膠着
その後も上杉軍との間では小競り合いが続いた。上杉軍はどうにか山道を通じて兵糧を運搬し、新発田軍はどうにかその元を断とうとする。しかし上杉軍領内の戦いである以上そのいたちごっこは必ずしも芳しいとは言えないようだった。
与板城内の上杉軍も冬までは兵糧が持つと考えているのだろう、城から討って出ることはせずに守りに徹している。そんな訳で周辺の攻防は手詰まり感があった。さらに言えば、兵糧を完全に断ったところですでに運び込まれている分がある以上、すぐに落ちるということはないだろう。
とはいえ、冬になってこちらが長岡城に居座って撤退しない構えを見せ、さらに景勝が長岡城の攻略に失敗すれば周辺諸将も上杉を見限り始めるのではないか。そう考えた俺は地道な兵糧攻めを続けることにした。
十月上旬 越中
富山城を落とした柴田勝家はその後怒涛の勢いで東進した。越中も山深い地が多いが、海沿いだけは平地が広がっている。勝家はそんな海沿いを進み、魚津城を包囲した。魚津城、そしてその後方にそびえる天神山城が越後への最後の防壁であった。
また、魚津城から少し山の中へ入ると松倉城もあるが、城将河田長親が死去しており、現在上条政繁が一千ほどの兵とともに代わりに入っている。
魚津城に籠っているのは山本寺孝長らに元々この地の勢力であった椎名氏らを加えた三千。富山城の戦いで敗北したばかりであったが、屈辱を晴らすため孝長は自ら城将に志願した。上杉家への忠誠という理由もあったが、越後に織田軍が乱入すると一番最初にあるのが山本寺家の領地であるため、どの道孝長にとって魚津城の守備は自家の存亡に直結する問題でもあった。
景勝は五千ほどの兵力とともに後方の天神山城に入り後詰の形をとった。とはいえ、全兵力を集めても織田軍の三分の一ほどしかなかった。
魚津城を包囲した勝家は形式的な降伏勧告を行ってそれがはねつけられるとただちに総攻撃を命令した。勝家軍だけでなく元々越中東部にいた織田軍が集結しているため、織田軍の総力に近い二万五千の大軍となっている。
「一気に押しつぶせ!」
「おおおおっ!」
富山城を落として勢いに乗る織田軍は一気に攻め寄せる。
対する魚津城は平城で、とりたてて堅固な備えがある城でもない。しかし雲霞のごとく攻め寄せる織田軍の攻撃を懸命に耐えた。魚津城周辺を拠点とする椎名兵も近隣に領地を持つ山本寺兵も自家の存亡をかけて必死に抵抗した。
「勝家様、東側から景勝の軍勢が迫っております」
「成政を向かわせよ」
さらに城攻めの最中に東方から景勝の軍勢が現れる。とはいえそれは予期していたことであったので、それを迎え撃つため勝家は成政の部隊五千ほどを向かわせる。成政は救援に駆け付ける上杉軍相手に鉄砲隊を並べて応戦した。
「上杉軍に勝つことは考えるな! 鉄砲を並べて城に近づけなければそれでいい!」
佐々軍の鉄砲が一斉に火を噴くとさすがの上杉軍も進軍を止める。たびたびの戦で上杉軍も鉄砲の脅威を学んでいた。
成政は兵士を叱咤するが、不意に空が黒く染まり、空から水滴が降り注ぐ。雨になれば鉄砲を使うのは難しい。
「織田軍は鉄砲がなければただの弱兵だ! 突っ込め!」
途端に勢いを得た上杉軍が成政の部隊に攻勢をかける。
「鉄砲などなくともすでに虫の息の上杉ごときに負けるでない!」
成政は兵を鼓舞するものの、すぐに勝家に伝令を走らせる。まもなく柴田軍からの援軍が駆けつけ、上杉軍は退いていったが、魚津城攻めは進まなかった。
「ならば晴れの日を選んで城を攻めるしかないようだな」
翌日も空模様が怪しかったので、二日後に勝家は再び魚津城に総攻撃をかけた。同じように成政は鉄砲隊を並べて上杉本隊を牽制する。景勝軍は近くまで来たものの、銃口を揃えて待ち受ける成政の軍勢を見ると歯ぎしりしてその場に立ち止まるしかなかった。
「よし、うまくいっているようだな。今のうちに総攻撃じゃ!」
それを見た勝家は残りの兵士を鼓舞して城を攻撃させる。が、攻撃を始めてすぐに西方から伝令が来る。思わぬ後方からの伝令に勝家は嫌な予感を感じつつ応じる。
「何だ」
「我が軍の輜重隊が松倉城から現れた上杉軍の奇襲により襲われました」
「何だと、被害は」
「兵糧の大部分と、一部矢玉に火をかけられたようでございます」
一度輜重隊を襲われた程度でどうにかなる織田軍ではないが、二万五千の大軍を維持するには相応の補給がいる。当然輜重隊に護衛はつけていたが、相手の方が上手だったらしい。
その日も日暮れまで城を攻め続けた。何度か城内に突入するなどの戦果もあったものの、城は落ちなかった。おそらく力攻めを繰り返しても一日二日で落ちることはないだろう。
「仕方ない、利家に命じて松倉城も囲ませるか」
勝家は前田利家にも五千の兵を与え、松倉城に向かわせた。松倉城にいるのはたった一千の兵である。五千もあればすぐに落ちるだろう、と勝家は思った。
翌日、魚津城攻めを続ける勝家の元に利家からの伝令が訪れた。伝令の表情を見る限りどうも松倉城が落ちたという報告ではなさそうである。
「申し上げます、松倉攻めの前田軍、上杉軍の奇襲を受けて一時撤退いたしました」
「何故だ。成政から上杉軍が動いたとの報告は受けておらぬが」
思わず勝家は眉を吊り上げてしまう。が、すぐに使者に当たっても仕方ないと思い表情を戻す。すると使者は言いにくそうに声をひそめる。
「それが……敗れたのは景勝率いる三百ほどの軍勢による奇襲とのことです。上杉軍は松倉城周辺の地元の者しか知らぬ山道を抜けて前田軍の本陣を襲ったとのこと……」
「何だと?」
確かに五千の軍勢から三百が抜けても気づかないことはあるだろう。そしてたった三百の軍勢が地元の者にしか知られていない山道を抜けてこれば気づかぬこともあるかもしれない。しかし五千の軍勢が奇襲を受けたとはいえ三百の軍勢に敗れるとは。
「昔謙信はたった七十人の兵で二万の北条軍に囲まれた唐沢山城を救援したと聞いたが、血が繋がっていないとはいえそういうところは親譲りのようだな」
これには勝家も嘆息せざるを得なかった。
「まあいい、奇襲というのはそう何度も使えるものではない。引き続き松倉城を攻め続けよと伝えよ」
「はいっ」
使者はそう答えると前田軍の元へ戻っていく。
「冬までに越中を平定するのは難しいかもしれぬな……」
勝家は空を見上げた。日本海の空は晴れの日でもどこかどんよりと曇っていた。




