清州会議Ⅱ
清州会議も調べたら諸説あったようで、
「勝家-信孝」「秀吉-三法師」
という図式も必ずしも正しいとは言えないようです。
そのため諸説ミックスのような形にしました。
六月二十六日 清州城
「柴田殿、次期当主はどうなるのだろうか」
会議前日、会議に向けて思案をまとめる勝家の元に織田信雄がやってきた。信雄は明智征伐の折に大した活躍をしておらず、神経質そうな顔をさらに不安げにしていた。
勝家はそんな信雄を見て何とも言えない気持ちになる。信雄を後見人に推すのは織田家のためにはならないのではないか、と。しかし何もしなければ秀吉は自らとともに戦った織田信孝を推すだろう。
すでに勝家は秀吉の振る舞いに疑問を覚えていた。秀吉と清州会議の参加者について話し合ったときも、自らに近い池田恒興を参加者に潜り込ませようとしていた。このまま信孝が当主となればより秀吉が我が物顔をして振る舞うようになるかもしれない。
とはいえ、目の前の人物に当主の器があるとは思えない。信長が規格外だったとしても、信忠も癖の強い家臣団を束ねて甲州征伐などでは結果を残していた。その信忠と比較しても信雄はかなり劣る。信雄でも信孝でもないとすれば……上杉景長は論外として、勝家は一人の人物の名前を思い浮かべた。
「安心なされよ、信孝様が当主となることだけは絶対に阻止してみせる」
勝家の言葉に信雄は勝家の意図を知ってか知らずか、ほっと息をつく。それを見て勝家はますます不安になるのだった。
同日 岐阜城
「やはり信雄は柴田殿に泣きついているようでございますな」
信雄が勝家の元に赴いたという報を聞いた黒田官兵衛はほくそ笑む。
「信雄殿よりも信孝殿の方が明らかに有能だからな。いっそこのまま信孝が当主となってしまったらどうするかと思ったわ」
織田家で権力を掌握しようとする秀吉にとって、信孝にしろ信雄にしろある程度自主性がある人物が当主となるのは困ることだった。もし彼らの下で秀吉が勝手に勢力を伸ばせば必ずや警戒して勝家に相談するだろう。
「そうですな。やはり織田家の当主は物言わぬ者にございます」
官兵衛もそう言って頷く。
六月二十七日 清州城
こうしてそれぞれの思いを胸に柴田勝家・羽柴秀吉・丹羽長秀の三人が会場に設定された部屋に入った。
別室には参加を許されなかった、織田信雄と信孝、斎藤利治と上杉景長、そして池田恒興、佐々成政、前田利家、佐久間盛政、滝川益重らそうそうたる顔ぶれの者たちが控えている。特に信雄と信孝の間には険悪な雰囲気が流れていた。
「ではまずは今後の織田家の当主と体制について話し合っていきたいと思う」
勝家と秀吉が向かい合い、その横に長秀が座るという席次で、長秀が自然と進行役のような形をとっていた。
「では早速次の当主についての議題であるが、わしは信孝様を推す。何と言っても、山崎で光秀と戦った功績は大きい」
そもそも長秀も信孝を支えて四国征伐を行う直前だったことを考えると、長秀が信孝を推すのも自然の成り行きだった。とはいえ勝家としてもここで引き下がる訳にはいかない。
「いや、わしは信雄様を推す。信忠様の次の弟であり、母親も信忠様と同じであり、血筋も申し分ない」
「しかし柴田殿、信雄様は失礼ながら伊賀攻めでの失敗もあり、織田家の当主としては懸念が残るかと」
信雄は信長の命令なしに勝手に伊賀を攻めて失敗したと言われている。
長秀が反論するのを見て、勝家はちらりと秀吉の様子をうかがう。長秀と勝家が論争させて何かを言い出すことを企んでいるのではないか。
勝家としても本命は信雄ではなかったが、ある程度議論が続いたところで妥協案として提示したかった。
「とはいえ武勇に優れた北畠具教を討ち取るなどの手柄もある。それに信孝様も確たる証拠もなく津田殿を討ち取るのはいかがなものか」
信雄は伊勢北畠家に養子に入った後、隠居させた当主具教を襲撃して討ち取っている。不参加の家臣なども相次ぎ、手柄と呼べるほどのものではないが。
「何を言われる。津田殿には明確に怪しい動きはあった」
共に津田信澄を討ち取った長秀は色をなして反論する。
それからもしばらく信雄と信孝をめぐっての言い争いが続いた。勝家もそろそろ潮時か、と思ったときだった。おもむろにそれまで沈黙していた秀吉が口を開く。
「待たれよお二方。今お二人の間で議論しているだけでこのように異論が出るということは、実はどちらのお方も当主にはふさわしくないのではないか?」
「羽柴殿、それはどういうことだ」
期せずして自分が考えていたことと同じことを言い出した秀吉に、勝家は驚きを表に出さないようにしつつ尋ねる。
すると秀吉はしわくちゃな顔を得意げに綻ばせて言った。
「信長様亡きあとの後継者は信忠様。であれば信忠様亡きあとは当然三法師様が継がれるのがあるべき形でしょう」
「何だと」
長秀が驚いているが、これが芝居なのか本心なのかは勝家にも判断がつかなかった。長秀はすでに秀吉と打ち合わせをしていてもおかしくはない。
血筋的には三法師が一番適切ではあるのだが、何と言ってもまだ三歳である。
(もしや羽柴殿は三法師様を傀儡にして織田家の主導権を握ろうとしているのではないか)
勝家はそこに思い至ったが、信雄や信孝よりも三法師が適切なのは自分でも思っていたことなので何も言えない。
「幸いにも織田家には我ら三人以外にも大量の名臣がおります。幼少と言えど我ら一丸となって盛り立てていけば何の問題もありますまい」
「さすが羽柴殿。さらに三法師様の後見を信孝様にすれば盤石というもの」
「丹羽殿、それでは織田家一丸となることが出来ぬ。ここは信雄様・信孝様ともに後見ということにしようではないか」
秀吉の言葉を聞いた勝家は秀吉の意図を理解した。三法師・信雄・信孝と権力を持つ立場の人間が増えていくにつれ、一人一人の力は弱まっていく。そうなれば秀吉の動く隙は大きくなっていく。
だが、それは逆に言えば勝家が動くことが出来る余地も大きくなると言うことである。
(そうだ、例え羽柴殿が何かを画策していようと、わしはそれを阻止することが出来る。幸い越後は今安定しているようだ。わしも近江に領地を得れば羽柴殿の動きに目を光らせることが出来る)
「分かった。わしもそれについては異存はない。では次は領地についての議題に移ろうではないか」
三法師が後継なのは誰が会議の参加者になっても揺るがない気がしました。
史実では明智征伐の手柄を一人占めした秀吉が明智領国であった畿内の重要な地を総取りしましたが……
また、この章の冒頭にひっそりと本能寺の変の織田家臣まとめを作ったので誰が誰だか分からなくなった時にご覧ください。




