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「ハァ~…………。猫……飼いたいなぁ。」


 そうポツリと呟く。


 別段、私が猫アレルギーとかいうことでもない。

 実家を出てそれなりに良い所に就職し、今は賃貸マンションで一人暮らしの私の家は狭すぎるということもなく快適に暮らせているし、仕事にも慣れて生活にも余裕が出てきた。


 た・だっ!


「何で、どこもかしこもペット不可物件だらけなのよー!!」


 都会で暮らす者の宿命とでも言うのだろうか……。

 キラキラとした都会に憧れて実家を出て一人暮らしを始めたはいいものの、就職した街にある賃貸物件はどれを見ても『ペット不可』のタグだらけだった。


「おまけに仕事を覚えたのをいい事に、近頃では子持ちの先輩に独身だからって理由で残業を押し付けられて帰りが遅くなることも少しでてきたし……。一人暮らしだと譲渡会に行っても敬遠されるしなぁ……。」


 幼い頃から猫が大好きだった私にとって、一人暮らしは大チャンスだった。

 なにしろ子供の頃から何度か親にお願いしたことがあったのだが父が猫嫌いという事もあり、実家では一度も許されることが無かったからだ。

 だがチャンスと思われた一人暮らしという状態は、都会で生きる事を選んだ私には同時に障害でもあるという事を今になって思い知った。


「今の私には、ネットに溢れる猫動画と猫カフェだけが癒し……。」


 現実問題として猫大好きな私が自分の家に自分だけの猫を迎えて可愛がれないという事は仕事や生活を丸っと変えない限りは確定であり、数時間だけの限られた触れあいを求めて猫カフェの常連となるのは必然であった。


「あ~ぁ……。明日からまた仕事かぁ……。」


 そんな寂しさを口にしつつ、連休の終わりゆく夕暮れを見ながら缶チューハイに酔いしれていた。


「就職したばかりの今はまだ都会に住んでたいけど……。年を取ったら田舎に引っ越して、猫と暮らそうかな~。」


 漫然とそんなことを思いつつ、空を見れば下の方へと降りてきて暗い影色になった雲からゴロゴロと梅雨の終わりを知らせる様に雷の音がしていた。


「夕立か……。あっ! 洗濯物をしまわなくっちゃ。」


 休日ではあったが連休の最終日である今日は何も用事は無く、通い詰め過ぎて流石に今日はと家でスナック菓子をツマミにだらだらとお酒を飲んでいた。

 で、ほろ酔い気分でついうっかりと忘れてしまっていた洗濯物を取り込もうとガラス戸を開け、バタバタとベランダに出たのだ。


「何にもすることが無い時って、うっかりとしてしまいがちだなぁ……私って。自分一人だけで暮らしていると何も張り合いがない所為かな……。生活もついついいい加減になりがちだし、ダメだな~。」


 干してあるハンガーにかかった洗濯物を物干し竿から1つ1つ外していると、雷の音がより一層激しく大きな音で鳴り出してきた。


「早くしなくっちゃ! 忙しかったのと雨の所為でできなくて、久しぶりに洗濯したから今日は特に多いのにぃ~。」


 部屋の中にあるソファの上に抱えていた洗濯物を置き、またベランダに行ってとバタバタと何度も部屋の中を往復し、私は酔っていた体で右へ左へと動いたおかげで鼓動が速くなり、疲れてフラフラと足元が覚束なくなっていた。


「これで、さ~いごっと!」


 最期の1つである洗濯物を物干し竿から取ろうとした瞬間っ!!


「――――っ!!」


 運悪く、私は雷に打たれてしまった。


 少し築年数は古いがその代わりに賃料が安く、更には最上階の角部屋という事でここだけ特別に少しばかし広いベランダがあるというのが気に入って借りた中層マンションの部屋だったが……それが災いした。

 ベランダの屋根は部屋から出てすぐの少しの場所しかなく、洗濯物を干している場所には空を阻む物は何もないので、周囲の建物の高さを見ても雷が落ちればそりゃ直撃するというものだ。


「短い人生だった…………。」


 雷に打たれた衝撃により意識を無くした私は死を意識し、その一瞬が何十時間の様にも感じられて走馬灯じみたものを見た。


「次こそは猫と暮らせる人生を…………。」


 と…………。


「ニャにをブツブツと言っているんだ? 貴様。」


「へっ? ん?」


 何が何だか分からない。

 私は確かにベランダで雷に打たれ……、どう考えても死んだはずだった。

 だがしかし…………。


「おいっ! 宰相。この生き物はニャんだ? 使えるのか?」


「ハッ! 魔王様、これなるは異界に存在せし『人間』ニャる生物かと……。我々の様に魔力は有しませんが手先は器用な者が多く、魔王様が求める下僕にはうってつけかと……。」


「ほぅ…………。」


 私は目をパチクリとさせた。


 魔、王…………??


