Save75 私ね……
なるほど、この条件なら、カオリが強化されないのも、ミライが強化されないのも納得だ。俺とミライはまだ結婚してないもんな。
「な、なぁ、カオリ」
「な、なによ?」
気まずい。凄く気まずい。あんなこと言われたから少し意識してしまった。
「そ、そろそろ出ようぜ?」
「そ、そうね」
と、こんな感じで俺達はレストランから出た。
そのあと俺達が向かったのは、さっきのレストランよりさらに高地にあり、周囲に何も建っていない広場のような場所だ。場所的には【マジエンスシティ】を囲んでいる防壁にほど近いところだ。
そこから見える星々は、一つ一つが存在を主張するかのように輝いていた。
「綺麗だな」
「そうね……」
空を見上げそういう俺に、カオリも空を見上げながら答える。……さっきの事があって少し言い辛いけど、言うしかないか。
「カオリ──」
「ねぇ、キラ」
勇気を出してカオリに声をかけた。が、かき消された。俺の勇気……
俺の声をかき消したのは、カオリの声だった。そこまで大きくない。近くにいないと聞こえないほどの大きさだったが、何故か俺にははっきりと聞こえた。
「今だから言うわね。私ね……キラ、貴方の事が──好きです」
未だに夜空を見上げていた俺の耳に入ってきたカオリの声は、上手く理解できなかった。カオリが、俺の事、好き?
ハッとしてカオリの方を向く。
「は? え?……え?」
「やっぱり混乱するわよね。ごめんなさい。でも、どうしても伝えたくて」
カオリは申し訳なさそうな表情を浮かべて、顔を俯ける。
「カオリ……」
「迷惑だってことはわかってるつもりなの。そして──この恋が成就しないってことも」
下を向いてるカオリから聞こえてくる声は、か細く震えていて。正直、可愛かった。
「いくらこのゲームが恋人ましてや妻、又は夫が何人いてもいいって言っても、本人が受け入れ切れていないといけないわ。キラがもし受け入れ切れても、ミライが悲しむかもしれない」
カオリなりに考え抜いたことなのか……真摯に受け止めないと、だよな。
「もしミライが許可しても、今度はサクラが疎外感を感じてしまうかもしれない。それで私達がバラバラになってしまうかもしれない。それだけは阻止したかった」
本当にカオリは悩んだのだろう。それがありありと伝わってくる。
「でも、やっぱり、どれだけ考えても悩んでも、キラに伝えたかった。キラに知ってほしかった。私の気持ちを」
「カオリ……」
正直、カオリにそこまで思ってもらえて、嬉しい。その気持ちに対して、俺はどんな対応をすればいいのだろう。
カオリを受け入れる? そうしたらミライがどうなるかわからないし、カオリが言ったようにサクラが疎外感を感じるかもしれない。
カオリを受け入れない? そうしたらカオリが悲しんでしまう。それだけは絶対にしてはいけないと思う。
だったら、俺が取れる選択肢は、今の俺にはこれしかないように思う。
「カオリ」
「いや……聞きたくない……」
遂には、下を向いていたカオリの声だけでなく、肩も震えていた。しかし、俺はしっかり伝えなければいけない。
「カオリ。俺は、カオリを受け入れる気でいる」
「…………ぇ?」
カオリは俺の言葉に驚き、一瞬で顔を上げた。俺の瞳に映ったカオリの顔は、涙が幾条もの線を描いていたが、それがとても美しかった。
「カオリが心配してるミライの事は、俺が何とかする」
具体的な方法は分からないけど。これが一番いい選択だと思う。これなら、カオリは悲しまない。
「で、でも……! サクラが疎外感を感じたらどうするのよ?」
「その時は──」
その時は、
「──このパーティーから抜けてもらう」
「……え? だ、ダメよ! サクラが抜けるなんてことは絶対にダメ! 勿論ミライも!」
「なんて、冗談」
「な、なんで今冗談なんて言うのよ!」
「カオリに泣き顔なんて似合わないだろ? せめて、怒っとけ」
カオリの泣き顔を見てると、何故か俺まで悲しくなってくる。だからせめて、泣き顔以外の顔を見せて欲しい。
「なんであんたなんかに怒らないといけないのよ。せめて笑顔にしなさい」
「仰せのままに、カオリお嬢様?」
「お、お嬢様って……私のキャラじゃないわよ」
「そうだな。カオリは姫になりたいんだもんな」
「ちょ、今それ言う……!?」
「はい、笑顔」
「──っ」
カオリが笑顔にしろって言ったんだ。お望み通り、笑顔にしてやったぞ?
「ち、違うのよキラ。これは、その……」
「わかったから」
カオリがアタフタしてるのを宥め、俺はカオリと向き合う。
「カオリ、俺と付き合いたいのか?」
「そ、それは……えぇ、付き合いたいわ」
「ミライに反対されても?」
「それくらいじゃ諦めないし、諦めきれないわ」
「そうか……」
「キラ?」
カオリの返事を聞いた俺は、【ストレージ】から一つのアイテムを取り出した。
「え、これって……」
「カオリ、俺と結婚してくれ」
付き合うっていう段階を飛ばしてるような気もしなくはないが、どうせゲーム内の事だけだ。関係ないだろう。俺の中では。
「……はい。喜んで……っ!」
カオリの返事を聞き、俺はトリカラートルマリンを装飾に加えられた指輪を、左手の小指にはめた。
「キラ……」
「ん?」
「──大っ好きよ!」
その時カオリが浮かべた笑顔に俺は、落ちたかもしれない。そう思う程にカオリの笑顔は、美しかった。
その後は、レストランで聞いたことを実践した。




