Save88 夕飯食べただろうが
ご飯を食べた後は、【転移】を使って【オーネスト】に帰ってきた。なんでも家で打ち上げパーティーをするらしい。夕飯食べただろうが。てかクラッカーなんてどこあった?
ワイワイガヤガヤとアンラ達がポテチを食べながら騒いでいる中、俺は二階にあるバルコニーにいた。俺は元からああいう騒がしくするのが苦手だ。
「……ミライか。どうした?」
視界の片隅にあるマップにミライのアイコンが表示され、俺は後ろを振り向かずにミライへ問いかける。
「……」
「? どうした?」
「……キラ君」
「ん?」
いつもなら用事が無くても「キラ君のそばにいたかっただけです」とか言ってきそうなのに、今のミライは不自然に俺の問いに答えず、沈黙を貫いた。
それが俺に疑問を抱かせるには十分すぎ、ミライの方へと向き直った。
俺が振り向いたとき、そこにいたのは、ネグリジェ姿のミライだった。俯き、両手で服の両端を軽く握りしめ、若干肩を震わせていた。
どうしたのだろうか。ミライのこんな姿を見るなんて、初めての事だ。なにか、悩みごとでもあるのだろうか。
「……キラ君」
ミライはもう一度の俺名を呼ぶと、頭をゆっくりとあげた。その瞳は何かを決意したような色をしていて、俺を混乱させる。
そして、たっぷり十秒ほどが過ぎた時、ミライはとうとう、口を開いた。
「私は、キラ君が好き……いいえ。大好きです。キラ君がスラム街で私を見つけて、助け出してくれた時から」
たかがゲーム内の事。そう一蹴することはできたかもしれない。ゲーム内で恋をして、ゲーム内で恋人になって、ゲーム内で互いに愛し合う。
だが、俺にはできなかった。ミライが本当に、現実と変わらない恋心を俺に抱いてくれて。俺と恋人同士になったら喜んでくれて。それが俺には嬉しくて。
そう言ってしまえば、自分の感じた感情までも否定してしまうような気がしたから。
「今では、カオリも、サクラちゃんも、キラ君のお嫁さんになっちゃって。最初から好きだったのは私なのに。キラ君を一番見てきたのは私なのに。カオリが一番最初でずるい。サクラちゃんばかり甘やかされてずるい。そんな醜い嫉妬をして。本当に私って、キラ君に迷惑ばかりかけるダメな女ですね」
そんなことはない、そう言いたかった。
嫉妬するのは人間にとって当たり前の感情で。何より、ミライに嫉妬されて喜んでいる俺がいることに、今、気が付いた。これは即ち、俺もミライの事が好き……いや、愛しているということで。
それに気付かせてくれたミライは、決してダメな女じゃない。
「スタイルではカオリに負けて、戦闘能力ではカオリは勿論、同じ魔法を使うサクラちゃんにも劣っていて。役立たずで足手まといな私がいると迷惑でしたよね。ほら、さっきのギルドバトルとか」
違う。ミライがどれほど劣っていようと。ミライが自分をどれだけ卑下しようと。俺はそうは思わない。
できるできないは人それぞれだし、何でもできる人なんていない。少なくとも、ミライがカオリやサクラよりも魅力がない事はあり得ない。そうじゃなきゃ──俺は他の、例えばカオリとかに目移りしてもおかしくないと思ってる。それほど俺は情けない。
……今思えば、ミライに【魅了】を使われた時に抵抗できなかったのは、無意識の内にかかってもいいと思ってたのかもしれない。ミライになら、何をされてもいいって。
あぁ、そうか。あの時にはもう。俺、ミライに惚れてたんだ。
「そんな私でも、まだ好きで……違いますね。こんな私を、キラ君は好きになって、くれますか?」
そうだ。俺は、ミライに告白された時、軽く返事をして。クレアシオンに聞かれた時も、真剣に、真面目に答えたかと聞かれたら「はい」と答えられない。
