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 背中に突き刺さるチクチクとした視線に身を強張らせ、私の真横を歩くモルガンの姿をチラチラと窺いながら言われるがままアルマン魔王の後ろを静かについて歩いた。


「ミクの居た世界ではどうだか知らないが、この世界は平和というものとは縁遠い。城の中だからとてそれは例外ではなく……。だから魔王である私の近くにはどこへ行くにも、常に最も信頼のおける側近である三獣士(さんじゅうし)をとして護衛置いているのだ。吾輩も魔王となって日が浅い。故にどこに裏切り者が潜んでいるやもしれぬから――――ミク、三獣士(さんじゅうし)以外にはけっして気を許すなよ。そしてそんなオドオドとせずに、堂々と歩け!」


「はっ――――はいぃ……。」


 頭の後ろに目でもあるのだろうか……。

 アルマン魔王は後ろに居て見えないはずの私のビクビクした態度に叱咤した。

 怖い――ということはないが、モルガンとはどう接していけば良いのか分からない。

 自分よりは小さいとは言っても猫としてはかなり大きいその体格は、あっという間に私を組み伏すことができるだろう。

 だからこそ、こんな弱っちい人間の私にそこまで警戒心むき出しにせずともと思う。


 不意に目が合うと大きな目を鋭くさせて睨んでくるので、ちょっと――寂しい。

 この子とも……モルガンとも私は仲良くなりたいな。

 でも人懐っこい猫しか知らない私には、この大きな溝ともいえる距離の詰め方が分からない。

 初めて会うお客さんにも比較的愛想がいい子しか居ない猫カフェぐらいでしか実物の猫と触れあったことは無いし、夢や幻想ばかりでリアルな猫の姿を私は知らな過ぎた。

 勿論、知識としては知ってはいたが……ここまで諸に警戒心むき出しで威嚇されるとどうしたら良いのか分からない。


「うむうむ。使用人たちは今日もよく――。」


 アルマン魔王は外で庭木の手入れをしたり掃除したりしている使用人たちの働きを廊下を歩きながらを確認し、満足そうに自らの長いヒゲを肉球でタシタシと撫で付けた。

 が、その時にアルマン魔王が居るのに気が付いて立ち止まり、こちらに向かって頭を垂れていたある一人の使用人とすれ違おうとした瞬間、モルガンが素早く動いてアルマン魔王の前に出た。


「貴様――。何奴だ!? 見慣れぬ顔の様だが?」


「エッ?」


 長い毛をブワリ逆立たせ、私に向けられる以上に険しい視線をモルガンはその使用人に向けた。

 突然の大きな声と、それに伴って発せられた低い唸り声に私は気後れして身を縮こまらせた。


「私は――先代魔王様の親戚筋に当たる方からのご紹介により、昨日から働かせていただいております者で……。」


「先代様――だと?」


「はい!」


 凄みを利かせて訊ねたモルガンの問いに、この使用人は最敬礼をしたまま緊張からかプルプルと体を震わせて答えた。

 明らかなる弱者という態度を示すこの使用人に対し、モルガンはスラリと剣を抜いて切っ先を首の横ギリギリの所まで当てた。


「先代様の今も生き残っている親戚は1つだけ――――ここからは交通の便が一番悪い辺境にいるベロー家のみだ。そして貴族は必ず子女を一人は城に出仕させなければならないという決まりがあるが……あの家は先代様の唯一残された血筋の家という事で免除されている。加えて大勢の子供にも恵まれず、遠すぎるこの城都まで二~三人しかいない貴重な子供を自主的に領外へ出すとも思えん。貴様は――誰だ?。」


 別に私が迫られているわけでもないのに……怖い。

 牙をむき出し、低く静かにヴーヴーと唸るモルガンの迫力たるや……もう…………。


「――――チッ!」


 ――――チッ?


