出羽の覇権
「東禅寺義長を逃がすな! 必ず討ち取れ!」
俺は崩れ発つ東禅寺軍に向かって自軍を叱咤する。新潟酒田間の交易時に、人夫などに偽装して少しずつ酒田に送っていた兵力は三百ほど。東禅寺軍に比べればわずかだが、奇襲が成功した今のうちに義長を討ち、このごたごたにけりをつけたかった。
「敵は小勢だ、押し返せ!」
崩れていく敵軍の中、一人の武将が懸命に兵を叱咤している。敵軍の方が数が多いので立て直されれば形勢は変わってしまう。俺は自ら槍をとり、名乗りを上げる。
「俺の名は新発田重家!」
「我が名は東禅寺勝正! 貴殿さえ討てばまだ形勢は変わる!」
東禅寺勝正は確か義長の弟だったはずだ。こちらとしても勝正さえ討ち取れば勝利を確実に出来る。
「ならば相手にとって不足なし!」
俺は馬を進めるとその勢いで槍を繰り出す。勝正はそれをかわして返しの槍を突き出す。俺はそれを力任せに槍で払った。
「なっ」
ガツン、
と音がして勝正の槍が跳ね上がる。その衝撃で勝正は思わず体勢を崩す。
そこへ容赦なく俺は追撃の槍を突き出す。
「ぐはっ!」
体勢を崩していた勝正は俺の突きを避けきれず、胸の辺りに突きを受けた。鎧で刺突自体は防いだものの衝撃自体は防ぎきれず、勝正は落馬する。地に落ちた勝正の首元に今度こそとどめの一撃を突き付ける。
「東禅寺勝正は討ち取ったぞ!」
その声を聞いた東禅寺軍の兵士たちは立て直しかけていた者たちも完全に崩れ去っていく。そこへ尾浦城からも大宝寺軍が出撃する。その先頭に立っていたのは本庄繁長だ。今回の奇襲は繁長との打ち合わせあってこそだった。
「思ったより裏切者が多くて苦戦してしまった」
繁長は俺の姿を見つけると少しバツが悪そうに言う。
「裏切者は早めに裏切ってくれた方が今後は楽だぞ」
「そうだな。しかし相変わらず新発田殿の武勇は凄まじいな」
「越後衆に比べれば大したことはない」
「それはそうだ。よし、このまま大宝寺城に攻めかかり東禅寺義長の首をとるぞ」
繁長は繁長で領地を長期間離れており焦っていた。繁長についていた大宝寺家臣たちも義長が敗走していくのを見て覚悟を決めたようである。
「義長を討ち取った者には褒美は思いのままぞ!」
兵士たちを奮い立たせて追撃戦に移っている。どうせ勝つのであれば手柄を立てて今後は繁長に代わり大宝寺家中で発言権を得たいとの気持ちがあるのだろう。最初の攻城時に東禅寺方の勢いがそのまま大宝寺方に乗り移ったかのように潮目が変わった。
俺たちはそのまま勢いに乗って大宝寺城まで駆けた。大宝寺城は尾浦城と違い、庄内平野の中にある平城であり、さほどの攻めづらさはない。義長は俺の奇襲を受けて素早く撤退を決めたからか、すでに大宝寺城に駆け込み城門を閉ざしていた。逃げ遅れた東禅寺軍の兵士たちはそれを見て合流を諦めて離散していく。中には武器を捨てて投降する者もいた。
「よし、このまま城攻めだ!」
繁長はそのまま槍をとって城門へ馬を走らせる。急な追撃戦となったためお互い兵力は少なく、完全に勢いに任せた攻城となった。無論、俺も城壁際まで前進して兵を叱咤する。追い詰められた東禅寺軍も必死の形相で矢玉を放つ。窮鼠猫を噛むというが、城兵の抵抗はすさまじかった。
が、決着がつく瞬間というのは呆気ないものである。不意に大宝寺城内部から一筋の煙が上がったかと思うと、ついで城門が破られた。大宝寺方に義長に内通する者がいたように、こちらにも義長に心服していない者が混ざっていたようである。
一度城門が破られるとそこからは早かった。城内になだれこんだ俺たちは次々に東禅寺兵を倒しながら奥へと進んでいく。
そして本丸に辿り着いた俺はそこで腹を切って果てている東禅寺義長の姿を見つけた。義氏から人望が離れていたとはいえ、裏切りで主家簒奪を謀った者の末路は哀れであった。
「これでやっと終わったのか」
そもそもの始まりは去年の八月だったか。すでに半年以上この乱は続いていたことになる。
「そうだな。もっともこちらはこれも始まりに過ぎないが」
俺の隣に立った繁長がつぶやく。確かに今回義長は討ったものの、大多数の大宝寺家臣は繁長に従っているというよりは大宝寺家を存続するためだったり、義長への反発のためだったりでやむなく従っているだけに過ぎない。今後も大宝寺家中の主導権争いは続いていくだろう。
「新発田殿は東禅寺勝正を討ち取ったが何か望みのものはあるか?」
「いらぬ。当初の予定通り酒田の支配権だけでいい」
無欲だったというよりはこれ以上大宝寺のごたごたには関わりたくなかったというのが本音である。酒田を元々支配していたのは義長である以上、大宝寺家臣からちょっかいが入ることはないだろう。
「だがそうだな、もし今後景勝が攻めてこれば援軍を要請するかもしれない」
「新発田殿ならわしの援軍などなくとも上杉に勝てるのではないか?」
繁長が軽口をたたいた。
「だといいのだがな。しかし本庄殿は上杉からは完全に独立しているのだがそれはいいのか?」
「新発田殿が上杉と敵対しているうちはせいぜい好きにさせてもらおう」
その後繁長は東禅寺義長に与した者たちの所領を没収し、手柄を立てた大宝寺家臣に分配したり、自分の家臣に与えたりとまたまた事後処理が忙しかったようだが、俺には関係のない話だった。酒田の商人たちも今回の俺の勝利を受けてようやく俺を信用し始めたようだった。俺はそれを確認すると三百の兵士とともに領地へ帰るのだった。
出羽編終了です。
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