表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夜空に見る夢

作者: LE-389

「へーくしゅん!」

「おーおー、大丈夫かい修くん」


 日が暮れて空気が冷たくなってきている。このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。


「参加者がくるまで時間があるだろうから、暖をとって待とうか」


 テント、イスとテーブル、三脚と望遠鏡。どれも今日の天文教室のために、二人で設営したものだ。


「こんなに寒いのに、みんなよく星を見に来るなぁ」


 湯を湧かすコンロの火で、暖を取りながら愚痴をこぼす。

 この店主と夏に出会って以来、彼は様々な手伝いをしている。が、その中に今日ほどまともなものはなかった。大体は、やる事が普通でもお駄賃代わりが奇妙な代物か、やること自体が奇妙かというところ。


 今日は、学校の先生に頼まれての天文教室。

 この店主はレンズの大きな望遠鏡やキャンプ用具を持っていて、子供向けに科学の教材を販売しているので知識も十分にある。そして一番優れているのは、その知識をとても楽しそうに話せるという事だ。


「宇宙にはあまり、興味無いかな?」

「うーん、あんまり」


 今日ついてきたのは、お駄賃や遠くに出かけられること目当て。教室で教えることは、どうでもいい。


「そんなことより、何か話してよ。いつもみたいな話」


 いつもみたいな、ということは奇妙な物品に関わる話をして欲しいということ。


 何を話すか、と店主は考える。星を見るためにここに来たのだから、宇宙に少しでも興味を持ってもらえる話がいい。

 少しの間考えて、彼はある出来事に思い当たった。


「『ケイヴァーライト』って、知ってるかい?」

「知らないけど、なんか『すごい物質』って感じがする」

「おお、するどいね」


 この『ケイヴァーライト』が何かを説明する前に、もう一つ確かめることがある。


「H・G・ウェルズという人は知ってるかな。火星人が攻めてくる『宇宙戦争』や未来へ時間旅行をする『タイムマシン』を書いた人なんだけど」

「タイトルは聞いたことある」


 彼は、誰が書いた話かを気にするタイプではなかった。

 もし読んだことがあったとしても、タイトルしか覚えていなかっただろう。


「『ケイヴァーライト』は、この人が書いた『月世界最初の人間』に登場する重力遮断物質の名前さ。これで宇宙船を作って、登場人物たちは月へ行ったんだ」

「もしかして、……本当にあるの?」

「そうさ。性質が少し違うけど、この話から名付けられた重力を遮る物質は実在する。僕は昔、それで月に行ってきたんだ」




 彼が、まだ自分の店を持っていなかった頃。


 商売が軌道に乗って、余裕が出てきたところにこんな報せが入ってきた。

 「宇宙旅行、安くなりました」と。


 彼が身を置く『裏側』の世界において、昔から宇宙に行く手段はあった。

 表ではあり得ないはずのことが、夢も悪夢も実現される世界。それこそ『月世界最初の人間』が発表された頃には既に、宇宙へ旅行に行く者はいた。


 値下げがあったのは、月旅行の特別感が薄れたからだ。

 

 表には無いものが裏側で売買される。表では叶わない望みを叶えるため、金持ちが裏に大金を出す。

 表でも月旅行が叶うかもしれない、実現はせずとも何とかなりそうだ。買う側はそう思えてしまうものに大金を出したくはないし、売る側も半端なもので大金を受け取りたいとは思わない。