 この恐怖から身を縮こまらせているであろう使用人から、まさかの舌打ちの音が聞こえた。


「そこまで疑われちゃぁ、仕方ねぇな。」


 そう言って身を起こすと、サッとその場から後ろの方へとモルガンが突き出していた剣を避ける様にして跳んだ。


「今回は退散するが……我らが常にお前の命を狙っている! いつまでもその王位に就き続けれると思うなよ! 真の『魔王』はガストン様なんだからな!!」


 使用人かと思われていた不審者は捨て台詞を吐き、握り拳大の『何か』をモルガンへと投げつけてきた。

 何なのかと全員の三人の視線が『何か』に集まり、モルガンの体に当たった瞬間にそれは弾け飛んで「パンッ!!」と大きな音が鳴った。

 突然の大きな音にアルマン魔王は耳とヒゲを後ろに引いて身をかがめ、モルガンは全身の毛を逆立てたまま背筋をピンと伸ばした姿勢のまま直立不動となった。

 と、その隙に不審者はどこかへと逃げて行ってしまったのである。

 私も御多分に洩れず突然の大きな音にビックリしていたので何もすることができなかった……。


「ヴグググ……。取り逃してしまったか。」


 モルガンは不審者が逃げていったであろう方向の廊下の奥を睨みつけ、私は大きな音が鳴った所為でキーンと響く耳鳴りの中でハッとした。


「魔王様? アルマン魔王様!? 大丈夫ですか?」


 私が背を丸めて目をギュッと閉じているアルマン魔王の肩にポンっと背後から手を置くと、それに驚いたのかバッとこちらの方に振り返ってきて爪を出した手で猫パンチをしてきた。


「ォワッ!」


 私の驚いた声にハッと正気に戻ったのかシュンとして俯き、「すまん……」と小さく呟くアルマン魔王の声が聞こえ、心を落ち着ける為にかペロペロと自らの毛繕いをし始めていた。


「魔王様、この後はいかがいたしましょう? 城の中に不審者がいるとなりますと――。」


 モルガンはからの問いに、アルマン魔王は首を横に振った。


「あの者を城に潜り込ませてきた者に見当はついている……。吾輩を殺しに来た暗殺者ではなく、およそ弱点でも探ろうと放り込ませたスパイって程度であろう。今はまだ――。」


 ――――?


 何かを言いかけて口を閉ざしたアルマン魔王に私は首を傾げた。


「では――――。」


「あぁ。今日の予定はこのまま続行だ。」


 毛繕いの効果もあってか落ち着きを取り戻したアルマン魔王は、先程と同じ様に再び先頭を歩き始めた。

 平静を装ってはいるが、また不審者が居たと騒ぎが起きやしないかと私はハラハラドキドキしていた。

 そうしてそれからは何事もなく城の中を案内される様にグルリと歩き回り、殆どの箇所を歩いた最後の方に玄関ホールにまで来た。


「アルマン様……これは――――?」


 玄関ホール中央にデカデカと飾られた、ある一枚の絵画に私は目が留まった。


「これはな、初代魔王様の肖像画だ。」


 ――初代?


 その絵画に描かれていたのは少々恰幅の良い体格をした、九尾の三毛猫の姿絵であった。


「あっ、あの……。」


「なんだ?」


「アルマン様は二つしかない尻尾が、この絵の猫には九つある様に見えるのですが――。」


 アルマン魔王は私の質問に誇らしげにニンマリと笑った。


「あぁ、そうだ。国を守り、民らを守り……最も信頼できる者として民らから慕い仰がれ、より多くの人望を集めし代々の魔王だけにもたらされる特別な力によって、数十年の長き時を生き続けることができると尻尾の数は増えてゆくのだよ。尻尾一つで魔ニャン一人の一生分の命を生きると言われていてな、九尾まで行くことができれば――その存在は神の領域だとも言われている。九尾となった初代様はこの多くの魔ニャンが住む国のまさに英雄だ。そして私の目指すべきところだと言えるな――。」


 腕を組み、古の存在に夢を見、思いを馳せるかの如くアルマン魔王は目線を上にやってどこか遠くを見つめていた。

 九尾といえば神の使いだったか妖怪だったかの白い狐を思い起こすが……、この異世界でも九尾はそういう特別な存在ということなのだろう。

 また都市伝説だったかで、猫は九つの命を持っているとかってのも聞いたことがある。

 尻尾一つが一人の命の時間ってところから、何となく繋がりがある様に感じる。


「『魔王』という地位は、必ず死ななければ次の世代に譲位することができない決まりだ。それ故に命を狙われることが多いわけだが、――新たな魔王が即位する時には必然とも言っていいほどに争いが起きる。死人もでる。だから吾輩は初代様が治められた年数と同じぐらいなるべく長く統治し続け、争いごとを少なくしていきたいって思っているんだ。」


 アルマン魔王に対するイメージが少し変わった。

 小柄で子猫の様に頼りなさげでと偉そうにしていてもその実は弱弱しいという印象だったのだが、この言葉を聞いて大きな夢を抱くとても大きな背中を持つ成猫(おとな)だというイメージとなった。

