Save165 帰還
「ただいま」
「おかえりなさい」
俺が戻ると、ミライが待ち望んでいたかのように亜光速で食いついてきた。
「他に何かある者は?……いないな。じゃあクレア、頼む」
「了解じゃ」
クレアがブツブツと唱え始めた。恐らくシステムに干渉しているので魔法ではないはず。
クレアが何かを唱え始めて数秒後。シロの体が淡く光った。その光は次第に光量を増していき、遂には綺麗に粒子を残しながら消えた。
次に光ったのはクロだ。クロもシロと同様に光となって消えた。
その次はシエルだ。
「え、え、え!? ちょっ!?」
本人には何も伝えていなかったので、驚いているようだ。シロとクロを見ていたが、まさか自分がああなるとは思っていなかったらしい。
「じゃあな、シエル」
「キラさぁぁぁあああああん!?」
シエルの絶叫が響き渡った。その声が消えることにはもう、シエルの姿はない。
「最後はクレアだな」
「……キラ、最後に注文、いいかの?」
「ああ」
「んっ」
クレアの最後のお願いはキスだった。俺は快く受け入れる。ミライ達が羨ましそうに俺達を見つめるが、今はクレアを優先してくれているのか、誰も何も言ってこない。
「キラぁ……」
口を離すと、クレアが名残惜し気に俺を見つめる。俺はその視線に答え、もう一度唇を重ねた。
「んっ……ん……」
数十秒間重ねていたように思う。
「……これで、おわかれじゃの」
「まだ会えるだろう?」
「画面越しにいるのと、直接触れられるほど近くにいるのとでは、全く別なのじゃ」
唇を尖らせて愚痴る。わかる。俺も同じ気持ちだ。触れられるのと触れられないのとでは、全く違う。
幸福感が違う。安心感が違う。抱く感情の量が、質が違う。何もかもが違う。
「絶対、俺がどうにかする。それまでは、待っていてくれ」
「……約束じゃぞ」
「ああ、約束」
俺とクレアは小指を絡ませ、指切りをした。口約束だが、俺は反故には絶対にしない。
「世界神、協力して欲しいのじゃ」
「うむ」
世界神は頷くと、クレアと共にシステムに干渉した。
次第に光り輝くクレア。彼女の周囲に粒子が舞い始め、より神々しくなる。いや、神聖さが増していると表現した方が適切かもしれない。
クレアの周囲に浮かぶ粒子の一つ一つが精霊のように見える。その姿はまるで、精霊に愛されし精霊の守り人。クレアの幼い見た目もあり、誰もが目を奪われる光景だろう。
しかしそんな姿は長くは続かず、数秒後にはきれいさっぱり姿が無くなってしまった。
「綺麗、でしたね」
「あの姿は感動したわ」
「……妖精女王」
ミライ達も俺と同じような感想を抱いたようだ。
「さて、もう用事は済んだことだし。……帰るか!」
「はい!」
「ええ」
「……ん!」
「世界神。色々と世話になったな」
「ほっほっほ、気にするでない」
「ありがとう」
「うむ。達者でな」
「世界神こそ、この町を、国を、従者たちを、そして……このゲームを頼む」
「任された」
世界神は大きく頷くと、俺達に手を振った。俺達も振り返し、ゲームからログアウトする。
世界神は俺達の視界が切れるまでずっと手を振り続けていた。目尻に浮かんでいたモノは、見なかったことにしよう。
ゲームの世界から戻ってくると、外はまだ暗いままだった。
時計を見ると零時五分。およそ十時間ほどゲームの中には居たので、やはり時間の流れは違うようだ。
ベッドから起き上がった八雲はパソコンの前に移動し、パソコンを起動した。片手にはスマホを持ち、ミライ達とのグループメッセージでグループ通話を繋ぐ。すぐに全員が出た。未来と薫は八雲と同じくパソコンを起動している所らしい。
『やっぱり時間の流れが違うんですね』
『まだ五分しか経っていないから驚いたわ』
『……計算、合ってた』
「まだ居ても良かったかもな」
百二十倍の速度で時間が進むのならば、百二十日間はあっちに居られたという計算だ。
そんな雑談をしているうちに、パソコンの起動が完了された。手早くパスワードを打ち……こもうとして、勝手に入力された。
だが八雲はあまり驚かなかった。未来と薫の方は自分で入力しているようだ。こんなことができるのは一柱しかいない。クレアだ。
『キラ! キラ! ここは凄いのじゃ!』
「そうか、良かったな」
『いろんな線がここからどこかに繋がっていてな、どこかに行けそうなのじゃ!』
「まだ行くなよ。多分それ行ったら戻れなくなるから」
クレアが興奮気味に八雲に話す。
恐らくクレアが見えている線というのはインターネットのことじゃないだろうか。より正確に言うならば、インターネットを介した機器同士の繋がり。例えばメールの痕跡や電話など。
「クレア、俺のスマホの中には入れそうか?」
『接続してみぬとわからぬ』
「ちょっと待って」
通話画面の向こう側では、未来と薫もシエル、シロ、クロに会えたらしい。かなり騒いでいる。シエルの驚くような声や、シロとクロの鳴き声も聞こえてきた。
八雲はパソコンとスマホを接続した。
『お? なにか太い線が出てきたのじゃ』
「多分それが俺のスマホに繋がってると思う」
『わかったのじゃ』
そう言ったクレアは、パソコンの画面から姿を消した。
そして次の瞬間。
『ここで合ってるかの?』
「ああ、合ってる。俺のスマホだ。俺の顔や声は聞こえてるか?」
『直接見聞きしているように確認できるのじゃ』
「カメラとマイクか?」
ビデオ通話や電話に使う機能が、ここで役に立った。
「クレア、もし接続を切ったらどうなる?」
『恐らくじゃが、このパソコンが起動してる限り、妾はキラのスマホに行けるのじゃ。キラのスマホの線は覚えた故』
「なるほど……ありがとう。未来たちにも伝えておくか」
『それなら妾にお任せなのじゃ』
クレアはひょひょいとメッセージアプリを起動し、勝手に文字を打ち始めた。
「音声操作ができそうな……?」
『指示を出してくれれば妾がやるのじゃ』
「わぁお最先端」
シエルはわからないが、シロやクロができるとは思えないし、他の人もクレアのような存在がスマホの中に入っているとは考えられないので、八雲のスマホは時代を先取りしすぎたらしい。
『キラ、未来から返信が来たのじゃ』
「なんて書いてある?」
『教えてくれてありがとうございます、と書いてある』
「クレア、未来にシエルもできるのか聞いてみてくれ……いや、クレア、未来の線は覚えたか?」
『勿論じゃ』
「じゃあ未来のパソコンなりスマホなりに入って直接伝えてきてくれ」
『了解じゃ』
八雲のスマホの画面から、クレアの姿が無くなった。
「さて、今はまだ深夜なんだよなぁ。色々するのは夜が明けてから未来たちとする予定だし……クレアが帰って来るかもわからないんだよな。だから寝ることも出来な……いや、大丈夫か」
ブツブツと独り言を呟いた八雲は、スマホの中にインストールされているメモ帳アプリを起動し、クレアへのメッセージを打ち込んだ。
これに完結です。中途半端ですが、次の話からは続編としたいので完結させていただきます。ぜひ続編の方もよろしくお願いします!




