新潟城の戦い Ⅲ
六月三日 上杉本陣
「申し訳ありません、こればかりは完全に失敗しました」
兼続は普段と違いやや沈痛な表情で頭を下げていた。
「どういうことだ」
「新発田盛喜は独立慎重派だったとのことで、調略することが可能ではないかと思っておりました。脱出の際に城に火をかけるよう命じたのですが、彼は新潟城を脱走する際、新発田に損害を与えぬように脱出しました。どうも彼は単に上杉が勝った時に備えてこちらに味方するという程度のつもりだったようです」
「揚北衆の動きは?」
「本庄殿が鮎川殿を破ったとのことです」
兼続は言いづらそうに報告した。ちなみに、本庄繁長は上杉方なので一応味方が勝ってはいる。
「残り三家も新発田領に侵入はしておりますが、申し訳程度の侵攻に留まっております」
本気で勝つつもりがあるのならば新発田領に火を放ったり田畑を荒らしたりすれば、新発田軍は退かざるを得なくなり、それを上杉が追撃することで勝利を得られるだろう。
「改めて尋ねるが、方針を変えるつもりはないのだな?」
「はい。ここで御館の乱の論功行賞をやり直せば国内は治まるかもしれませんが……国人衆というのはいつ敵になるか分からぬ存在です。織田が有利と見れば調略を受ける可能性もあるでしょう。しかし殿はそれでよろしいのでしょうか?」
兼続の問いに景勝は不思議そうな顔をする。
「そなたはそれが最善と思うのだろう」
「しかし、現状かなり不満も多いですが」
安田顕元と毛利秀広の事件は衝撃的だったが、そこまでいかないまでも不満を持っている者は多くいる。特に今回動かない揚北衆などはそうだろう。
「分からぬ。ただ、乱で勝利したのはそなたの力だ。この度はうまくいってないようだがそういうこともあるだろう。ならば上杉本軍のみで新発田を落とすしかない。揚北で一番の勢力を持つ新発田が敗れれば他は自然と大人しくなるだろう」
そう言って景勝は腰を上げる。
「兼続、川向こうの軍勢への抑えだけ任せた。これより全軍を率いて総攻めをかける。わしも陣頭に立つ」
景勝の言葉に兼続は仰天する。
「殿、陣頭に立つのは……」
「総攻めはいつやっても同じだ。それならば早い方がいい。それにわしが陣頭に立てば新発田には負けぬ」
「ですがもし殿に何かあれば上杉は終わりです」
兼続は珍しく悲痛な表情で景勝を止めようとする。自らの失策で景勝が陣頭に立った上に負傷などすればどうなるか。しかし景勝の決意は変わらなかった。
「兼続、何事にも危険はある。父の死後本丸を占拠したときも、武田と和睦したときも、新発田に恩賞を与えなかった時も。うまくいったこともうまくいかなかったこともあったが、常に危険は冒してきた。今更それをやめることは出来ない」
景勝は断固とした決意で言い放つ。が、そのときだった。ばたばたという足音とともに息を切らした兵士が本陣に飛び込んでくる。
「申し上げます! 栃尾城に敵襲! 敵兵を率いているのは本庄殿とお見受けします!」
「何だと」
まさに総攻めを行おうと立ち上がった景勝の表情が変わる。ややこしいが、ここで言う本庄は元栃尾城主の本庄秀綱だ。
本庄秀綱は御館の乱時に負けた後、蘆名を頼って会津に亡命していた。しかし新発田の乱が長期化しそうだと見て取った蘆名家は秀綱に兵を貸すと栃尾城に送り込んだのである。蘆名としても安田城には牽制の兵力が込められており、揚北衆は一向に新発田領に攻め込まないため隙がない。そのため、秀綱を支援するのが最善手と判断した。
残念ながら栃尾城には大兵力は置いていない上、秀綱は城の構造を知り尽くしている。さらに御館の乱で景虎よりも長く粘りを見せた秀綱が城に戻れば、再び長期戦は免れない。それに後回しにされているが、神保長住の松倉城攻撃という問題もある。ここで兵を消耗することは出来ない。
「すでに叛いている新発田よりはまだ落ちていない栃尾城か」
景勝は悔し気に言った。
「はい」
もしこの時点で景勝が新潟城に総攻めを敢行していればどうなったか。所詮急造の城な上、連日の攻防であちこちの柵は痛んでいる。もしかしたら上杉軍が勝っていたかもしれないし、あるいは陣頭に立った景勝が流れ矢で討ち死にしていたかもしれない。だが、現実のところ景勝は撤退を決意した。
「これより全軍栃尾城に転進する! 殿軍は水原満家に任せる!」
決断した景勝の行動は素早かった。
史実では秀綱は会津逃亡後、なぜか佐々成政の家臣になったらしいです。史実より佐々成政が遠いのと、新発田が頑張っているので秀綱はより直接的な行動をとっています。




