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Save160 終わりの続き

「ぅ……」


 薄闇の中、八雲は目を覚ました。

 だが動くことができない。かろうじて頭だけは動かすことができた。自分の体を見てみると、しわくちゃだった。肉は無くなり骨が浮き出ている。ベットの脇には点滴が置いてあり、栄養だけは与えられていたようだ。


 ない力を振り絞ってどうにか立ち上がることに成功した八雲は、自室から出てリビングへと向かった。

 カレンダーを見てみると今は1月らしい。年が明けているようだ。

 八雲は琥白の部屋へ向かった。


 琥白の部屋には、両親がいた。涙をボロボロ流しながら琥白の手を握っている。

 琥白の体も八雲と同じくしわくちゃで、一目見ただけで肉がないことがわかる。


 八雲は重く感じる琥白の部屋の扉を体で押すことで開け、中に入った。一瞬の静寂。そして次の瞬間の両親からの抱きしめ。自然と八雲の目から涙が流れていた。


 リビングに移動した八雲たちは、母の手作りのおかゆを食べた。久しぶりに食べる本物のご飯。いくらゲームの中で上手に作れたとしても、やっぱり母の味には敵わない。琥白もそう思ったのか、二人して涙を流しながら食べていた。

 二人が食べている間、両親は静かに見守っていた。


 おかゆを食べ終え、食器を洗い終わった母がリビングに帰ってきた。けれども誰も話そうとしない。

 痛い沈黙が続く。壁掛け時計の秒針の音だけがむなしく響く。


「……おかえり」

「……ただいま」


 沈黙を破ったのは、母だった。愛おしい子供二人に声をかける。反応したのは八雲だけだった。琥白は俯いて無言を貫いている。


「……終わらせてきた、んだよね?」

「……一応は。だが俺にはまだやることが残ってる」

「……それは、なに?」

「……」


 それを言うことは阻まれる。何度言おうと思っても、あと少しの所で声にならない。


「……また、行くんでしょ?」


 そんなことを言ったのは、今まで一言もしゃべらなかった琥白だった。


「……ああ」

「ダメっ!」


 八雲が答えると同時に母が叫んだ。当然だ。こんな危険な目にあったのに、もう一度行かせるわけにはいかない。


「……でも、どうしても行かないといけないんだ」

「お願い……。やめて……。もう私達を悲しませないで……」


 泣きながらそんなことを言われてしまう。半年近くゲームの中に囚われたままだった八雲と琥白を世話していたのは、母だった。父は毎晩母が泣いていたことを知っている。だからいくら息子の意思を尊重してあげたいと思っていても、母寄りになってしまう。