 だから、月旅行は相応の値段になった。店主にも手が届く値に。


「そんなにするの? 宇宙旅行にかかるお金」

「普通の旅行と比べたら、桁がひとつ多いくらいかな」

「……よく考えたら、普通の旅行もいくらかかるのか知らなかった。聞いてもよくわかんないや」

「安くなっても普通の旅行よりは大分高いよ」


 仕事として過去や未来へ行ったことはある。平行世界や異世界にも行った。だが、より身近で手が届くはずの月には、まだ行ったことが無い。

 ちょうど良い機会、そう考えた店主は月旅行を申し込むことにした。


 出発する場所は、都市部の大きな公園。

 乗るのは、『ケイヴァーライト』による重力遮断ユニットと居住環境、その他宇宙での活動拠点となるために必要な設備を備えた、小屋程度の大きさをした宇宙船。


 ロケットによる打ち上げと違い、重力遮断ユニットは推進剤を使用せず噴射炎も出ない。人目につかず宇宙船を置ける場所でさえあれば、どこでも出発は可能なのだ。


「ところで修君、ジュール・ヴェルヌという人を知っているかな?」

「知らない。さっきのウェルズみたいな人?」

「そう、この人も『月世界旅行』という作品を書いている。こっちは大砲で宇宙に行くんだ。メリエスという人が映画にしているんだけど、『顔のある月に砲弾が突き刺さる』というシーン、見たことないかな」

