第41話 設定と解除
「不要なものは切り捨てればいい。必要なものを入れるには……」
僕は、蒼白い霧へと手を伸ばし、亜央を睨みながら言った。
「邪魔だ」
蒼白い霧が大きく広がって、差綺の張った蜘蛛の巣の網に絡む圭は、割れたガラスケースを包む霧の中へと引き寄せられた。
霧に包まれ、見えなくなった圭の姿に、焦りを見せる亜央は、僕の肩を掴んで止めようとする。
「やめろっ……! あっ……!」
僕の体に触れた亜央の手が、バチッと弾かれた。
「僕に……触れるな」
冷ややかに放った言葉に、亜央の動きが止まった。
本物は一つ……その姿も一つだけ。
来贅が言った言葉の在処を……僕は。
「……見つけた」
僕は、割れたガラスケースを包む霧の中に手を入れる。
僕に触れる事が出来ない亜央は、その焦りと苛立ちの矛先を貴桐さんへと向けた。
「おいっ……! 殺す気なのかっ! 止めさせろっ……!」
声を荒げる亜央にも、貴桐さんは平然と言葉を返す。
「何を言っているんだ、お前は?」
「なんだと……?」
「精霊も継承者も手に入れたんじゃなかったのか? お前がそう言ったんだぞ。だったら間に誰が入れると思っているんだよ? 大体、その中身に手を加えたのは誰だ?」
「……嫌味か」
「ああ、そうだよ、嫌味だ。人の命に触れる呪術医は、都合のいい呪術だけを抜き取れば成り立つのか? 人の中にある『気』を抜き取った、抜け殻同然にしたその器に、他人の臓器を入れ替えて同じ姿を作れば奇跡? 思考の再構築だと? 繋ぎ合わせた者同士の臓器が、同じ姿を持っていたら、互いの思考も組み合わせられると思っていたのか? 笑わせるな。手に入れて当然だと傲った欲望が前に出ちまって、欠落してんだよ」
「欠落しているだと……? 完璧なはずだ……そんな事は……」
「使った呪術に責任が持てないなら、お前が預かったと言う命にも責任が持てないって事だ。何でもかんでも乱用してんじゃねーよ。解く事も出来ねえじゃねえか、無責任ヤローが」
「……だから……呪術師は嫌いなんだよ。呪術師には敵わないというその自信が、医師の全てを否定するんだ」
「お前も来贅と同じ事を言うんだな? 呪術は使うくせに、呪術師は嫌い、か。そのお前の嫌いな呪術師に、今、お前は助けを求めていなかったか?」
「この……」
亜央はそれ以上、言い返す事が出来ないようだったが、何かに気づいた様子で、強張った表情で僕の方をゆっくりと振り向いた。
「あ……おい……毒って……」
「あー。やっと気づいたんだ?」
差綺がクスリと笑みを漏らすと同時に、僕は一つの感触を掴み取っていた。
「毒を以って毒を制すという事か……」
亜央は、そう呟くと苦笑したが、僕が手にしたものから目を離す事はなかった。
僕が手にしたその上には、蜘蛛が乗っている。差綺が蜘蛛に指を向けると、差綺の方へと戻り始めた。
差綺の指先に乗った蜘蛛は、指から腕へと這い、首に戻る。
舞い上がり、広がった霧がパアッと消えると、僕の背後に圭が姿を見せていた。
「一夜」
僕の肩に圭の手がそっと置かれた。
「お前に託して良かったよ」
圭は、そう言って笑みを見せると、亜央へと向かった。
亜央をじっと見つめた後、圭は亜央の胸元を掴んだ。
「お前の実験は失敗だ、亜央。アレは何処に返そうか?」
圭と亜央は、僕の手にあるものへと視線を向けた。
それは、僕の手の上で鼓動を刻む。
「来贅の心臓」




