栃尾城攻防戦 Ⅱ
信宗は兵士たちに小分けにした物資を持たせると、商人や浪人に変装させてばらばらに栃尾城に向かわせた。栃尾城周辺には上杉方のわずかな見張りのみが残っていたが、信宗は騎兵のみ数十騎を率いてそれらの見張りのみ討ち取っていった。やがて変装した兵士たちはばらばらに栃尾城に入っていく。数十人規模ならまだしも、一人二人とばらばらに城の中に入っていくのを止められるほどの警戒網は敷かれていなかった。
信宗が栃尾城に入ると、中にはやつれた顔で柵を修繕したり、矢玉の代わりに石礫を集めている兵士らがいた。本当に今まで落ちていなかったのが不思議なくらいである。状態の酷さの割に兵士たちの戦意は衰えていないのは見事である。
「このたびは救援本当に感謝している」
信宗を出迎えた本庄秀綱も心なしか体が細くなっていた。これには信宗も心を痛めた。
「とりあえず数日分の食糧と二、三戦は出来るほどの矢玉は持ってまいりました。しかし上杉軍に勝利するには本庄殿の協力が不可欠です」
「分かった。出来ることは何でもしよう」
本当は新発田家が一度上杉家と和議を結んだことをよく思っていないであろう秀綱だったが、そんな様子は露ほども見せなかった。
七月五日
栃尾城に援軍が続々と入城していることを知った上杉軍は上条政繁・山浦国清らに一千の兵を与えて包囲に向かわせた。一千の兵は栃尾城周辺に築かれた砦に入って城を包囲しようとする。
しかし城を包囲するということはそれぞれの砦に入っている兵士は分散されるということである。それを見た秀綱と信宗は最低限の兵力を城に残して討って出た。新発田軍の到着前、すでに死に体のようになっていた城兵たちを見ていた上杉軍は油断していた。しかし補給を受けて体力を回復し、援軍を見て士気を回復させていた本庄軍は鋭い錐のように上杉軍に向かっていった。火のような猛攻に、砦を守っていた上条政繁は単独では支えきれないとみて敗走。
あっという間に砦のうちの一つが落ちると、上条政繁が兵を立て直す前に応援に駆け付けた山浦国清を攻撃。激戦の末、撃破した。
包囲軍を破った本庄秀綱と五十公野信宗はそのまま上杉本隊の背後を目指して進撃した。
栃尾城の軍勢が上杉本隊の後ろに現れたのを見た俺はただちに軍を動かした。上杉軍の先鋒を務めていた須田満親はただちに鉄砲隊と弓隊に迎撃準備をさせる。突撃する新発田軍に矢玉が降り注ぎ、何人かがばたばたと倒れるがすぐに白兵戦となった。
須田満親は果敢に応戦するが、後続の上杉軍は後方から現れた軍勢に驚き対応が遅れた。その間に俺は兵を進めて満親の先鋒軍を包囲する。上杉軍から一部隊が派遣されて秀綱らを迎え撃ったときにはすでに満親隊は包囲されていた。
「ここはいったん退け」
たまらずに満親は撤退を始める。それを追って新発田軍は上杉本隊に突入した。上杉軍も必死で反撃するものの、対応が一歩遅れてしまったためか徐々に押されていく。
「ここで押せば勝てるか?」
俺は馬に跨ると自ら槍をとる。右往左往する上杉兵を蹴散らして進んでいく。名将揃いと言われた上杉家ではあったが、御館の乱やその後のごたごたによる討ち死に、さらに越中防衛などに人手をとられてさすがに人材不足のようだった。前回戦った時よりも心なしか手ごたえがないような気もする。
進んでいくと乱戦の中、直江兼続の陣が見えた。俺は思わずそちらに馬を向ける。
「どこにいる直江兼続! 出てきて勝負せよ!」
「おのれ裏切り者め!」
直江家の老臣、栗林政頼が槍をとって俺の前に立ちはだかる。御館の乱のときには越後に侵入した北条家の軍勢を追い返した人物である。政頼と何合か撃ち合うが、年齢もあって政頼は少しずつ押されていく。が。
「そこまでだ」
俺たちの間に割って入ったのは斎藤朝信であった。朝信がいるということは三条城の兵が救援に駆け付けたということだろう。
「くそ、間に合わなかったか」
「上杉軍が退却するまでわしが相手だ」
仕方なく俺は朝信と打ち合うが、形勢は互角である。その間に上杉軍は次々と退いていき、三条城へと入っていった。
「またどこかで会おう」
朝信も頃合いを見て退却していく。こうして結果は新発田軍の僅差での勝利という形でいったん戦いは終わった。勝利した新発田軍は追撃はせずに栃尾城周辺の砦の破却に回り、本庄秀綱と合流した。