 これは夢ではないのかと何度も両目を手で擦り、頬をつねった。


 ――――痛い……。


 ずんぐりむっくりとした二足歩行の服を着た三毛猫が、椅子に偉そうに座って横に立つ猫に魔王様と呼ばれ、傍らで同じく二足歩行の服を着た白猫がその魔王様に宰相と呼ばれ、その二人が私をジロジロと見ながら何かを相談していた。


「かっ、かっ、かわいい~!!!」


 自分の身に何が起こったのかも分からぬまま状況など頭からすっ飛んでいき、私の知った事ではないとその何とも可愛らしい光景に思わず歓喜の声をあげて二人に抱き着いてしまった。


「こっ、こら! よさんかっ!」


 私のその行動に宰相と呼ばれていた白猫は焦り、驚いて固まってしまった魔王様と呼ばれていた三毛猫から引き剥がそうとした。


「よさんか、人間! 魔王様の御前ニャるぞ!」


「……宰相よ。大丈夫ニャのか? 人間というのはアホゥなんじゃニャいのか?」


 ハァ~と深くため息を吐き、私の事を呆れた目で見る三毛猫の魔王様のご機嫌を取り成そうと白猫の宰相は早口で喋りだした。


「だ、大丈夫です! 躾さえすれば使える生物ニャので……。」


 今度はハッキリと聞き取れた。


「猫が……、猫が人間の言葉を喋ってる~!! ファンタジー!!!」


 目の前で次々と起こる不思議な出来事に私はテンションが上がりまくって語彙力を喪失し、ただただ黄色い歓声をあげていた。


「うるさいニャ!」


 キャーキャーという私のあまりの声のうるささにウンザリとした面持ちで白猫の宰相は耳を伏せ、三毛猫の魔王様はシャーと牙をむいて威嚇してきた。


「――――宰相よ……。やはりこの召喚は失敗なのではニャいのか?」


「…………。」


 三毛猫の魔王が発した言葉に白猫の宰相はハッと動きを止め、私は『召喚?』と、聞こえてきた首を傾けたくなる様な言葉に口を止め、目を点にさせてキョトンとした。

 この場には何とも言えない空気が流れ、白猫の宰相のゴクリと唾を飲み込む音がハッキリと聞き取れるほど暫し静かになっていた。


「魔王様……。」


 気まずい場の空気を壊す様に、白猫の宰相が口を開いた。


「僭越ながら申しますに……。」


「言ってみよ。」


「ニャ――。この召喚の儀ができるのは一世代一度限りとなっておりますニャ。ですからやり直しができるという事もなく……。それに何代か前の魔王様が召喚されたのも人間だったという史実が残っておりますが、なかなか重宝し、縁まで結ばれたと聞き及んでおりますニャ。ですからここは…………。」


「フウゥ、ムゥ…………。」


 白猫の宰相の話を聞いて三毛猫の魔王様は肘掛けに肘をついていた手に顎を乗せ、暫く考えこんだ。


「まぁ、考え込んだって仕方のない事だ。もしかしたら以外に使える奴かもしれんしの。」


「左様で……。」


「とりあえず部屋に入れてこの者の支度を整えさせろ。」


「ニャッ!」


「あっ! あと……ある程度、この者の仕事の話もしておけニャ。」


「かしこまりましたニャ。」


 私が口を挟む間もないまま、目の前で何かが決まったらしかった。

 白猫の宰相が私の手……を掴みたかったが高さ的に届かず、指先をちょんと掴んで「こっちへ来い」と部屋の外へと引っ張っていった。


「あっ、あの……私…………。」


「ん?」


 いきなりの状況に放り込まれた事で起きていた混乱が少しばかりは収まり、私の右手の指先を引っ張って先導し、ポテポテと歩く白猫に自分から勇気を出して話しかけた。


「私は一体……。それにここは何処? 召喚って、さっき聞こえた気がするんだけど――。」


「あぁ…………。説明がいるか?」


 その言葉に私は首を思いっきり上下にブンブンと振って首肯した。


 白猫の宰相は私のその勢いの良さにビックリして口をポカンと開け、毛を逆立てさせた。

目を見開いてジッと力強く自分の目を見つめてくる私の目力に思わず白猫の宰相は後退り、自らを落ち着ける為にかコホンと一つ咳払いをしてから話し始めた。


「えーーっと……ニャ。まずはお前、自分が一度死んだという意識はあるか?」


「――――えっ?」


「その様子だと無いようだな。では……。」


「えっ!? ちょっ、ちょっと待って! 私、死んでるの? 死んだの!?」


「あぁ、そうだ。」


 まさかの出来事に私は言葉を失った。


「あの時……。もしかして…………。」


「あぁ、何か思い出したか? その思い当たる事が原因でお前は一度死に、魂だけの存在となって虹の国に漂っていた所を当代の魔王様であらせられるアルマン様がこちらに呼んだのだ。魔王様になった方が生涯に一度だけ使える特殊儀式による召喚によってお前の魂はこの世界に呼び出され、生贄として使った数体の生き物によって魔王様から肉体を与えられてお前はこの世界に顕現したのだよ。」


 衝撃の事実に身が凍った。

 生贄?

