Save141 妾は……ッ!
その情報が入ってきたのは、俺達が昼食を食べている時だった。
「おい」
突然戦神が家の中に現れ、神速で俺に接近し胸ぐらをつかまれた。
その表情は、怒っているようにも見えたし、悲しんでいるようにも見えた。
ミライ達の動きが完全に止まっている。今の状況についていけていないのだ。俺だってそうだ。一体どうして戦神が俺達の所に。
「テメェ……ちょっと来いや」
必死に頭をフル回転させて、何がどうなっているのかを思考しようとした矢先、戦神に引っ張られた。俺は急なことにバランスを崩し、転倒する。
「何寝てやがるんだ。今はそんな暇ねぇんだ。早く来い」
それでもなお戦神は俺を引きずってどこかへと連れて行こうとする。
ここでようやく現状を理解したのか、ミライ達が動き出した。俺の下へ駆け寄ってこようとする。
「邪魔だ。来るな」
たったそれだけ。たった二言でミライ達は止まった。今のレベルやミライ達の強さから、戦神程度のNPCから出される【威圧】では一瞬たりとも動きが止まることはない。
ならば何故動きが止まったのか。簡単だ。スキルではない、戦神の圧力に屈したからだ。何かを抑え込んでいるような、そんな圧力。
これはただ事ではないと、俺は戦神を問いただすことにした。
「どうした。何故俺を連れ去ろうとする?」
軽めに【威圧】を使い、俺から離れてもらう。
「説明は後だ。創造神と世界神が大変だ」
「……わかった。俺はちょっと行ってくるから、ミライ達はここで待ってて」
「わ、私も行きま──」
「ダメだ。俺だけで行く」
言いきる前に同行を拒否する。戦神がこんなに必死な形相で俺を連れて行こうとしたんだ。ミライ達には目もくれずに。
たまたまかもしれないが、どちらにしろ俺の力が必要なほどにまでヤバい何かがあった、ということだ。可哀そうだが、今回は俺だけでも行かせてもらう。
「クレアシオンの神界でいいのか?」
「ああ、そうだ」
「戦神、お前も一緒に来るか?」
「行くが、俺が自力で行く。他人の力は借りたくない」
「わかった」
【転移】を使い、クレアシオンがいる神界へと向かう。レベル上げのお陰で家から神界でも楽々行けるようになった。
そこは、以前のように死の嵐が吹き荒れてはいなかった。初めて神界に足を踏み入れた時のように、真っ白で、まっさらで、何もなかった。
次の瞬間、隣に戦神が現れた。
「こっちだ」
大人しく戦神の案内に着いて行く。すると、そこには、
「お、おぉ、キラか……妾、NPC、を、全て移動、させた、のじゃ?」
「お主か……」
衰弱しきった様子のクレアシオンと世界神がいた。
すぐさま【完璧鑑定】を使い、状態を確かめる。ただの疲労であればいいのだが。
「異常、なし……?」
結果は異状なし。ステータス値に何か変化があるわけでも、スキル欄に変なスキルがついているわけでもない。
「わ、妾達、ちと、無理を、し過ぎた、様なのじゃ……」
とぎれとぎれに紡がれる、クレアシオンの言葉を纏めると、長時間システムに侵入したが為に、自らを構成するプログラムに異常をきたしてしまったらしい。
「それは、どうすれば……?」
「簡単、じゃ……システム、に、妾達を、再読み込み、させ、れば……自動、的に欠陥、は、補完される」
「ならなんでそれをしない?」
「……データを、リセット、されるから、じゃ」
構築されているプログラムを再読み込みし、足りない分を補完する。その際無駄な部分、つまり記憶機能の中に入っている事柄を全デリートする、ということだろう。
「わら、わ……それだけは、いやじゃ……」
いつの間にかクレアシオンの瞳には、涙が浮かんでいた。
「何か、方法はないのか?」
一途の希望を託し、そう問う。
「……あるに、は、ある……だが……それは、したくない」
「そんなこと言ってる場合か!」
気持ちの問題で俺の、俺達プレイヤーの事を危機に晒すんじゃねぇよ。クレアシオンがいなくなったら、俺達の計画に支障がでてしまう。
「その方法を教えてくれ」
「……いや、じゃ」
「……世界神、頼む。教えてくれ」
「……わかった」
世界神から聞かされたのは、改めて考えてみれば当然の事だった。
簡単にまとめると、自分のコピーを作成し、それをこっちじゃない方の世界のシステムに読み込ませる。そして補完して貰った後に記憶だけをそちらに移して、いらない方は消す、という方法だ。これならば、記憶が残るし補完もされる。
「妾は、いやじゃ……っ! 妾は、今の妾ではない妾の記憶を持った妾に似た妾が、キラと接していると考えると、どうしてもいやなのじゃっ!」
一息で言い切ったクレアシオンは、荒い呼吸を繰り返している。
クレアシオンの言い分はわからないこともない。自分の記憶を持った自分ではない人物が、自分と親しい人と接することを考えてしまうと、それがとても嫌だった、ということだろう。
「妾、は……! 妾は……ッ!」
クレアシオンの瞳から、遂に涙が零れ落ちた。それは一滴では留まらず、二滴三滴ととめどなく溢れ出てくる。それはまるで決壊したダムのようでもあり、優しく降り注ぐ慈雨のようでもある。
涙で潤ませた瞳が、俺を捉えて離さない。決して自らの意志を曲げないと言う思いが、ひしひしと伝わってくる。
やがて、クレアシオンの涙は枯れた。一切瞳から水分が出てこなくなった。目元は赤くなり、頬は涙による傷跡を残している。
俺は、そんなクレアシオンに、近付いていった。
「──大丈夫だ。安心しろ」
ぽんっと、クレアシオンの頭に俺の手を乗せる。そしてわしゃわしゃとかき乱す。
「な、何を、するの、じゃ!」
「クレアシオン、俺にいい考えがある。乗ってくれるか?」
そう言って、俺はクレアシオンの耳元で俺の考えを伝えた。




