頓死
俺が攻撃を命令したころには、すでに本庄繁長らは追撃を始めていた。大宝寺軍は一部だけを鮭延秀綱に対処するため退却させるのではなく、全軍での退却を試みているらしい。山の中での追撃は困難だったが、それは退却する方も同じであった。狭い山道で数人対数人の戦いが無数に発生するという形になり、なかなか決着がつかない。
「俺の陣が前に進んでいる以上、勝っているとは思うのだが……」
とはいえその本陣も狭い道を進むため、必然的に数十人ほどの行軍となってしまう。周囲には木立がそびえ、見通しも悪い。敵も同じ条件とはいえ、これは大変だなと思っていると。木立の奥からガサガサという音がする。
「覚悟!」
そんな叫びとともに林の中から十数人ほどの大宝寺兵が現れる。まさか伏兵か? それとも単に逃げ遅れていただけだろうか。近くにいる兵士は二十人ほど。
「矢五郎、那由は任せた」
俺は刀を抜くと敵の方へ歩いていく。それを見て狼狽する矢五郎。
「え、殿!? 普通こういう場合逆では?」
「俺の方が強いからな」
「まあそれはそうですが……」
俺はさっさと矢五郎を置いて敵兵の方に向かう。那由を連れてきてしまった以上、あの敵兵は俺が自分で何とかするか。
「俺の本陣に奇襲をかけるなら少なくとも十倍の人数で来い」
「何を!」
兵士が刀を振り上げて斬りかかってくる。俺のことを名のある武将だと認識しているのだろう、手柄を立てようと必死の形相でこちらへ向かってくる。
俺は迎え撃つ振りをしてすっと身をかわす。
「!?」
グサッ
敵兵の刀は俺の身体をそれて俺の後ろの木に突き刺さった。
「くそ、……」
木に刀をとられた兵士の動きが一瞬止まる。慌てて刀を手放すが遅かった。
「覚悟!」
「ぐわっ!」
俺の刀が兵士の背中を斬りさく。真っ赤な血が辺りに飛び散った。
「喰らえ!」
が、すぐに次の兵士がこちらに斬りかかってくる。
「うおおおおおおりゃあ!」
俺は叫ぶなり右足を蹴り上げる。俺の足が相手の脛当てにぶつかり、衝撃とともに相手は倒れる。すかさず兵士の喉元をかききる。
「まだやるか?」
俺が威嚇すると残った数人の敵兵は悲鳴を上げて山の中へと消えていった。
今回の追撃戦は全体的にこんな感じだったようで、味方の中にも深追いして孤立したものもいた。全体的に勝っているのか負けているのかもよく分からないまま追撃を続けると、二日間の戦闘の末、俺たちはようやく庄内平野に出た。
ずっと山の中にいたため目の前に広がる庄内平野を見ると無性に解放感を感じる。一面に稲穂が実った水田の景色が広がっている。そして遠くに尾浦城や大宝寺城が見えた。眼下では大宝寺方の井岡城周辺で攻防が行われているのが見える。俺の周辺には今も百人ほどの兵しかいないが、先行していた新発田軍の一部もそこに加わっているのが見えるので合流に向かうことにする。
「おお、新発田殿も参られたか」
井岡城包囲に向かうと、本庄繁長がほっとした様子で出迎える。今は兵力も一千ほどだが、敵味方ともに山の方から続々と追いついてきている。
「本庄殿も無事か。しかし戦局がどうなっているかご存知か?」
「うむ、大宝寺義氏は東禅寺殿に疑惑をかけていたらしく、それで無理に参陣を要求したとのことだ。そして鮭延秀綱のちょっかいで、東禅寺殿だけを返す訳にもいかず全軍退却を選んだらしい。その結果東禅寺殿はすさまじい勢いで退却し、空だった尾浦城を占拠したとのことだ。大宝寺軍の主力はここか大宝寺城に逃げ延びている」
まさかあの戦いの裏にそんなややこしい状況があったとは。しかし東禅寺義長もなかなかのやり手だな。
「なるほど、要するにうまくいっているのだな?」
「そうだな。後は遅れている軍勢が無事に合流してくれればいいが」
その後、俺たちは兵を集めつつ井岡城を攻めたが敵も味方も五月雨式に兵が合流してくるため、いまいち城攻めははかどらなかった。とはいえ鮎川盛長や黒川為実らも合流してくると数で及ばないと思ったのだろう、城将は城に火を放ち、大宝寺城に逃亡した。俺たちは追撃せず、火を消してとりあえず井岡城に入城した。
「これは遅れてしまって申し訳ない」
為実と盛長は少し肩身が狭そうにしている。
「いや、無事合流出来て何よりだ」
そうは言いつつも「井岡城攻略の手柄は自分のものだ」と言いたげな繁長。が、盛長が見せた物を見て繁長の表情が変わる。盛長が小姓に持ってこさせたのは武将の首であった。
「ところで、道中名のありそうな武将を討ったのだが、どなたかご存知か?」
「こ、これは大宝寺義興ではないか……」
そう言って繁長は呆然とした。
大宝寺家は依然義氏が実権を握っているものの、実は当主は義興に移っていた。織田家で言う信忠、北条家で言う氏直のようなものだろうか。そのため混戦の中とはいえ、盛長は敵の当主を討ったことになる。繁長は嬉しいような悔しいようなどちらともつかない表情をした。
「これで後は義氏だけだな」
俺たちは平野の向こうにそびえたつ大宝寺城に視線を向けた。




