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安土

 その後俺たちは七尾や金沢に寄港しながら船旅を続けた。織田家の有力武将のほとんどが越中に出払っている都合で、そちらでは最低限の休息と食糧の補給のみで終わった。さすがに俺も船酔いには慣れた。


 半月ほどして、俺たちはようやく敦賀に到着した。朝倉家が領有していた時代には「敦賀郡司」が置かれるなど重要拠点となっていたらしいが、現在は普通の港であった。俺たちが船から降りていくと、待機していた商人たちがぞろぞろと出迎えに来る。すぐに商談や接待を始める商人たちとは別に、一人の武将が俺の方へ歩いて来る。


「これは遠路はるばるご苦労でございます、織田家奉行の堀秀政と申します」

 年は俺より若いが利発そうな武将である。というか堀秀政と言えば結構大物だったような気がするが、それは秀吉時代でこの時代はそこまででもなかったのか。

「新発田重家だ。こちらこそお迎えありがたい」

「本日は旅の疲れなどもありましょう、翌日の朝に安土に向かう予定です」

 秀政は慇懃に頭を下げる。

「分かった」


 その晩、俺だけは商人たちとは違う豪華な館に通される。秀政に聞いたところによると、朝倉家の武将が使っていた館らしい。室内は漆できれいに磨かれ、灯りの光を受けてきらきらと光っていた。また、家具や調度品なども高級そうな木が使われている。基本的に越後の城はどこも質実を重んじているので、俺は物珍し気に館を眺めた。

「さすが織田家は宿一つとっても豪華だな」

「いえ、これは朝倉景鏡という者が使っていた館です。それに、この程度で驚かれては安土城を見たら卒倒しますよ」

 秀政は特に自慢するでもなく淡々と述べた。

「確かに壮麗な城とは聞くが、それほどか」

 朝倉家の館と聞くとどうでもよくなったのでその日はすぐに寝た。


 翌日、俺は同行する商人たち四十人たちを集めて敦賀を発つことにした。それを見て秀政は少し驚く。

「まさかここまでの人数だったとは」

「ほとんどは見物の商人たちだ。俺の供は十人ほどで、二人ずつ色部家と本庄家からの使者もいる」

「なるほど」

 そう言う秀政は数人の供を連れているだけであった。

「堀殿の方はかなり少人数だな」

「近江は上様のお膝元ですので」

 そう言えばこのころはすでに尾張美濃はほぼ信忠が治めており、信長は安土に居城を移していた。

 道々、俺たちは秀政の話を聞きながら歩いた。たまたま経路が浅井・朝倉家と戦ったときのものだったので、金ケ崎の退き口のとき、信長がいかに命からがら逃げたかとか、小谷城の攻防がいかに熾烈であったとか、姉川の戦いの模様などを聞いた。

 

 三日後、一行は安土に着いた。琵琶湖を見下ろす形でそびえたつ城は俺が今まで見たことのない建造物であった。小高い斜面の上に立つ天守は、数里先からでもはっきりと見てとることが出来た。その見た目は異様で、六層のうち下の方は通常の方形だったが、上階には突如として南蛮風の階や唐風の階が混ざっていた。城壁は白い漆喰が塗りたてのようになって輝いており、天守の朱や黄金の色が際立った。

 さらに近づいていくと、城は城下町から天守に向かって道はほぼまっすぐに伸びているのが見えた。まるで誰でも気軽に訪れて欲しいと言うようで、山の上にはあるものの防御の観点からは褒められた構造ではなかった。これではまるで守るための城というよりは見せるための城ではないか。


 ただ、城の石垣はきっちりと面にそって石が切りそろえられており、斜面に凹凸がない。石垣の斜面に凹凸があれば登りやすくなるため、そういう意味では石垣は防御性能が高い。当然石を加工してきれいに積むのは技術がいるだろう。春日山城ですらここまで石垣はきれいではない。しかし俺にはそんな石垣すらも見せるために積まれたように思えた。


「どうでしょうか?」

 秀政は城を眺める俺に尋ねる。

「すごいな……織田家の財力はこのような城すら作ることが出来るというのか」

「はい、上様はこの城の建設については金を惜しむなと言われました」

「すでにこの辺りには織田家の敵はいないのだったな。ならばさしづめこの城は防御ではなく威圧が目的なのか」

 俺の問いに秀政は少し考えて答える。

「当たらずとも遠からずと言ったところでしょうか。不肖私はどちらかというと支配を目的としていると考えます。これは私の解釈なのであまり多くは述べませんが、新発田殿にも何かを感じ取っていただければ幸いです。また、城は確かに立派ですが、城下には上様肝いりで建立された総見寺という寺がございます」


 総見寺は一見したところ多少立派ではあるが普通の寺である。しかし意識して見てみれば安土城を霊的に守護するように建っているようにも見えなくはなかった。

「ここは上様が近隣寺社から石材などを徴発して建立させたほどの寺です。あえて異質なものを一つ挙げるとすればこれでしょうか」

 そう言って秀政は寺の奥にある何の変哲もない石を指した。まるで仏像か何かのように丁重に置かれているものの、ただの石にしか見えない。

 確かに人の体ぐらいの大きさで、すべすべしてきれいではあるが、特に稀少な材質ではなさそうだ。そこには『神体 盆山』と立て札に書かれており、下の方には細かく効能が描かれていた。そもそもご神体というのは公開されているものではない。俺は首を捻った。

「見たところ普通の石のようではあるが」

「これは上様が自らを模して置いたとされています。そして寺を訪れた者たちは皆これを拝んでいくのです」


 そう言って秀政が石に手を合わせたので俺も、そして俺の後からぞろぞろとついてきた一行の者たちもそれに倣う。手を合わせながら俺は考える。

 俺たちは今信長を拝んでいることになるのだろうか。いくら仏教の比叡山や石山本願寺と敵対しているからといって、果たして寺(もしくは仏教)を貶すためだけにこのようなことをするのだろうか。俺は信長の底知れぬ恐ろしさを感じて密かに気を引き締めた。

秀政がわざわざ案内役を務めるのはおかしい気もしますが、名も知らぬ人にしてもあれなので秀政にしました。


信長は途中で死に、安土城が燃えたのでこの辺りの解釈は好き勝手出来るのでいいですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 饗応役に奉行クラスが出るというのは織田家の最大限の歓待ですね。 最前線の対岸の味方なわけですから、織田家としても感謝の意があるのでしょう。そして大名直々に少数の伴で来てるのですからこの織田家…
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