邂逅の二人
2話です。相変わらず展開遅いですがよろしくお願いします。
街の端に突然現れる小さな森。手入れされた小道を歩いて行くとその花屋はあった。蔦がびっしりと絡まった煉瓦造りの建物には温室もついており、まるで魔法使いの家のようだ。それが少女の家だった。
シエルは慣れた手つきでてきぱきと仕事をする。早朝の花の水やりは彼女の仕事であった。膨大な量の植物に手を焼くこともあるが、水をやるとまるで返事するかのように揺れる花弁は美しい。
幼い少女はこの時間が好きだった。階下の仕事が終わるとじょうろや手入れの道具を抱えてえっちらおっちらと階段を登り、屋上に出る。
ドーム状の温室はガラス張りで、ここからは空がよく見えた。今日も天は上等のガウンのようだ。
きれいな天幕だけれど、結局のところは太陽が嫌いな神様のわがままじゃあないかしら。昔これをニュイに言ったら、こっぴどく叱られた。この国の人々は信仰心が強いのである。
ニュイは怒るが、なんてったってシエルは青空を知っているのだ、仕方ないだろう。
娘は夕方になれば山のきわに絵具を溶かしたように滲む、陽のいろを知っている。夜なんてそこら中真っ黒い闇の中に、満点の星がきらめくのだ。
そう、少女はとつくにの出身だった。ここのつの頃、訳あってこのむらさきいろの国に来て、ニュイに引き取られたのである。引き取られてから4年、2人はこの家で静かに暮らしていた。
シエルは外に出たかった。この国で生まれた人間はなぜかとつくにに出られないと決まっているけれど、外の出身のわたしならどうにかなるのではないかしら。
でも、ニュイはどうする?恩人を置いて自分だけおめおめ外に出るのだろうか。
なんでこの国から出られないの?とみんなに聞いても、「そういう決まりだから」と曖昧な答えしか返ってこない。少女はそれも不満の一つだった。
最後の花に水をやりため息をついたところで、何かが視界の端できらりと瞬いた。なんとはなしに顔を向ける。
それは天を流れる大きな光だった。
この国には流れ星なんて流れない、それにあの光は流れ星なんて大きさではない。光はゆっくりと空を滑って、
こちらに降ってくる!
シエルは慌てて温室を飛び出し、庭にいたニュイに駆け寄った。
「母さん!あれ、あの光、なあに!?落ちたら国が壊れてしまうわ!」
ニュイはのっぴきならない様子のシエルを一瞥してから怪訝そうな顔をして空を見上げ、もっと怪訝な顔になって少女に目を戻した。
この子はまた何を言い出したんだろう?なんてことない、いつも通りの空だ。
「おまえ、寝ぼけているのかい?なんにもない、いい天気じゃないか。」
シエルは慄いた。母には、この光が見えていない?仕事が終わっているのをいいことに、往来へと飛び出す。
そこにあったのはいつも通りの街並みだった。早朝だから人は少ないが誰も騒いでいないし、そも誰1人としてあのむらさきの空を見てはいなかった。こんなに大きな光なのに。
はっとして空を見上げると、輝きは「神殿の森」に差し掛かって、消えた。まさか森に落ちたのだろうか。
少女は不安と焦りを感じながらも、謎の光に奇妙な親しみを覚えた。
わたしはあの光を知っている。なんだかあの光に、呼ばれているような気がするのだ。
シエルは後ろで何か言っているニュイを放り出して、導かれるように駆け出した。
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「ぜえ、はあ……」
少女は憔悴していた。
森まで行くのは簡単だった。近所のおじさんが馬車を引いているのを捕まえて、言いくるめて近くまで乗せてもらったのだ。意外としたたかな娘なのである。
人のいいおじさんはシエルを疑うことなく町外れに少女を降ろした。夕方には仕事から帰って来るだろうから、その時にまた家まで乗せていってくれるそうだ。
しかし、相手が神殿の森となると話は違う。早速少女は迷ってしまった。
この場所には実は仕掛《•》け《•》があって、人は入らないようになっているのだが、そんな事を幼い娘が知るはずもなかった。何事もなく半ばまで来れたのは奇跡か、誰かの思惑か。あんなに主張していた光は鳴りをひそめて、ちっとも見つからない。
疲労困憊のシエルが空を見ると、もう夕方に差し掛かっていた。なんと長い間森を徘徊していたのだろう。
この国の時間は全て星が教えてくれる。本物の空に比べるとずっと少ない星たちはそれぞれ違う色をしていて、規則的に移動する。その並びを見て判断するのだ。
少女は回らない頭で考える。早く森を出ないと、おじさんを待たせてしまう。ニュイも心配しているだろう。
人に心配をかけるのはいけない。光は気になるが今日は一旦帰ろう。シエルはしょんぼりしながら、ぐるんと回れ右した。
「わぶっ」
わぶっ?
何かにぶつかったと同時に妙な音が鳴った。おそるおそる音の主を確認する。目の前で黒い布がさらりと揺れた。
そこには神様がいた。
びっくりするほどきれいな青年だった。
茫然とこちらを見る青い瞳は涼やかで、白い肌は陶器のようだ。年齢はどれくらいだろうか。近所の5歳上のお兄さんと同じくらいのようにも、もっと年上のようにも見える不思議な見目。彼の姿は昔絵本で見た神話物語に出てくる神様にそっくりだった。絹を思わせる髪はなぜかくしゃくしゃだが…。
先程の異音は彼から発せられたらしい。
青年は口を開く。
「……なんで人が???」
シエルは驚きのあまり口をぱくぱくさせていたが、ようやっといらえを返した。
「光が、ここに、おちて…」
ただでさえ丸くなっていた美しい瞳が、今度はこぼれ出るのではないかというほど見開かれた。青年は黒いローブに包まれた長身をかがめ、こちらをしげしげと見てくる。うすい唇から低く、落ち着いた声が流れた。
「君、さっきのが見えたのかい?」
こくこくと首を振る。このお兄さんにも見えたんだ!見知らぬ怪しい人物だというのに、シエルはその喜びでそれどころではなかった。
「困ったな…。幻覚魔法が効かなかったのか?こんなところまで来てしまうなんて…。」
青年は眉を顰めて何事かをぶつぶつと呟いていたが、シエルが所在なげに立っているのを見て我に帰ったようだった。困ったような顔で語りかけてくる。
「光のことは忘れなさい。君のためにならない。お家へお帰り、僕が送ってあげよう。」
シエルの両肩に手を添え、有無を言わさぬ調子で諭す。シエルはしばらくごねていたが、青年が似たような事しか言わないので諦めた。フリをした。
「わかった、ごめんなさい。」
少し大袈裟にしゅんとして見せる。青年は慌てて慰めの言葉を掛けてくる。君のせいじゃない、ここは良くない土地なんだ、大丈夫、でもここにはもう来てはいけないよ。わたわたと腕を振りながら、あの手この手で慰めてきた。
このお兄さん、意外とちょろいのではないだろうか。シエルはすこし心配になってしまった。
青年は約束通りシエルを森の出口まで送ってくれ、何回もここに来てはいけないと念を押してから木々の合間に消えていった。森に住んでいるのだろうか。
その3日後、シエルは重装備で森を徘徊しているところを青年に見つかり大目玉を食らうのであった。
小説のPV数を確認したのですが、数名の方に読んでいただけたようでびっくりしました!
このなろう戦国時代、正直1人だけでも読んでいただけたら大成功(?)だと思っていたので…。ありがとうございます!