 生贄って何?

 私は両手で体のあっちこっちを触っておかしな所はないかと確かめ、パニックになった。


「因みにここはお前からすると異界となる場所だ。魔王様から呼び出されたお前は二度目の人生を魔王様の為に使い、その生涯を魔王様の下僕として捧げるのがお前の役目だ。」


 何が何だか分からなくなった私は目を回し…………気絶した。



「んっ……? ベッドの上? じゃああれは夢……。」


「――じゃないぞ。」


 寝起きで意識もハッキリとはしない中で、視界の外からさっき聞いた覚えのある声が聞こえた。


「フゥ……。漸く気が付いたか。私も忙しいのだぞ、全く…………。」


 そう言って私の寝ているベッドの傍らに置いた椅子に座って本を読んでいたと思われる白猫の宰相が本をパタリと閉じた。


「あっ! イタタタタタタ……。」


「さっき倒れた時に思いっきり頭の後ろを打ったようだったからな。まったく、鈍くさい生き物だな、人間は。大丈夫か?」


「はぁ…………。」


 白猫の宰相からの問いかけに、私は気の無い返事を返した。


「とりあえずだ! ここでのお前の衣服はこちらで用意した。あぁ、サイズ等は気にしなくてもいい。魔法の糸で編んだ服だから着る者の体に合わせて勝手に変化する。それから食事は……まぁ、食べられない物もあるかもしれないからそれはおいおいと……。この世界で生まれ育った者にはどんなに平気な物でも、異界の者にとっては毒となりうる物もあるだろうしな。その肉体はお前の生前の姿に極めて合わせて作られているからお前にとっての不都合はないはずだが、そういったリスクもあるものだから気を付けろよ。それからこれが一番大事な事だ……!」


 私はまだポヤ~と虚ろ気な意識の中で、何かの歌でも聞いているかの如く白猫の宰相の言葉を聞き流していた。


「おいっ! ちゃんと聞いているのか!?」


 私のその様子に顔を私の顔面ギリギリまで近づけ、迫力ある大きな目で私の目を覗き込んできた。


「はっ、はいぃぃ!!」


「いいか? お前にとって一番大事な話をするぞ……! 言葉遣いぐらいは魔王様もそれぐらいはとお前に対してならお許しくださるだろう。だが最も優先すべきお前の仕事だけは抜かるな。それは――――。」


「それは……?」


私は何を言われるのだろうかと緊張のあまり一瞬息をするのを忘れてしまっていた。


「魔王様のお世話だ。」


「お世話……ですか?」


 私は『お世話』という言葉に緊張から一気に気持ちが反転して気が抜けた。


「そうだ……。魔王という地位に就けばその地位を奪おうと、色んな者が暗殺の機会をうかがって魔王様に近づいてくる。その暗殺される危険を取り払う為に、生涯を魔王様の為に下僕として絶対に裏切ることなく尽くす存在が必要なのだ。その為にこの世界ではない者、異界の者を召喚して契約を結び、主である魔王様の世話をさせるというのがこの国で代々行われている習わしなのだよ。」


 つまりは、だ…………!


 私は食事などの自らの生活の心配を特にすることも無く、夢だった猫との生活を思う存分満喫できるというわけだ!

 しかもここの猫はポテポテと二足歩行で可愛く歩き、言葉まで喋ることができるというオプション付きだ!

 なんと……、なんと素晴らしいのだろう!


「是非っ! 是非とも! 嬉しい!! やります!!!」


「おっ、おう……。やる気があってたいへん結構だ。」


 キラキラと目を輝かせ、諸手を挙げて一心不乱に喜ぶ私の奇妙ともとれる態度に白猫の宰相はたじろぎつつも、私が何の拒絶反応も示さないことに安堵していた。


「それから……私の名前は『フレデリク』だ。フレデリク様と呼ぶように。いいな?」


「はいっ!」


 満面の笑みで元気よく返事を即返す私に安心し、白猫の宰相……もといフレデリク宰相様は私を置いて部屋を出ていった。


「神様はこの世にいたんだぁ!」


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