表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/211

出陣

 昨年暮れに領地に戻った俺は溜まっていた政務に忙殺されていた。天正十年はたまに数日領地に戻る以外はずっとどこかに遠征していたため、急ぎでない用件が溜まりに溜まっていたためである。

 さらに自領のことが一段落すると、五十公野信宗に任せていた旧上杉家臣の仕置を確認し、信宗に代わって春日山に入り今度は信宗に領地に戻らせる。信宗もしばらく領地には帰っていなかったので申し訳なかった。そして長岡等その他の地の確認をしていると、あっという間に時間は過ぎていった。


 その間に上方では秀吉が兵を挙げ、滝川一益も挙兵し、勝家も領地に帰ることなく長浜城で越冬した。勝家からは連携を確認する使者が、秀吉からは勝家の背後を突くよう要請する使者も来た。


 二月下旬、勝家はしびれを切らして出陣するとのことだったので、俺は一千の兵だけを率いて雪が残る北陸路を西へ向かった。少数にしたのは行軍に差し支えるためと、やはり領地を空けることに不安があったためである。本当は船で向かいたかったのだが、海が荒れているため安全とはいえなかった。


 俺は越中で佐々成政と合流し、加賀・越前を抜けて近江長浜城へ向かう。今までは船での上洛だったので陸路で上方へ向かうのは初めてとなる。雪も残っているため難渋したが、織田軍は慣れた様子で行軍をしていたため感心する。


 長浜城に入った軍勢は勝家が元から率いていた軍勢を合わせると、三万七千にも及んだ。長浜城に集まった軍勢は城内に入りきらずに周辺にひしめいている。一方の羽柴軍も伊勢から順次撤退し、丹羽長秀の居城である佐和山城に集結の構えを見せている。羽柴軍は丹羽長秀の軍勢を加えて四万ほどと、兵力では拮抗している。


天正十一(1583)年 三月十二日 長浜城

 長浜城の本丸には佐久間盛政・前田利家・佐々成政の重臣の他、勝家の養子勝政、飛騨の金森長近、越前の不和勝光、原長頼、拝郷家嘉らが集まった。飛騨と越前・若狭国境に多少の兵が残った以外はほぼ全軍である。


「このたびはまだ雪も解けきらぬ中、はるばる出陣してくれたこと、ありがたく思う。本当は戦いにならねば良かったのだが、羽柴秀吉は再三の制止も聞かずに信孝様に対して挙兵に踏み切ったため、やむなくこちらも兵を挙げた。この上は秀吉を倒し、織田家の結束を取り戻そうと思う」

 諸将の前に現れた勝家が声を張ると、あちこちから同意の声が上がる。


「とはいえ、敵軍も佐和山城に四万ほどいて、戦うのは容易ではない。持久戦となれば長宗我部家や雑賀衆の攻勢で有利になるかもしれないが、一方では岐阜城の信孝様も窮地に陥っている。まずは決戦を挑むか、持久戦に持ち込むか方針を決めたい」


「羽柴軍は美濃・伊勢の戦いで疲弊している! 戦うなら今をおいて他にない!」

 まず最初に気勢を上げたのは盛政であった。が、それに対して利家が待ったをかける。


「いや、大軍同士でいたずらに決戦をすれば最悪両軍が壊滅する可能性もある。ここは持久戦を展開しつつ、和を講じるべきかと」

「何? 羽柴秀吉は去年もそうして舌の根も乾かぬうちに兵を挙げたではないか」

 盛政の言葉に利家は顔をしかめる。利家がその使者に立っていたため、面目を潰された形になったからである。

「それはそうだが……とはいえ、我らがここで争い合って共倒れとなれば織田家は潰れかねない」


 実際、両陣営が全兵力をかき集めてきたため、ここで両軍が壊滅すればそのまま織田家の滅亡に繋がりかねない。長宗我部や雑賀衆も今は味方であるが、秀吉を倒した後は牙を剥く可能性はあるし、秀吉が討たれれば毛利も大挙して領地奪還に動くかもしれない。また、徳川家康も口実を設けて尾張・美濃に攻め込んでくる可能性もある。


 しかし、俺が調べた情報では調略に関しては秀吉の方が圧倒的に上手だ。長引けば思わぬ内部崩壊、もしくは今は中立を保っている織田信雄あたりが敵につく可能性もある。信雄も小牧長久手の戦いでは徳川家康と同盟を組んで秀吉と戦っていたが単独講和に応じるという前科(まだ起こってないので前科ではない)があるので、あまり頼みには出来ない。


「いや、ここは決戦に持ち込むべきかと」

 俺が口を開くと言い争っていた盛政と利家もこちらに注目する。

「秀吉は実際の戦よりも調略を得意とする。ここで長引かせれば、まだ治めて日が浅い近江衆や信雄様が相手につかないとも限らない」

 本当は利家自身が調略を受けているのでは、と言いたかったが、さすがにそれは口には出せない。


「確かにそれは一理ある。それに利家殿、両軍が壊滅するのは確かに問題だが、両軍が睨み合ったまま長期戦になるのも周辺勢力を勢いづかせることになるのでは」

「それは確かに」

 成政も決戦に賛同したため、利家もしぶしぶではあるが同意した。とはいえ、他の武将たちも秀吉との正面対決と聞いて表情をこわばらせている。

 勝家も今の話を聞いて意を決したようだ。


「では翌日、全軍で長浜城を出陣し、琵琶湖沿いに佐和山城へ南下する。皆の者はそのつもりでいるように!」

「おおおおおおっ!」


 その夜、俺は久しぶりに二代目望月千代女と会っていた。越後近辺は特に気になる動きもないため、徳川家に数人の忍びを放っている以外は美濃・伊勢・尾張・近江などこの戦いに関係する地に放っていた。

「羽柴軍の様子はどうだ」

「はい、向こうもこちらとそんなに変わらないようです。とはいえ、あちら方は決戦を主張する者はなく、持久戦の構えをとる方針のようです」

「だろうな」

「特に丹羽殿は元々、信雄様がこちらについて冬の間に岐阜と伊勢が落ちると想定していたようで、思わぬ状況に講和を主張したようです」

 とはいえ、秀吉としてもここで和睦しても争いが長引くだけだと考えたのだろう。


「また、摂津衆なども本気の柴田軍と敵対することへの動揺があるようです」

「要するに両軍とも士気が高くない者は多いということか」

 こちらも利家だけでなく、金森長近、不破勝光らも戦意は微妙である。となるとその辺りも鍵を握ることになる。士気の低い者から攻めるか、それとも士気の低い者は無視して戦うか。

「そのようです。また、羽柴方の使者が信雄様の元へ出入りしているとのことです。滝川殿は緒戦で羽柴軍を撃退したものの、兵力不足で追撃には至らないようです」

「分かった。引き続き秀吉の動向を中心に把握してくれ」

 こうして翌日の決戦に備えて夜は更けていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 信長が本能寺で死んだあとのゴタゴタという珍しいテーマが書かれてて面白い [一言] 雪ちゃんをもう一度出してください 頼むからぁぁぁ
[良い点] 官兵衛と賢弟抱えてる秀吉相手に謀略戦は無理、智謀と人格と人たらし相手に引き抜き合戦とかどんな無理ゲーwww そもそも、兵站おばけ相手に持久戦は愚策でしかないw [気になる点] さてさて、利…
[良い点] 高まる決戦への期待
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