「何だったっけ、映画の本に載ってたような気がする」

「多分それ……そういう本、読むんだね。意外だったよ」

「良いでしょ別に!」

「話を戻そう。実は、お金さえあれば砲弾で月に行くこともできたんだ」

「……死んじゃうんじゃないの?」


 普通なら、発射時の衝撃で砲弾内の人間は潰れてしまう。『普通』なら。


 裏側なら、重力と同様に慣性の影響も遮ることができる。

 むしろ問題は、どうやって砲弾を発射するかと、発射をどのように隠ぺいするか。


「どこまでこだわるかにもよるけど、金額の桁が二つくらいは大きくなるから選べなかったんだ」

「そんなのやる人いるんだ」


 修には想像できないような大金だ。

 そこまでして月に行く値打ちが、彼にはさっぱり分からない。


「今はそんなに魅力がないかもしれないけど、昔はそうだったのさ」


 脱線した話を戻す。


 人目をはばかり、店主は深夜の公園で宇宙へと飛び立った。

 ゆっくりと地面から離れていく感覚は、エレベーターに乗り続けるそれに近い。

 人の目以外に、レーダーなどもごまかさなければならないのだ。少なくとも、大気圏内では無闇に加速することはできない。


 かといって、ゆっくり飛び続けるのも問題がある。


 地球から月までの距離は、およそ四十万キロメートル。音速が時速約千二百キロとして、片道二日はかかる。

 重力遮断以外にもう一つ、加速用の推進器があるにはあるが、船体強度などとの兼ね合いで出せる速度には制限があった。

 諸々の要素を考慮に入れた、月までの所要時間は約一日。店主はその大部分を寝て過ごした。


「えーっ、もったいない!」


 無重力なんて、滅多に体験できるものではない。宇宙にあまり興味のない修ですら、一度は体験してみたいと思うものだ。


「僕も迷ったよ。行きの道中も色々遊ぼうかってね」

「じゃあなんで」

「月でもあちこち行きたいところがあって、忙しいから体力を温存することにしたんだ。帰りの船内でも色々できるしね」

「……月に見るものってあったっけ?」

「知識があってこそかもしれないけど、沢山あるよ」


 アポロ計画の着陸跡、月に送られた探査車などの人類が活動した痕跡、月の海やクレーターのような地球には無い地形。

 小学生の修には、そもそも月に何があるのかさえ想像できない。だが店主には「そこに何があるのか」という知識がある。

 月を目指した人の道のりを、月での活動を知っている。


「一応、スポーツもやったんだ」


 宇宙飛行士が月面でプレイしたという、ゴルフ。

 宇宙船や宇宙服と同様に、月面で活動の痕跡を残さない特別な道具を使用した。


「地上でもやったことないのに、月でまともにゴルフをできる訳が無かった。煙のように消えてなくなる使い捨てのボールだったけど、空の彼方に飛んでいってしまったよ」

「面白いのそれ」

「スポーツとしてはね」


 昔、それをした人がいたということに意味がある。


「……こういう話はつまらない?」

「つまらないってことはないけど……」


 面白いことは面白いけれど、よく知らない、分からないが先に来てしまう。


「そうだなぁ、他に月でやったことというと……そうだ! 月の氷を見にいったよ」


 ある、と言われている月面の氷。

 月面殖民をする際の利用や、その分析による新しい知見を期待されている。

 クレーターの底や極地に偏在しているそれらの起源は、月面の物質と太陽風との反応によって生成されたとするものと、もうひとつ。


 水を含んだ隕石、小惑星の衝突に由来する、という説。


「その氷の中に他の星の生きものが含まれている、なんて怪しい話があるんだ。……他の星から来たような生きものに、心当たりは無いかい?」

「もしかして、……ホムンクルス?」

「その通り」


 粉末を水に入れると発生し、薬液の刺激で様々に変化する人造生物。製作キットとして売られたそれらが夏に下水で増殖して、危うく大騒ぎになるところだった。

 その後始末をする羽目になって、修は大変な思いをした。つきあわせた店主は店主で、バイオハザードの後始末と子供たちの宿題の面倒とで体力を使い切り、九月に入ってから盛大に体調を崩している。


「あれ、宇宙生物だったの!?」

「いや、宇宙由来『かもしれない』って話」


 店主が、仕入れ元である知人から聞いた話。あの生物のベースは、どこぞの企業が所有していた既存のそれとは大きく異なる生物のサンプル。

 大昔に進化の系統樹から枝分かれし、発展したか。あるいはそもそも、根源が異なるか。


 知人も、その企業がどこからサンプルを入手したのかを知らない。

 「宇宙由来かもしれない」というのは、ホムンクルス製作のために行った、サンプル分析結果からの推論だ。


「何か、色々と聞き捨てならないことを聞いたような……」

「何が?」

「どっかの会社があれの材料を持ってたんだよね」


 その会社が何に使うつもりだったかはともかく、個人製作のホムンクルスに殺されかけた修としては、嫌な予感がしてならない。


「大丈夫だって。この業界、事故を起こす人はいても、その後始末をしない人はいないから」


 何でもありな世界にも暗黙のルールはある。それを破ればどういうことになるか。


「僕らだって、どうにかしただろう?」

「したというか、させられたというか……」

「ああ、あの時はありがとう。本当に助かったよ」


 デスマーチの日々を思い出し、しみじみと言った。

 彼からすれば下手な怪物などよりも、山のような仕事の方がはるかに怖い。


「話を戻そう。遠い月にある氷、その中に何があるか。それを使って何ができるか。ワクワクしない?」

「まあ、探査機とかの話よりは」


 ひどい目にあった記憶のせいで、素直に楽しめない。


「それより、宇宙旅行はお店でやってないの?」


 何が一番面白そうかといえば、実際に宇宙に行けるということ。今はとても代金を払えないけれど、いつかは行ってみたい。


「ごめん、やってない。何かあった時に対処できないからね」


 「ホムンクルス製作キット」がそうであったように、彼の店で扱っているのはトラブルが起きても対処できるものだけだ。

 仲介もできないことはないが、そういうことは自分の行為に責任が取れる客にしかやらない。


「それに、宇宙旅行なら普通にできるようになるかもよ」

「そうかなぁ……あれ? みんなもう来た」


 車のライトが遠くに見える。教室の参加者たちだろう。


「じゃあ、このお話はおしまい」


 これから、来た子たちの相手もしなければならない。


「次は宇宙や星の話をしよう。空の向こうに夢を見られるような話を、他の子たちと一緒に聞いていって」


 「宇宙に行ける」ということだけじゃない。その先を見られるような、そんな話を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「ホムンクルス製作キット」のふたりにまた会えるなんて嬉しいです。身近になったとはいえ、まだまだ遠い月旅行。みんなで月に行けるようになったら、やっぱり環境保護のために入場制限がかかったりするの…
[良い点] いつか気軽に行けるようになる、月旅行。 いいですよね。 》空の向こうに夢を見られるような話 この一言が好きです。 この二人のシリーズ、どれも好きです。子供の頃の、分からない、知らない…
[良い点] 昔読んだSF作家のライトノベルで、月の氷を持ち帰ろうとするミッションがあったことを思い出しました。果たしてそこに、そこに生物がいるのか否か。 民間人でもお金を出せば宇宙へ行ける時代になり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