俺は今まで一度もミライに、「好き」と伝えていなかった。あぁ、ミライはいい女だよ。ダメなのは男の俺の方だった。
「…………やっぱり、私なんかじゃキラ君は好きになってくれませんよね……」
そう言うミライの掠れた、嗚咽交じりの声を聴き、俺はいつの間にか顔を下に向けていたことに気付き、顔を上げた。そこで俺の目に飛び込んできたのは──
「なんで、泣いてるんだよ……?」
「え……?」
瞳から止め処なく溢れて、ミライの赤く染まった頬を流れる───涙、だった。
「あ、あははは……泣くつもりなんてなかったんですよ? でも、キラ君にフラれるかもしれないと思うと、胸が──こ、心が、キュッと、締め付けられるように、痛く、て……──え?」
ミライの気持ちを聞いた瞬間。俺はミライまでゆっくり近づき──優しく、けれども、絶対に逃がしてなるものかと、ぎゅっと、ミライを抱きしめた。
「あ、あの、キラ君?」
「……ミライ」
彼女の名前を呼び、俺はミライの額に俺の額を合わせる。今までミライが言いたいことを言ったんだ。今度は俺の番。俺が、彼女に告白する番だ。
「ミライ。俺はお前が好きだ。大好きだ。愛してる。カオリやサクラに嫉妬するミライも好きだし、笑顔も好きだ。泣き顔も、怒ってる顔も。全てが愛おしくて、愛おしくて。俺、独占欲が強いんだと思う。ミライが俺以外の男と楽しそうに話してるのを見ると、むかむかすると思うし。ミライと同じで、俺も嫉妬する。そんな俺だけど、ミライは──好きになってくれますか?」
これが俺の本心だ。包み隠さず、一切省略せずにミライに伝える。
「はぃ……! はい! 勿論ですよ! 私がキラ君の事を嫌いになるわけないじゃないですか……っ!」
「俺も、ミライを嫌いになることは絶対にないと誓う」
「私、嫉妬深いですよ?」
「大丈夫。そこも好きだから。ミライの全てが好きなのに、どこを嫌えばいい?」
「私も、キラ君の全てが好きです。嫌うところなんてありません」
互いの全てが好き。それ以上に恋人に求める大切な物はない。今、この時にこれを渡そう。
「ミライ……」
俺はミライの前に跪く。そこからミライの左手をとり、薬指にパープルサファイアを使った指輪を通していく。
「わぁ……!」
「ミライ。俺と──結婚してください」
結婚の申請。正確には指輪を嵌めるだけでいいが、しっかりと、プロポーズの言葉を言う。それが、大事だと思ったから。
庭の方からは恐らくブルーとレッドが造ったであろう花火が大量に打ち上げられ、漆黒の夜空を艶やかに色付けた。
「はい……はい! 喜んで!」
ミライは満面の笑みで、目尻に雫を浮かべながら、俺のプロポーズを承諾してくれた。
その声は、大音量で響き渡る花火の音に掻き消されることなく、俺の耳へと届き、俺の心に浸透していった。
きらりと花火の光を反射する濡れた瞳と紅潮した頬。何かを期待する唇。
そこから俺は立ち上がり、またミライを抱きしめた。
それからどれくらいたった後だろうか。数分、いや、たった数秒だったかもしれない。俺達は少し離れ、どちらからともなく──キスをした。触れ合わせるだけの、軽いキス。
柔らかな彼女の感触が、いつもよりはっきりと感じ取れた。抱きしめる力を強くする。ミライも体重を俺のほうに傾けてきた。
近くに最愛の人がいる。これほどまでに幸せなことは、そうそうないだろう。
もう一度、今度は数秒間しっかりと口づけをして、視線を交差させた。
それから俺達は、完璧な意思疎通を見せ、俺の部屋へ行った。今日だけは、ミライからではなく、俺から──いや、互いに激しく求め合った。




