雪と共に散りゆく花の
綺麗な花には棘がある。
そう云われている。
しかし、果たしてそれだけであろうか。
美しく咲く花は、一体何をその美しさに隠しているのだろうか。
それは、当事者のみが知ることである。
ある村に、一人の若い女がいた。
彼女のいるそこは、毎年、癒される程に花が咲く。
彼女の家の庭も例外ではなく、その年も、溢れんばかりの花が咲いた。
某年四月、その村の男が、行方不明となる事件が起きた。その男は、過去に女と番になることを約束した者だった。とはいえそれも過去のこと、既に破局していた。そのせいか、女はすぐに立ち直った。それどころか、口にし難い優越感と、いわゆる達成感のような何かに、酔いしれていた。
女はさばさばしているもので、その事すら翌年には、すっかり忘れていた。
その年のある日のこと、女の庭に、クローバーが自生した。
それを観て、女は少し嬉しい気持ちになった。それの花言葉は「私を思って」である。彼女は誰かに愛されていると思った。
その感情は募るばかりで、ついには肥料と水をやり始めた。この肥料は良質で、牛の糞よりも腐った臭いが強いが、それ故の効果があった。それをやってからというもの、クローバーの成長は、目を見張るものだった。まるで、天にも届くのではないかと思わせるものだ。
朝に観ると、その出来を自慢するかのように伸びやかに花を広げ、夜に観れば、夢にまで現れんとするかのように、印象強く、葉を広げる。
だがその年は、夏が終われば花は咲かなかった。女は思った、
――山は秋でも寒いから、成長は止まったのだ。
と。
そうこうしているうちに、冬が終わり、春が訪れた。
その年もクローバーが、庭一杯に咲いた。
夏には、鳥兜に黒百合まで咲いた。女は喜んだ。知っていたのだ、その花言葉を。
鳥兜は「光栄」、黒百合は「恋」と云われている。
――あの人は、今でも私を。
そう思った彼女は、その喜びの余韻のみで年を明かした。
そして次の春がきた。この年もクローバーが大きく葉を広げた。女はそれに、現を抜かして酔いしれた。
しばらくすると、橙色の百合と、薊が咲いた。
女はそれを、狂ったように刈り取り、踏みつけ燃やした。心の底から腹をたてた。この出来損ないの土め! と、罵った。
しかし夏には、去年と同様、鳥兜と黒百合が咲いた。女は毎日それを眺めた。それだけで、春の不快感は消えていた。
夏の日差しが強さを増した頃、自らを植物学者だと称する初老の男が村を訪れた。いわゆる、生態調査というものらしい。都会では観られない花を観察するべく、数週滞在するとか。
ある日、その男が散歩をしていたところ、女の庭が、目についた。彼は女に許しをもらい、庭に足を踏み入れた。男は本を開き、花を観て、本を観る。そしておもむろに立ち上がり、女に云う。
「気をつけて下さい。綺麗な花には、毒があるものです」
と。男は一礼して、去っていった。
女は、彼の言葉の意味が解らなかった。
その冬、奇妙なことに、スノードロップが自生した。女は全てを理解した。庭の花と、男の言葉。点が線になった。
その日のうちに、女は遺書を認め、カッターナイフで頸動脈を切断し、自殺した。クローバーの種が弾けるように、そこから血液が吹き出した。女は、朽ち果てた巨木のように、倒れた。
……数週後、近隣住民からの異臭の苦情により、女は発見された。
捜索に入った刑事が、酸化した血で、所々赤黒く汚れた遺書を、ゆっくりと広げ、目を通した。そこには、
「彼は私が殺して庭に埋めた。体の一部は砕いて、肥料にした。彼を殺した私は、彼の愛に殺された」と、書いてあった。
その後、女の家は取り壊され、更地となった。
毎年のように咲き乱れていた花は、そこには二度と咲かなかった。
いつかこの村に訪れた植物学者は、その事を、某大学の研究室で、このように語った。
「あれは男の呪いだった。花言葉は必ずしも一つではない。二つ以上の意味が、裏の意味があるのだよ」
しばらくの間を空け、彼は続ける。
「いいかい、橙色の百合は憎悪の意を表すんだ、薊は……」
「報復……ですよね?」
と、助手の女学生が答える。学者は頷き、話を続ける。
「クローバーは復讐だ。鳥兜はそれに加え、貴方は私に死を与えた。黒百合は呪い……。全く、おっかないな」
彼はため息を溢して、一枚の写真を女学生に渡した。
「先生……これは……」
「スノードロップだよ、花言葉は知っているか?」
「……知りません」
「だろうな……あっ、これから云うことは、私の独り言だからな、すぐに忘れなさい」
女学生はきょとんとしていた。学者は窓から雪の降り積もるキャンパスを眺めて、呟くように云った。
「スノードロップを人に贈った時の花言葉は、貴方の死を望みます。だったな。被害者の男は、全く美しい呪いを使ったものだ」
「…………」
その沈黙は、時間が止まったかのように、長い時間続いた。
降雪によって、重く曇っていた空に、一条の光が差した。
今年の冬ももうすぐ終わり、春の花が咲く季節へと、時の駒が進んで行く。
――明日咲く花は、どのような意味になるのだろうか……皆目見当も付かんな。
彼の自嘲のような、心配のようなそれは、曇天からの一条の光によって、積もった雪と共に、ゆっくりと解けていったのだった。
―――――了
皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、兎杜 霜冴です!
さてさて、皆さんはきっと、「あんた誰よ?」と思っている事でしょう。そりゃあ、今日から投稿の人ですからね、しょうがないですよぉ~!
まあ、趣味で書いてる人って思ってください。ちなみに、きっかけは当サイトに小説を投稿している、私の親友に誘われたからです。
なんと云うか、ちょっと変り者ですからね、親友の男もそんな奴です。
基本は作品をノートに手書きしていますが、完結したのは一作品だけです。
それを添削して、読み返して、また添削してから、投稿します。
後書きも、内容と同じ位に、面白くしていきます。
これが私の流儀です!少しでも皆様に読みやすく親しみ易い作品を書いていきますので、これからもよろしくお願いします。
ついつい長くなってしまいましたね。そろそろお別れとしましょうか。
読んで下さったあなたが大好きです。
いずれまたお会いしましょう。
それまでしばらくお別れです。
どうかお元気で。
ではではさよなら~。
ありがとうございました!
兎杜 霜冴