのが俺たち呪術医だろ……」
「亜央……この存在を作ったのは呪術医だって言いたいのか……?」
「ああ、そうだよ……だが俺たちは、大きな勘違いをしている」
「どういう事だ?」
「返せる器がないと言っただろう」
「亜央……」
何かを察した侯和さんと貴桐さんの目が動く。
「差綺!」
差綺を呼んだ侯和さんは眼鏡を外し、差綺へと投げ渡した。
眼鏡を受け取った差綺は、クスリと笑みを見せると、それを掛ける。
「じゃあ……」
差綺の目つきが変わった。口元は笑みを見せているが、目は笑っていない。
「仕上げ……」
そう呟く差綺は、来贅へと指を向けた。
……これは……。
「ケイ……」
来贅の手は、自分を抑え込む圭の手を掴み、不遜な態度も見せてはいなかったが……。
その口元に……笑みが見えた。
『一つじゃ効力は弱いけど、それを組み合わせて一つのものにするとね、それぞれが役割を果たしてくれるんだ』
円が一つになっていく。
一つになったら……それぞれが役割を果たす。
来贅へと向けられた差綺の指。
差綺は、冷ややかな目を向けて来贅に言った。
「僕を取り込んだ事……後悔してね……?」