 八雲もそうだ。実の母にそんなことを言われてしまっては強く出れない。母を悲しませたという事実が、重く胸にのしかかる。


「……わかった」


 引き下がるしか選択肢はない。八雲はクレアの事を胸の中にしまい込み、固く口を結んだ。


 二ヶ月が経った。

 八雲の読み通り、未だにAWOは存在している。理由も想像通りだった。

 八雲と琥白の回復は順調で、半年前と同程度までには体重を戻していた。

 生活も普通に出来るようになり、衰えていた筋肉も大体回復した。


 学校には先月から調子のいい時だけ通っている。未来や薫、さくらからのバレンタインチョコも貰った。

 家族の仲も元通りになり、現実世界に帰ってきたときのような重苦しい雰囲気は払拭された。

 そんな日々のとあるひと時。学校で昼食を食べている時に、とうとうその話題に触れられた。


「そう言えば八雲、AWOの件はどうなったのよ?」

「……未だ許可を貰えない」

「ですよね。私も貰えていません」

「……無理」

「全滅ね……」


 今、八雲と未来、薫とさくらの心の中にいるのは、一人の少女。勿論クレアだ。唯一の心残りと言っても過言ではない、八雲の新しいお嫁さん。

 シロやクロ、シエルの事も気がかりではあるのだが、やはり一番はクレアの事。


「……今日、無理を言ってでも交渉してみる」

「……では、私もそうしてみます」

「……わかた」

「……」


 意見がまとまっていく中、薫だけが答えない。

 不思議に思う皆の視線が薫に向かう。


「……私は、お母さんたちの言っていることがわかるの。私に子供はいないけれど、それに近い存在としてシロがいるわ。大好きな子供のような存在よ。でも、だからこそ、シロが危険な所に行こうとしていると何が何でも止めようとするし、行かないで欲しいってお願いすると思う」


 薫はシロが生まれた時、凄く喜んでいた。その光景を間近で見たし、シロにどれほどの愛情を注いでいたかがわかるからこそ、薫の言葉が深く突き刺さる。


「……でも」


 八雲は口を開いた。薫の意見を否定するわけじゃない。ただ、どうしても、もう一度行きたい理由があるから。


「……でも、俺は、クレアに会いに行きたい。どれだけ反対されようと、それらをすべて振り切ってでも行く。クレアとの約束もあるし、何より俺が嫁に……クレアに会いたい」


 八雲はクレアの事が好きだ。それはもう紛れもないものになっている。会えなかった二か月間で、八雲のクレアへの想いは計り知れないほどに大きくなった。


「……いいな」

「ですね。私、少し妬いちゃいます」


 未来とさくらが羨ましそうに空を見つめる。クレアの姿でも思い出しているのだろう。


「私、絶対に八雲君と結婚します」

「……私も」

「……俺はゲームの中だけの関係だと思っていたんだが?」

「だから、私は誰の事を好きになってもいいんです。そして、私は現実で八雲君を好きになったんです」

「……大好き」

「なに抜け駆けしてるのよ。八雲、私も好きよ」

「あ、ありがとう?」


 シリアスな雰囲気から桃色甘々空間に早変わり。

 ここは教室。そこには当然プレイヤーだったものもいるわけで。


「チッ……」

「なんで東雲だけあんなにモテるんだよぉー!」

「あの四人、ゲームの中で夫婦だったらしいよ?」

「え~マジ? ハーレムじゃんウケる~」

「俺だって活躍したのに!」

「うんうん、見てたよ。かっこよかったよね」

「えっ!?」


 教室中から八雲たちの噂が聞こえてくる。さらに大体は合っているので否定もできない。中には「あいつらもうヤってんじゃねーの?」という際どい噂もある。ゲーム内で既に致しているので否定しようにも否定できないというもどかしさ。


「と、とにかく。俺は絶対にクレアの所に行く」

「子供は私が一番先ですからね」

「……じゃ、その次」

「なんで私が最後じゃないといけないのよ。私と一番最初に作りましょう?」

「「「「「!?」」」」」


 同級生から聞こえるはずもない単語が聞こえてきて教室中が驚きの渦に包まれる。

 八雲は頬を引き攣らせながら、強引に話題転換を試みる。


「い、今はAWOの話しよ?」

「? してますよ。だから子供の話になってるんじゃないですか」

「……?」

「まさか八雲、こっちの話だと思ってたのかしら?」

「ですよねー」


 八雲とクラスメイトの早とちりだったらしい。焦って損をした八雲。いつ間にか自分よりも進んでいると思ったクラスメイト(主に男子)。全員が安堵する。


「確かにゲームじゃなくてこっちでも八雲君の子供は欲しいです」

「……名前、何にする?」

「高校卒業まではダメよ?」

「「「「「「!?」」」」」」


 安心したのも束の間、三人からの爆弾発言によってまたもや教室中が騒ぎ出す。

 八雲は驚きはしたものの、三人の顔がよく知ったからかうときの顔だったので冷静さを取り戻した。


「お前らは俺を殺す気か」


 誤解を解くのを諦めた八雲は、家に帰ってからの事を考え始めた。


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