初雪
十一月中旬 魚津城
織田軍による魚津城への攻撃は日々激化していった。十一月に入ると、ここまで粘りを見せていた松倉城も耐え切れずに落城。松倉城攻めの織田軍が魚津城攻めに加わった。
上杉軍は内陸部を迂回して海沿いの織田軍の退路を脅かしたが、松倉城が落ちたことによりそれも徐々に防がれていく。
そしてついに柴田勝家は佐々成政に佐久間盛政を援軍につけ、一万の兵で天神山城を囲ませた。二倍の兵力で包囲された上杉軍は討って出ることも叶わなくなり沈黙を余儀なくされた。
魚津城を囲む兵力は減ったものの、背後を気にせず戦えるようになったのは大きい。城方も必死で抵抗するものの、徐々に織田軍が有利になっていく。
そんな中、勝家の元に一人の男が連れて来られた。男は憔悴しきっているものの、どこか農民とは面構えが違った。
「勝家様、かねてから行方をくらませていた椎名小四郎を松倉城付近の山中で捕えました」
「おぬしが椎名小四郎か」
勝家の問いに男は無言で頷く。
椎名小四郎は元々上杉家臣長尾藤景の養子であったが、越中で度々謙信に叛いていた椎名康胤の養子に入った。御館の乱の最中に起こった月岡野の戦いでは上杉方として参戦するも織田軍に敗北。
本来なら魚津城にいるはずであったが、敗色が濃いと思ったのか行方をくらましていた。
「上杉方を見限りどうするつもりであったのだ」
「このまま魚津城にいても死を待つばかりだ。織田軍が越後になだれ込んだ後に期を見て兵を挙げ、独立するつもりだった」
小四郎は投げやりに言った。それを聞いて勝家は閉口する。隙をついて挙兵すれば一時的に独立することは出来るかもしれないが、その後攻め滅ぼされるのは明らかである。とはいえ、この男にとっては織田家の侵攻もこれまでの上杉や武田、神保といった戦国武将の領地争いと変わらないのかもしれない。
「もし織田軍につくというのであれば家臣として取り立ててやっても良い。望むのであれば旧領の一部も与えよう」
「何を……」
勝家の提案に小四郎は一瞬反論しかけたがすぐに沈黙する。すでに織田家に囚われた以上、元の計画を実行することは出来ない。
「分かりました。織田軍につきます」
「そうか。ならば手始めに魚津城の椎名旧臣を内応させよ。あくまで領地はそなたの動き次第だ」
「かしこまりました」
小四郎としても不満はあったが、旧臣を上杉家と心中させるのはあり得ない。後に家を再興するときのためにも家臣は結集させなければ。
そう考えた小四郎は城内に矢文を射こんだ。内容は単純で、椎名氏の旧臣はただちに城を脱出せよというものである。
戦況が劣勢だったこともあって矢文の効果はてきめんであった。その日の夜には数十人の兵士や武将が城を脱出する。ただでさえ劣勢のところにこの事件である。城の運命は決した。
魚津城
「まさか敵同士だったそなたと運命を共にすることになるとは思いもよらなかった」
椎名旧臣の脱走を聞いた城主の山本寺孝長は自嘲気味に呟いた。それを聞く相手は北条高広の家臣であった石口広宗である。乱の後には孝長も北条城の包囲をしたこともあり、ついこの前まで正真正銘の敵同士であった。
景虎に味方したものは死ぬまで戦うか他国に逃亡している者が多いので、実はこういう組み合わせは珍しい。
「その通りですな。しかし孝長殿はよろしいのですか? 今なら決死の覚悟で突出すれば脱出も可能かと思われますが」
「今更そのようなことは出来ぬ。元より富山城で失っていたはずの命だからな。それに城将に志願したとき、すでに勝長にお家は託した。上杉家への忠節はわしが尽くすゆえ、おぬしは先祖への忠節を尽くせ、とな」
勝長は孝長の弟である。御館の乱で父定長とともに景虎方に与したため隠居していた。先祖への忠節を尽くすということは家を長らえるということで、上越の山本寺家にとってこの状況では織田軍につくということである。
それを聞いて広宗は小さく息を飲んだ。
「逆に石口殿もこのような縁もゆかりもない地で討ち死にしてよろしいのか?」
「それがしの仕える景広殿はすでにこの世におりませんし、高広様も上野。もはや未練はありません」
広宗は淡々と述べた。
「それにお家という点では高広様に任せておけば間違いないでしょう」
北条高広は一度越後で謙信に叛き、帰参して厩橋城将となった後に後北条家に離反し、その後上杉家に帰参して今は武田についたという異色の経歴を持っている。
「それはそうだ。高広殿が滅ぼされるはずはないだろうな」
そう言って二人は笑った。
翌日、孝長は脱走兵の穴を埋めるために城内の布陣を再編した。
ふと空を見上げると灰色の雲がどんよりとたちこめており、いつになく肌寒い。
「これはそろそろ……雪が降るのではないか?」
北陸の初雪は早い。死を覚悟したはずなのにどうしても期待してしまう。
「皆の者、あと少し耐え切れば雪が降るぞ! 何としてでもそれまで耐えるのじゃ!」
「おおおっ」
わずかな希望を得た孝長は兵士を鼓舞する。しかしそれに応える兵士たちの声には開戦時ほどの覇気はなかった。
その日も織田軍の猛攻が始まった。孝長の目算ではあと数日は耐えられるはずだったが、この日の攻撃は違った。脱走した椎名氏の旧臣は城内の布陣や城の構造に詳しく、的確に兵の配置が薄いところを攻めてくる。その上、城内に残っていた椎名氏の旧臣たちは続々と脱出を続けた。このような状況で城が持つはずはない。
「もはやこれまでか……」
孝長は空を見上げた。寒さは厳しくなっており、すぐにでも雪が降りそうな気配だったが、織田軍の攻撃はそれを待ってはくれなかった。堰を切ったように押し寄せる織田軍にもはやなすすべはなかった。
無理を悟った孝長は広宗とともに本丸で切腹。城には火が上がった。
一方、椎名小四郎の捕縛を知った景勝も魚津城救援のために動いていた。兼続らの制止を振り切って自ら陣頭に立つと、全兵を率いて包囲軍に突入した。正面から銃弾を受けて死傷者は出たものの、景勝は織田軍の包囲を抜けようとしていた。包囲を突破する過程で兵士は散り散りになっていたが例え一千でも残っていれば魚津城攻めの織田軍の背後を突ける。
そうすれば少なくとも今日の間は落城を防げるだろう。そのまま景勝が入城すれば雪が降るまでは持ちこたえるかもしれない。
が、そこで魚津城から上がる火の手を見た景勝は唇を噛んだ。救援はわずかに遅かったし、織田軍は思った以上に早かった。むしろこのままうろうろしていては、魚津城の織田軍と天神山城の織田軍に包囲されてしまう。景勝は仕方なく撤退を命じた。
景勝軍が国境を越えて越後に入ると、待ち望んでいた雪が降った。
魚津城落城、天神山城放棄。これにより越中の主要地域はほぼ織田軍の支配下に入ることになるのである。




