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収穫競争

八月 栃尾城

 栃尾城に入った新発田軍と三条城に入った上杉軍の睨み合いは意外にも一か月続いた。

 おそらく上杉方の思惑としては蘆名や揚北衆と結んで背後から俺を襲わせることだったのだろうが、本庄繁長の奮戦や色部長実の独立で当てが外れた。

 ちなみに繁長は大葉沢城の包囲を続けており、長実は占領した鳥坂城にて中条家の家臣たちへの調略を行っている。また、城下で確保した景泰の嫡子・一黒丸に自身の娘と婚約させて中条家の家督を継がせる旨を宣言した。中条家臣がついてくるかは未知数であったが。

 居城を奪われたとはいえ、景泰は安田長秀や蘆名家と連携して奪還を狙っており、長実もすぐには動けない状況だろう。


 そんな感じで揚北が膠着しているということはつまり、俺の方も手詰まりであった。三条城には六千の上杉軍、栃尾城には四千以上の新発田・本庄秀綱軍が入っており、包囲するほどの兵力差もないため特に補給が滞ることもなく、お互い有効な手が打てぬまま時間が経過していった。


 俺ももし自分が不利であれば栃尾城に多少の兵力を残して領地に引き返す振りをし、追ってきた上杉軍に野戦を挑むということをしても良かった。しかし野戦というのは常に大勝・大敗の可能性がある。放生橋のときは景勝との緒戦ということもあって張り切ったが、今そこまでの賭けに踏み切る必要性も感じられなかった。


 時間経過で有利になる要素を挙げるとすれば繁長が大葉沢城を落とせば応援に来てくれるかもしれないこと、そして織田家や神保長住が富山城に攻め込むことだろうか。

 確かに今年の三月に信長は本願寺と講和し、柴田勝家らは士気が下がった一向一揆の籠る尾山御坊を追い詰めていた。能登では昨年のうちに織田派の長連竜らが七尾城の鰺坂長実や上杉派の遊佐続光を追い出すなど上杉家は着々と領地を失っていた。

 とはいえ、織田軍が越中に侵入するにはまだ至っておらず、神保長住も吉江宗信・河田長親・山本寺孝長ら越中上杉軍に苦戦していた。長期的には待てば有利になるとはいえ、ここ数日で形勢が変わることは起こらなさそうである。


 さらに対陣は続いた。九月、稲刈りの時期が近付いた上杉軍が帰陣の準備を始めた。それを聞いた俺も帰陣の準備を始めた。あえて上杉軍を追わなかったのは一つ勝算があったからである。俺たちは示し合わせたように同日の未明、人目を忍ぶように城を抜け出しそれぞれの領地に帰った。ちなみに栃尾城には五十公野信宗らを援軍に残し、上杉方も斎藤朝信ら精鋭を三条城に残している。



 領地に戻った俺は久しぶりに雪の元に向かった。領内一帯には触れを出しているからあえて自分で向かう必要はなかったが、豪農である小路家には自分で伝える必要があるという口実をつけて雪に会うことにした。


 農村地帯に入ると、当然そこかしこで稲刈りと脱穀が行われていた。毎年大きな災害や領内での戦がなく無事収穫出来ているのを見るとほっとした気持ちになる。


 小路家に向かうと雪もすっかり慣れた手つきで千歯こきを用いて脱穀していた。雪の隣でも数人が脱穀作業をしている。ちなみに千歯こきは農家の規模に応じて割り振ったため、規模の小さい農家では一人だけ延々脱穀をしている、というところもある。俺が向かうとすぐに気づいてこちらに手を振ってくれる。


「最近は戦ばかりでなかなか帰ってこられないので心配していました」

 言われてみれば彼女の顔を見るのも久しぶりである。

「文句は上杉家に言ってくれ。俺も好きで栃尾城に二か月もいた訳ではないからな。そして今日も実はゆっくりはしてはいけない」

「そうですか。ではせめてご飯だけでも食べていってください」

 雪は家の中に駆け込むと、握り立てと思われるおにぎりをいくつか籠に入れて持ってきてくれた。


「作業中でもすぐ食べられるように家の者が握っておいてくれたんです。あいにくコシヒカリではないですが……」

 俺たちはその辺に腰を下ろす。何となくそういう雰囲気を感じたのか、他の者たちも昼休憩を始めた。

「今年は一杯取れたし、後でゆっくり味わって食べることにしよう」

 そう言って俺はおにぎりを一つもらう。コシヒカリではなかったが、収穫したて、にぎりたての米はおいしかった。


「すでに触として出してはいるが、男衆は稲刈りが終わればすぐにまた兵として出てもらうことになる。それも適切な年齢の者は一人残らず」

 ご飯を食べながらする話でもなかったが、一応用件を伝える。

「そんな大戦になるのですか」

 雪の表情が曇る。


「そうではない。今俺たちと上杉家はともに稲刈りのために兵を退いているが、収穫が終わり次第戦場に戻ることになる。出来るだけ大兵力を連れていき、上杉家が戻るまでに片をつけて終わらせたいのだ」

「なるほど。千歯こきのおかげで脱穀から浮いた人手を稲刈りの方に回せば素早く終わらせることは可能でしょう。しかしそれは……寂しいですね」

 一瞬雪は目を伏せる。

 ふと俺は新幹線の開通で移動時間が短縮されたが、結局仕事が増えるだけで忙しさは変わらなかったという話を思い出した。

「大丈夫だ、いつか上杉や蘆名を全部倒せば戦争のない平和な地になる」

 俺はそう言いながら、ふと疑問を覚えた。本当にそうなるのだろうか。そんな疑問を察したのか、いつもなら「はい」と笑顔で頷いてくれる雪も無言のままだった。


 数日後、無理やり収穫を終わらせた俺は五千の兵を率いて三条城へと舞い戻った。斎藤朝信も万全の構えで待ち構えていたが、堅牢な山城である栃尾城と違い三条城は平城で、しかも一時期保有していた俺たちは構造に詳しい者が多かった。斎藤朝信も一千ほどの兵力で果敢に抵抗したものの、五日目に五倍の兵力差を覆すことが出来ずに落ち延びた。

 ちなみに景勝はすでに春日山城を出立していたが、三条城落城の報を聞くとそのまま越中に軍を向けたという。俺は元三条城の奉行であった信宗を三条城に入れると領地に戻って兵を解散した。

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― 新着の感想 ―
[一言]  稲刈り時期に新発田の三条城攻めを耳にして慌てて兵を招集するも間に合わなかったのであろう景勝は、領内の農政が大丈夫なのか不安になれますな  今回の三条城奪還戦で出た敵味方の兵の損害がいかほど…
[一言] 祝・三条城奪還。栃尾城と新発田城との補給が密になるし、蘆名氏の赤谷城攻めの足掛かりになりそう。 赤谷城の次は津川城も見えてくる。 新発田勝ち続けてるので、勝ち馬に乗る勢力も出てきそう。 上…
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