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新潟商人組合Ⅱ

「今回俺が提案に来たのは倉庫の使用についてだ。現在倉庫は酒井家が独占して使用している」

「それはそうだわ、建設費は全てうちが負担しているもの」

 那由は当然のように答える。

「だが率直なところどうだ? 今建設されている倉庫を全て使う当てはあるか?」

「今はないけれど新たに得た利益で事業を拡大するから必要となる予定よ」

 やや那由の語調が弱まる。

「それならばそのときにまた建てればいい」

「そのときにまた手伝ってくれるのかしら」

「もちろんだ」

 俺の言葉に那由は少し驚いたようだ。まあこの戦乱の時代に大名が建設を手伝ってくれるようなことはそうそうない。しかし俺の予定では御館の乱は景勝勝利で終わり、平和が訪れる予定である。織田家は攻めて来るが、本能寺の変があるから越後までは侵入してこないしな。そうなれば倉庫でも港でも船でもゆっくり建設することが出来る。


「とはいえ、酒井家が建設費を負担したのも事実。そこで俺は倉庫を使用する商人の組合のようなものを作って欲しいと思う。酒井家以外の倉庫を使用する商人は酒井家に賃料を負担する。一方、倉庫を使用する商人は酒井も含めて全員五十公野家に税を納める、という形だ。ただし酒井家は倉庫の建設費分までは税負担を免除する」

「なるほど。治長様から見れば、倉庫を貸す代わりにきちんと税を管理するという訳ね」

 さすがに那由の理解は早い。

「そうだ。これまで税の基準は極めてあいまいだった。何となく儲かってそうな商人からは上納金として多額のお金をとり、儲かってなさそうな商人には大して請求もしなかった」


 残念ながらこの時代で商人がいくら売り上げていくら儲けているのかをきちんと追跡することは不可能である。農民でさえ隠し田を作っていたぐらいである。掛売や掛買などがある商人の売上をきちんと追跡することは不可能で、あいまいな基準による上納金などで管理されていた。当然賄賂も横行している。だが、倉庫の使用量に応じて課税すればある程度儲けに応じて課税することが可能である。まあ、取り扱う商品の大きさなどで不公平は生じるだろうがそれは別途考えるしかない。


「なるほど、そうなると問題は相場ね」

 そう、商人が酒井家に払う賃料と全員が俺に払う税の相場である。残念ながら俺はこの時代の相場を知らないし、何なら金銭感覚もよく分かっていない。

「どれぐらいがいいと思う?」

「そうね……普通に考えて賃料は高くて税は安い方がいいけど」

「そこを何とか、酒井の娘ではなく第三者として助言してくれないか?」

 残念ながら他に相談できる相手はいなかった。兄長敦は政治や軍事には詳しいし、一千の兵で三か月遠征するときに必要な費用とかなら立ちどころに算出してくれそうだが、こういうことについてはいまいち頼りにはならなさそうだ。

「難しいことを言うわね……」

 自分の立場を離れて物事を考えるというのも大変だが、純粋に客観的にどの相場が適切かを考えるというのも難しい問題だった。


「頼む、他にこんなことを頼める相手はいないんだ」

 俺は手を合わせて頭を下げる。俺の態度に那由ははっと息を吐いた。

「何かやっぱり領主様って感じがしないわ。そう言われると調子狂うわね」

「それは褒めてるのか?」

「さあね。ただ、それなら私も出来るだけ自分の利益は度外視して案を考えてあげるのもやぶさかではないわ」

「すまない、恩に着る」

 さて、那由は案を考えるのに時間がかかるとのことだったので俺はいったん酒井家を出る。しかしいくら利益を度外視して考えてくれるとはいえ、商人は商人である。出来れば違う立場の人の話も聞きたい。そういうのに詳しそうな人間は……。


 俺の脳裏に俺の嫌いな人間の顔が浮かぶ。いや、聞くだけはただか。それに彼も俺を嫌っているような気はするが、こういうことについては正直なところを答えてくれそうな気がする。俺は現在の状況を詳細に文にまとめて、意見を仰ぎたい旨の書状を書いて直江兼続に送った。確か兼続の実父である樋口兼豊は勘定方だった気がする。


 数日後、那由からの書状と直江兼続からの書状が届いた。幸いなことに二人の意見にそこまでの差はなかった。酒井家に払うべき金額と税としてとるべき金額はほぼ一致している。俺はほっと息を吐いた。仲はいいが商人の立場である那由と、対立しているが同じ為政者側の立場である兼続。もし違ったらどちらを信じるべきか悩んだところである。


 ちなみに兼続からの手紙の末尾には『商業を盛んにしてくださっているようで何よりですが、新潟の領有を正式に認めた訳ではないのでそのことはお忘れなく』と書かれていてちょっと苛立ったが無視した。俺は新潟の各商人たちに倉庫の件で話があるので館に集まるように通達を出した。すでに酒井家や磯部家から話はある程度広まっていたらしく、反応は速かった。


十月十五日 新潟館

 俺は目の前にずらっと居並ぶ商人たちを前に居住まいを正した。しかしこうして見ると商人の数は多い。これまで酒井家を筆頭に大商人しか意識してこなかったからそう感じる。磯部弥右衛門は自分で中小商人と言っていたが、そんな磯部家も上から数えた方が早いぐらいであった。

「本日集まってもらったのは他でもない。すでに聞いている者もいるかもしれないが、倉庫の件だ。皆の者には酒井家に賃料を払って倉庫を借りるという形式にしてもらいたい。また、倉庫を借りた者はその容積に応じて規定の税を払ってもらう」

 ここまでの話に特に異論がある者はいなかった。

「では賃料と税だが」

 俺はその金額を発表する。商人たちは多少ざわめくものの、相場通りの金額だったためだろう、表立った反論はなかった。が、一番前に座っていた男が手を挙げた。酒井権兵衛、那由の父にして酒井家の当主である。今日は正式な会合なので那由は来ていない。


「何だ」

「恐れながら申し上げます、我が家は倉庫の建設当初から資金を負担してまいりました。賃料については我が家に決定権をいただきとうございます」

「それは出来ない。なぜなら多数の商人が倉庫を使用することで領内の商売の状況が管理出来るからだ。ただ酒井家の貢献が多大であるため、酒井家には優先的な倉庫の使用権を認めよう」

「承知いたしました」

 酒井権兵衛は頭を下げる。もしかしたら倉庫の優先使用権を得るために出した過大な要求だったのかもしれない。


「申し上げます、酒井家以外の優先権はどうなるのでしょうか」

 今度は後ろの方の者が手を挙げる。

「税負担が大きい家を優先とする。だが、もし倉庫が足りなければ引き続き建設を続けるつもりなのでしばし待っていただきたい。また、もし倉庫の建設費を負担してもらえればその金額分税の支払いは免除しよう」

 要するに俺は商人たちから建設費を前借し税の軽減により返済する形になる。その後さらにいくつか細かい質問が出たが、大筋で合意はなった。そして新潟商人組合は発足したのである。

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