第36話 連帯と孤立
「どうぞ。入って」
亜央は、扉を開けて僕たちを誘った。
どうぞと言われて、はいそうですかって……警戒しないはずないだろ……。
僕はそう思っていたが、圭だけは違った。
圭は、亜央が開けた扉へと先に歩を進め始めた。
……圭。
圭の背中を見る僕は、あの時の感覚が思い出されていた。
『俺……塔に行くよ』
圭の背中を見送ったあの日、圭はもう僕を振り向かなかった。
……嫌な……感覚だ。
圭は、躊躇う事なく歩を進めて行く。
圭が戻って来たといっても、この塔に中に圭は何年もいたんだ。その躊躇いのなさが、なんだか圭との距離を感じさせた。
離れていけば離れていく程に、伸ばした手さえ無意味に思う。
離れる前に掴んでおけば、引き止めるという事は……出来たんじゃないか……そんな確定しない後悔が僕に絡みつく。
「一夜」
圭の声に、今置かれている現状を再確認する。
開いた扉の前に立った圭は、僕を呼んで振り向いた。
「早く来いよ」
「……圭……」
「どうした? 一夜。早く。見せてくれるって言うんだから、見てみようじゃないか」
僕の躊躇いは消えなかった。
部屋の中に行くのが怖いとか、そういうのではなく、思い起こされたその距離感が、僕の足を進ませなかった。
圭は……慣れているんだよな……。
なんだか寂しさのような思いが、胸に針を刺してくる。
「…… 一夜」
貴桐さんが僕の背中を押した。
僕は、貴桐さんを振り向く。
貴桐さんは、部屋の方を真っ直ぐに見たまま、僕の躊躇いを払拭させる。
「行くぞ。心配するな。見送るだけなら誰でも出来る。だが……助けられるのは、お前だけじゃないのか、一夜」
「……貴桐さん」
僕は、貴桐さんの言葉に頷いた。
僕の足が踏み出すと、侯和さんが僕を抜いて先に行く。
侯和さんの乱れた感情を察した貴桐さんは、咲耶さんに目で合図する。
咲耶さんは頷くと、侯和さんの後についた。
「僕と丹敷はここにいるよ」
差綺は指先を広げながら、そう言った。
差綺の首元の蜘蛛の印が、微かに動いていた。
何か起きた時の為の予防線を張るのだろう。
僕は、差綺の言葉に頷くと、貴桐さんと共に部屋へと向かった。
部屋の中に入った僕たちだったが、明かりを遮断された部屋で何も見えない。
機械音が小さく耳に入る。なんだか圧迫されるような、冷たくも淀んだ空気感に、息が詰まる。
暗くて何も見えず、どの方向に進んだらいいのか分からず、足を止めていた僕たちだったが、その中で靴音が先に行く。きっと亜央の靴音だろう。
靴音が止むと、薄明かりがついた。
部屋の中が見えてくる。かなり広い部屋だったが、大きな机の上に乱雑に置かれた本や資料、いくつもの薬瓶の棚が圧迫感を与えていた。
亜央は、僕たちに目を向けると、更に奥へと進み始めた。僕たちについて来いと言うようだった。
僕たちは、亜央の後を追う。
カーテンで仕切られた部屋。亜央は、カーテンをくぐり抜けて中へと入って行った。
侯和さんが先にカーテンをくぐる。
……圭がいない。
亜央の次に侯和さんが続いたように見えていた僕は、圭の姿を目で探した。
圭が一番先に亜央について行ったはず……。
もう先に入ったのか……? 亜央よりも先に?
薄暗くて、よく見えなかったからか……僕の勘違いか。
「亜央っ……! お前……!」
……え……?
先に入った侯和さんの声が響いた。
その声に僕たちは、何かあったんだと急いで中に入る。
「あ……」
瞬間に出た声は続かず、直ぐに止まった。
瞬きなど、忘れた。
目に映ったその光景に、体の動きも、思考も止まった。
そして、目に映るものが僕の思考を動かす為に、色んな情報を与えてきた。
僕の思考が動き始めたら。
「わあああああああああーっ……!」
僕の叫びが僕を壊し始めた。
大きなガラスケースの中に眠った状態で、人がいる。何本もある管が、その体中を繋いでいた。
その中にいたのは。
圭だった。
だけど。
「一夜」
僕は、聞き慣れたその声の方向に、ゆっくりと顔を向ける。
……もう一人、僕の前に。
圭がいる。




