第46話 攻撃と守護
「圭……君の役目は終わったんだよ」
その赤い瞳は、とても冷たい目を見せて言った。
「差綺っ……」
差綺へと手を伸ばす僕を睨む目が、あまりにも鋭くて。
「動かないで。一夜」
初めて差綺を……怖いと思った。
硬直したように動きを止めた僕だったが、何故、差綺が急に態度を変えたのか、どうしても納得が出来なかった。
ギュッと握り締めた拳から、パチッと蒼い光が弾ける。
……ダメだよ。
心が……反比例する。
圭を差綺から無理矢理引き離してしまいたい思いと、差綺をそれでも信じたい思い。
無理に引き離そうとすれば、差綺は本当に攻撃して来るのだろうか。もし攻撃してきたら……。
のんびりとした口調で、呑気に笑って、自由で気ままで。
『一夜、それはね……』
僕が気づけない事を、教えてくれる。
『違うよ、一夜』
僕が間違っている事を、気づかせてくれる。
……差綺と闘うのは……嫌だ。
「みんな……ここから出て」
差綺は、そう言うと、圭を連れたまま、貴桐さんを擦り抜けて、部屋の奥へと進む。
擦れ違う際に貴桐さんは、下を向いて深く溜息をつくと、小さく呟いた。
「……馬鹿が」
差綺は、来贅たちが倒れている方へと近づいていく。
侯和さんと咲耶さんは、切なげに差綺を見ていたが、貴桐さんは振り向かず、部屋から出始める。
「……貴桐さん……貴桐さん……!」
どうしていいのか分からず、助けを求めるように貴桐さんの名を呼ぶ僕の肩を、貴桐さんはポンと叩いて言った。
「行くぞ」
「……そんな……」
「咲耶、侯和。早くそこから離れろ」
……そんな……。
「おい……貴桐……」
侯和さんも、圭は勿論だが、亜央も気に掛かっているようだった。
膝をつき、頭を垂れたままの状態で、全く動きを見せない亜央。
後ろ髪を引かれる思いで、一歩は歩を進めた侯和さんだったが、直ぐに足を止めた。
「早くしろっ!」
貴桐さんは声を荒げて、侯和さんを急かした。
「貴桐……! これ以上、何も出来ないって言うのかよっ……! このまま見過ごせと言うのかっ! じゃあ、何の為に来たんだよっ……!」
そのもどかしさが、怒りを吐き出させていた。
侯和さんが叫んだ後、バアンッと通路の方で大きな音がした。
音に反応して振り向いたと同時に、丹敷が部屋の中に吹き飛ばされてきた。
「丹敷っ……!」
僕たちの目の前を過ぎて壁に激突する寸前、丹敷は背後に蜘蛛の巣の網を大きく広げ、衝撃を緩和した。
「チッ……」
「大丈夫っ? 丹敷っ!」
僕は、丹敷へと駆け寄った。
「ああ……上階の奴らが一気に押し寄せて来た。網を張って防御したが、いつまで持つか……」
「上階の奴ら……?」
「ああ。頭のカタイ『先生方』だよ。タイミングを見計らっていたんだろう。攻めて来やがった」
……上階の奴らが攻めてきた……。
丹敷はゆっくりと立ち上がる。
「差綺は? 差綺は何処だ?」
差綺の姿が目に入らない事に、切羽詰まったような丹敷の表情。
ああ……やっぱり丹敷には、差綺に何が起きているのか感じ取れるんだな。
「あの部屋の奥に……」
僕がそう答えると、丹敷の顔色が変わる。
「一人でか?」
「圭を連れて……誰も入るなって……あんなの差綺じゃない……おかしいよ……こんなの……」
落ち込みを見せる僕に、丹敷がバシッと僕の背中を叩いた。
「……丹敷……」
「当たり前だろ。差綺はそんな奴じゃない。俺はずっとあいつといたんだ。誰もがあいつを信じる事が出来なくても、俺は……」
……丹敷。
丹敷の思いは強かった。
真っ直ぐで、こうと決めたらなり振り構わず一直線で、それでも丹敷は……。
「俺だけはあいつを信じてる。信じてやる……!」
丹敷は、差綺の元へと急ぎながら叫んだ。
「『約束』なんだっ……! 何があっても、どんな事があっても、必ず一緒にいると……約束したんだ……!」
丹敷の言葉に、圭の言葉が僕の体を染めていった。
『一夜……『約束』だ』




