第54話 理屈と直感
「俺の……ロジックって……差綺……」
「そう……君の……ロジック。君はそれを実現出来る。だって、そうして来たでしょう?」
差綺の言葉に、圭は苦笑を漏らした。
「……流石……同じ鎖に繋がれていただけの事はあるね……」
「やだなあー、鎖だなんて。そこは共有って言って欲しいな?」
「はは……共有って……分かったよ、差綺」
そう答えると、圭の顔つきが変わった。その表情は少し硬くもあったが、真剣さが伝わっていた。
「圭……?」
圭の手が僕の胸元に置かれた。
「もう一度……」
……もう一度って……。
「力を貸して。一夜」
「圭……」
真っ直ぐに向けられる圭の目から、感じ取れる思いに僕は頷いた。
僕の頭に浮かんだ思いは、圭の思いと一致しているだろう。
僕の中にあるもの。僕の中に……いるもの。
咲耶さんが以前に言った言葉が、直ぐに結びついた。
『精霊を『利用』する覚悟に出来ますか?』
そうしている間にも、差綺の張った網は壁を剥がし続け、貴桐さんと侯和さんの会話のやりとりも続いていた。
「……貴桐。僅かな可能性しか……俺は保障出来ない」
「それでもいいと言われたら……楽になるのか。違うだろう」
「……貴桐」
「僅かな可能性だと言われても、それでもいいとその可能性を頼ってんだよ。僅かでも可能性はあると言ったなら、相手を期待させたんだ。本当に無理だと思うなら、可能性はないと言え。そう言えば助けてくれるなどとは期待しない、初めからな」
貴桐さんは分かっているんだ。
侯和さんと亜央との事を分かっているから、侯和さんを奮い立たせる為に、わざと煽るような事を言っている。
同じ事で……侯和さんに後悔させたくないと……。その辛く苦しい思いは、貴桐さんは嫌という程、刻まれて来たんだ。
そんな貴桐さんの思いを、侯和さんも気づいた事だろう。
『僅かな可能性しか……俺は保障出来ない』
侯和さんのその言葉は、きっと亜央に言った言葉と同じ言葉だ。
侯和さんにしても、貴桐さんに言う事で、二度、同じ思いはしないと、自分自身にも誓うつもりなのだろう。
「……いや。だからといって出来ないとは言っていない」
侯和さんは、一度、目を伏せると、また貴桐さんに目線を戻して言葉を続けた。
「俺は、その可能性に賭けている」
侯和さんのその言葉を聞くと、貴桐さんはニヤリと笑みを見せた。
「それは……期待していいんだな?」
「馬鹿言うな。わざと期待値を下げているんだ」
「ふうん……?」
「その方が期待以上になるだろう?」
そう言った侯和さんの表情からは、もう迷いも不安も消えていた。
侯和さんは上着を脱ぐと、一着置いてあった亜央の白衣を手に取り、羽織る。
同じ白衣を着る……か……。それは自分も変わっていないと、亜央に伝える為なんだと思った。
侯和さんの思いは決まったようだ。
そんな侯和さんを見る貴桐さんは、少し呆れたように息を吐くと、クスリと笑って言った。
「最初から上げとけ、馬鹿を言っているのはお前だ、侯和。無駄に心配させんじゃねえ」
差綺の張った網が、壁を剥がし続けていく。その網は衝撃を与える事なく、細かい網目が繊細に動いて壁を削り続け、その中にあるものを露わにさせる。
「見えてきたよ」
差綺の言葉に僕と圭は、壁に目を見張った。
「一夜」
圭の呼ぶ声に僕は頷き、胸元に置かれた圭の手を、僕はギュッと掴んだ。
蒼い光がパチッと弾け、白い煙が霧となる。
緩やかに流れた風が、壁を剥がし終えた差綺の網をそっと奪った。
差綺は、クスリと楽しげに笑うと、ふわりと舞う網を手元へと引き戻し、指で弄ぶ。
圭は、言った。
「その媒体に…… 一夜の知識体系を植え付ける」




