第37話 本物と偽物
圭が……二人いる。
僕は、ガラスケースの中に眠る圭と、僕の隣に立つ圭を交互に見た。
……なんで…… 一体、何が……どうなって……。
「……圭……圭……」
目の前の現実に混乱しないはずはなく、何を疑って、何を認めていいのか分からなかった。
「亜央っ……!」
自分が取り乱している事は、分かっていたが、亜央に掴み掛かる侯和さんの声に、目がいった。
侯和さんが亜央に掴み掛かった瞬間に、亜央の体がガラスケースにドンとぶつかる。
その反動でガラスケースが大きく揺れた。
僕は、咄嗟にガラスケースの揺れを手で抑える。
「あ……ああ……」
ガラスケースの揺れが僕の手で抑えられた事に安心する事はなく、僕は自分の行動に頭を抱えた。
……手が……震える。
声が……凍る。
全てが……凍りつく。僕の心まで冷たく冷やして、柔軟さが無くなった瞬間に、一気に亀裂を入れるように。
目で見えた事が真実だと、僕は判断している。
だから体が咄嗟に動いた。
隣にいた圭を擦り抜けて、ガラスケースの中の圭へと向かった。その自分の行動に、このガラスケースの中にいる圭が……。
本物だと思ってる自分に、恐怖を覚えて震えたんだ。
知識とは、視覚と聴覚で刻みつけられる。
Gブロックの診療科目が頭に浮かぶ。
循環器……心臓血管、そして脳神経。
時が止まった空間という、自分でも口にした言葉。
無数に繋がれた管はその姿と繋がって、機材から聞こえる機械音とガラスケースの中に眠る圭の心拍音まで伝えていた。
見慣れたその姿が危険に晒された時、僕の中に刻みつけられたものが守れと指令を送るんだ。
もう一つの、同じ姿を擦り抜けてでも。
「……圭……」
頭を抱える僕に、圭が歩み寄って来る。
「…… 一夜」
座り込んだ僕の前に、圭が目線を合わせて屈んだ。
互いに目線を合わせていたが、続ける言葉がなかった。
そんな中、侯和さんの声が響いている。
「お前……! これが何を意味しているのか、分かってんのかっ!」
「じゃあ……お前は、どっちが本物か分かるのか? ……そう……君も、ね……?」
亜央の目線が僕へと落ちる。
「君も見ているんじゃないのか」
そして続いた亜央の言葉に、僕の体の震えが大きくなった。
「自分とそっくりな……その姿に」
僕と……そっくりな、僕の姿。
それは当然、綺流を連想させた。
だけど……僕は……。
長く伸びた僕の白い髪。蒼さを増した僕の瞳。
チラチラとガラスケースに反射する僕のその姿に、僕は僕の中身を知る。
綺流は僕の中に……いるはずだ。
「一夜」
圭の声に、圭に視線をゆっくりと戻す。
圭は、自分の胸にそっと手を置くと、もう片方の手で僕の手を引いた。
圭の胸に置かれた手に、僕の手が重なる。
伝わる鼓動は一定のリズムを刻んで、その鼓動の感覚は、僕が一時期に抱えていた感覚を知らせている。
「……圭……」
圭は、穏やかな笑みを見せながら、そっと僕の手を離した。
驚きが僕の心臓を激しく揺らして震えが止まらず、力が入らない僕は、離された手は重力に比例して床へと落ちた。
「『大丈夫』一夜……」
二人の圭に間を挟まれる僕は、その『温度』を掴めずにいた。
圭の口元がクスリと笑みを漏らす。
その瞬間に僕はハッとした。
……その笑みは……。
「ちゃんと返して貰ったから」
そう答えた圭の言葉に、僕の頭の中で弾ける言葉が、僕の視覚と聴覚で結びつけた知識を呼んだ。




