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Save161 約束のために、もう一度

 家に帰った八雲は、自室に行くことなくリビングへ向かった。そこでは母がテレビをソファに座りながら見ていた。


「ただいま」

「おかえり」


 形式的な挨拶もそこそこに、八雲は母とテレビの間に割り込む。


「ちょっと、邪魔。テレビが……ダメよ」


 息子の真剣な目を見て悟ったのか、母は八雲が何も言っていないのに拒否する。

 だが、八雲にとってそんなことを百も承知。


「頼む。頼むよ。俺をもう一度あの世界に、行かせてくれ」

「だからダメだって言ってるでしょ!?」


 母の叫びが家の中に響く。キーンと耳鳴りがするほどの絶叫。いやでも母の気持ちを心が理解する。


「お願いします。俺に、もう一度あの世界に行く許可をください」


 床に額をこすりつけて頼み込む。流石に息子が土下座する姿には気圧されるものがあるのか、母が息を呑んだのがわかった。


「なんで、そんなに行きたいの? 怖くはないの?」

「……正直、怖くはある。もう一度ああなったら、俺は生き残れるだろうけど、俺にできた大切な人たちがどうなるかわからない。その恐怖はある。ゲーム自体に小さくないトラウマだってある。できればゲームを見たくないほどには」


 八雲や未来、薫にさくらはステータスが異常なので恐らく大丈夫だろう。だが琥白は? 碧は? 茜は? 神威は? サナは? ドーターは? モミジは?

 琥白はともかく他のプレイヤーはどうなるかわからない。もし、自分がもう一度ゲームに入ってしまってから、後を追うように飛び込んでしまったら。ないとは思うが絶対とは言い切れない。


 何故、トラウマにまでなっているゲームにもう一度行こうとしているのか。何故、自分の気持ちをわかってくれないのか。

 そんな気持ちが母の心に渦巻く。


「だから、どうして──」

「──俺の大事な人がいるからだよッ!」


 正確にはNPCなので人ではないが、そんなことは些細なことだ。いや、人だろうがそうじゃなかろうが、好きになってしまえば、そんなこと些細な問題にすらなりえない。


「八雲、あなたには大事な人がいるのね?」

「ああ」

「八雲はその人の事が好きなの?」

「ああ」

「本当に大事な人なのよね?」

「そうだよ」

「なら、お母さんの気持ちもわかって欲しいな」

「……」


 わかっている。痛いほどにわかっている。今日だって薫が言っていた。大事に思うからこそ、危険なことはさせたくないと。


 八雲だってわかっている。クレアが不具合だらけになってしまった時も、罪悪感に苛まれ、もう二度とクレアをこんなことにしたくないと思った。させないとも思った。


 しかし結果はクレアたちに協力を要請し、もう一度システムに干渉してもらってしまった。その計画を伝えている時、当然八雲の脳裏にあの光景がフラッシュバックした。胸が締め付けられた。自分の大切な人が、人達が、もう一度危険な目にあってしまうかもしれない。

 実体験があるからこそ、八雲は母に強く出れない。


「でも、それでも、俺は──」


「私からもお願いっ! おにぃを……おにぃをもう一度、行かせてあげてください!」


 リビングに飛び込んできたのは、瑚白だった。

 カバンを放り出し、八雲の隣に土下座する。恥も外聞もない。短くなっている制服のスカートが捲れ上がり、下着が見えてしまっているが、直そうともせずに母に懇願する。自分ではなく、兄のために。


「琥白……でも」

「あのねママ。私知ってるんだ」

「……なにを?」

「おにぃにはね、お嫁さんが四人もいるんだよ」

「え……?」


 驚愕の新事実。その衝撃に母は目を白黒させている。余程驚きの内容だったのだろう。まぁ確かに、あなたの息子には四人の嫁がいます、と言われて、はいそうですかと納得する親がいる方がおかしい。