 下僕としてアルマン魔王の配下へと新たに加わった私のことを城の使用人らに触れ回る為の散歩を終え、フレデリク宰相が待つ執務室へと帰ってきた。


「ただいま、フレデリク。」


「お帰りなさいませ。」


 執務室の椅子へ腰かけて書類を読んでいたフレデリク宰相は、アルマン魔王が帰ってきたのに気付くとニコリと微笑んで返事を返した。


「フレデリク……。」


 宰相の名前を呼びながら近寄り、アルマン魔王はフレデリク宰相にスリスリと頬擦りした。


「……! どうしたんです?」


「ちょっと……な。ガストンの手下と思われる奴が城に忍び込んでて……。」


 私には何のことやら分からなかったが――『ガストン』という名前を聞いてピクリと耳を動かし、尻尾を山形にして半分上げていた様子からフレデリク宰相は更にビックリしたということだろう。

 そういえばさっき逃げていった不審者がそんな名前を口にしていたな……。


「またあの方が……。」


 ――また?


 またとは何だろうか……。


「またって事は、以前にも何かあったんですか? その『ガストン』とかいう者はいったい…………。」


 フレデリク宰相はブンブンと大きく尻尾を振っていて見るからにイライラしており、機嫌の悪い時だから今は悪いかなと思いつつも後では聞きづらいからと勇気をだして思い切って質問してみた。


「『ガストン』は――アルマン様と最後の最後まで『魔王』の王位継承権を賭けて争った者の名前です。魔王を中心とした統治機構とは別に位置する『五公老』と呼ばれる――この国を建国した初代魔王様の血を引くとされる五つの家によって構成されております。役割は主に……魔王が不正をしないかの監視――――ですかね。」


 少し面倒くさそうではあったが、生来の性格によるものなのか尻尾をブンブンと振り続けてはいてもキッチリと質問に答えてくれた。


「監視?」


「えぇ、まぁ――。『魔王』というものは、必ずしも聖人君子がなれるものではないですから……。その為にほぼ同格ともいえる権力を持ち、唯一『魔王』を断罪できる組織となっています。でも、ほぼ同等の権力と言っても――魔王様お一人が背負う権力を五つの家が分散して持っているというだけで、個人としてはたいした脅威ではありません。」


「へ~ぇ……。」


 確かに国のトップに立つ者を監視する役割というのは必要だ。

 だけど何かが引っかかる…………。


「逃げていった不審者はそのガストンって者のことを『真の魔王』と言っていたよ。あれは――?」


 私の『真の魔王』という言葉を聞いてグッと眉間にシワを寄せ、フレデリク宰相は溜め息を吐いた。


「……五公老の家に生まれた者はよっぽどの才能にでも恵まれない限りは『魔王』には選ばれません。二重権力となるのを防ぐ為と、五公老の家の者が本来担うべき不正の監視という役割を果たせなくなる為です。ですが現当主でもあるあの者は……。自らが選ばれなかったことがおかしいのだと立腹し、本当なら血統も正しく強くて優秀な自分が魔王の地位に就くはずだったのだと――――そうあちこちで触れ回っているのです。」


「ハハァ。それで……。」


「えぇ――――。」


 フレデリク宰相がしてくれた説明に、私の抱いていた疑問は少し解消された。

 要するに――――嫉妬と羨望からのことなのだろう。

 それか血筋的な問題として、下手に権力を持つ家の系譜に生まれ育ってしまったばかりに『自分は選ばれた存在なんだ』という思い込みからなのか……。

 とどのつまりはアルマン魔王にとっても私にとっても、最も注意しなければならない者らだということだ。


「しかしガストンが……。スパイとして城に潜り込ませていたという事でしょうか。五公老の一端を担う家の当主で満足しておけば良いものを……。」


「フレデリク様。あの様子だとすぐには手を出してくるとは思えませんが……いざという時の為にそこの人間を魔王様の私室に置いてはどうでしょうか? 我ら三獣士(さんじゅうし)、魔王様の食事の為の食材探しもしている故に夜中までは人数的にも厳しく……宰相であるフレデリク様が信用なさる者だというならば……何かありましても盾ぐらいにはなりましょうぞ。」


「盾――ね…………。」


「えぇ。武の心得がなくともその身で魔王様に向けられた刃を受け止め、庇ってお守りすることぐらいは容易でしょう。人間というのは(それがし)ら魔ニャンと違って体格だけは大きいですからね。」


 と、モルガンは目だけをこちらに向けて私に対してニヤリと口の端をあげて笑った。

 今、なんかモルガンがさらっと恐ろしい事を言った気がするのだが……。


 ――ヒエッ!!!

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