「勿論ゲームの中だよ? でもね、皆おにぃの事が大好きなの。ママも知ってるでしょ? 明日葉先輩と朝倉先輩と瀬戸先輩。皆、おにぃの事が大好きな、おにぃのお嫁さんだよ」

「……もう、ひとりは?」

「……ゲームの中のキャラクター」

「……」


 絶句する母。またも驚愕だったのだろう。


「ママは、おにぃの事が大好きだから、大事だから、行かせたくないんだよね?」

「うん、そう」

「ママがそう思っているように、おにぃももう一人のお嫁さんの事を想ってるんだよ。いくら親とは言え、その気持ちを遮ることはダメだと思う」

「確かに、そうかもしれない。でも……」

「大丈夫。ママはおにぃを誰だと思ってるの? あのゲームを終わらせた張本人だよ? ゲームマスター……簡単に言えばあのゲームを支配している人に楽勝したプレイヤーなんだよ? ゲームマスターもいないあの世界で、おにぃの敵になるものなんて、何もないよ」

「……でも、ゲームなのだから、当然それを管理する人が外側に……」

「それについては問題ない、と思う。俺が行くのはそいつらの管理外の世界だ」


 絶対に干渉できない訳ではない。改良版コピーなのだから、いくら遮断したと言っても完全ではない。

 ログを頼りに捜索すれば、八雲たちの移動の痕跡が見えてくる。今はその膨大さゆえに見つかっていないだけだ。恐らくクレアや世界神たちが、八雲のログをできるだけ消してくれているのだろう。


「でも……」


 尚も譲らない母。どれほど息子を愛し、心配し、大事に思っているかがわかる。だからこそ、八雲は使いたくなかった手札を切る。


「もし、認めてくれないのなら、俺は……家を出る」

「八雲!」

「おにぃ!?」


 琥白も驚きから顔を上げ、八雲を見る。

 八雲も顔を上げ、真っすぐと母の瞳と八雲の瞳を合わせる。


「出て行って、どう生活する気?」

「警察に行く。そこで俺がゲームをクリアしたことを伝え、証拠としてハードを徴収されれば立証されるだろう。大丈夫だ。家には迷惑をかけない」

「聞いていたの? どうやって生活をするのかって聞いたの。出て行ってどうするか、じゃないの」

「……」

「決まっていないんでしょう?」


 図星だ。自分で生活費を稼ぐことなどできないし、ゲーム内監禁事件を解決したからと言って報奨金が出るとは限らない。出ない可能性の方が高いだろう。

 未来たちの所に行くことも考えたが、それは向こうに迷惑が掛かってしまう。当然即却下した。


「はぁ……わかった。そのかわり、一度だけよ。時間は最長でも一日。いい?」

「……わかった。ありがとう」

「ママ……」


 最終的には母が折れてくれた。条件付きだが、一日も猶予があればなんとかなるかもしれない。


 早速八雲は準備に取り掛かった。まずは未来たちに許可が下りたことをメッセージアプリで伝える。するとすぐに既読が付き、自分たちもやっとの思いで許可を取り付けたと言っていた。

 そして日程が組まれ、猶予時間である一日を存分に楽しむために土曜日に行くことになった。


 日程が決まれば後は準備をするだけ。あの時から弄っていないチョーカー型のハードから伸びるコードをたどってハード本体に到達する。かなり奥に置いてあるので凄い量の埃をかぶっていた。

 埃を手で払いのけ、十分に弄れるだけのスペースを確保する。そこから特定のコードにつなぐことができる接続口を探し出し、パソコンとつなげる。


「よし、これで恐らく大丈夫なはずだ」


 パソコンには大容量の外付けメモリーを接続し、準備万端。

 念のためパソコンの容量をなくすためにいらないファイルやフォルダを削除する。最悪の場合に備え、未来たちにも同じようにしてある。

 後はその日に備え、十分に睡眠をとっておく。後数日先だが、今からやっておくに越したことはない。


 そしてとうとうやってきた土曜日。日付が変わると同時にダイブし、久しぶりの感覚に身を包まれる。


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