Save128 なんでお前がここに?
「で、なんでお前がここに?」
お仕置きが終わった後。シエルを庭に座らせ、対面に椅子を設置して俺とミライが座った。他の皆は夕ご飯の準備だったり鍛冶だったりと色々している。
「実は……今まで一緒に冒険してた冒険者さんに『お前はもうこのパーティーには要らない。勝手に個別行動をするような危険を冒す冒険者がいても迷惑なだけだ』と言われて追い出されてしまって……」
「なるほどな」
「納得するんですか!?」
「逆に納得できていないのか? なんで?」
命を懸けて戦ってる冒険者としては、シエルみたいな危なっかしい奴をパーティーから脱退させるのは当たり前だろ。
「だって身勝手すぎませんか? 私も一生懸命魔物と戦っているのに……」
「そうやって戦っていたとしても、お前の迷惑さの方が上だったんだろう」
「迷惑さって何ですか! それと私はお前じゃなくてシエルって名前があります。ちゃんと名前で呼んでください」
そりゃ、命かけて一生懸命戦うよりも、勝手に単独行動してパーティーに危険が及ぶ可能性を秘めたような奴をそばに置いておく方が危ないと思ったんだろう。なら追い出されて当然。
「それで? ここに来たってことは助けてもらおうとでも思ったのか?」
「最初は冒険者ギルドに行って新しい仲間を探してたんです。でも、何故か誰もパーティーに入れてくれなくて……」
「ま、そうだろうな。その元パーティーメンバーがお前の事を言いふらしたりでもしたんだろ」
だからそれを聞いていた冒険者たちはシエルをパーティーに入れなかった。
「冒険者をやめようとは思わなかったのか? ソロで活動するのは危険すぎるだろ」
「それは……」
シエルは膝の上に乗せられていた手をぎゅっと固く握ると、絞り出すようにこれを出した。
「私の母が、病気なんです。だから薬を飲まないといけなくて、でもそのためのお金も無いから……私が稼がないといけないんです」
「だから冒険者をやめるわけにはいかない、と。ふ~ん? で、本当はどういう理由なんだよ?」
「ぇ?」
「まさか、本当にそれだけなのか? てっきり借金でもしてるから一所懸命やってるんだと思ってたが」
母親の病のために薬を買う。けれどその為のお金がないから冒険者として魔物を倒して報酬を貰う。そしてその報酬で薬を買う。だが……
「どうせ最初の頃、つまり病気が発症した時はお前冒険者じゃなかったろ? それに薬を買えるだけのお金も無かった。ポーションとかって高いもんな。だから借金をした。薬を買えるだけのお金を借りるとしたら、どうせ家か自分を担保にでもしたんだろ?」
ポーションは高い。もっと強い魔物が出るあたりまで行けるようになるとGもかなり貰えるようになるので容易く買えるが、最序盤のこの町で同じポーションを買おうと思ったら、金持ちでもない限り難しい。
だから借金をしてポーションを買った。同等の価値があるであろう家や自分を担保にして。
「う、うぅぅうぅぅうぅう……」
シエルは泣き出した。今までつらかったのだろうか。俺には想像することしかできない。共感することはできない。
「しゃ、借金して……お母さんにポーション飲ませて……私が働いてもお金足りなくて……『次返すの遅れたら……わかってるな?』って言われて……うわぁぁぁぁぁぁあああああああん」
シエルは泣きじゃくった。今まで我慢していた感情が、言葉が、大雨のように、嵐のように、決壊したダムのように吐露される。
シエルのその様子に、ミライも何かを感じたのかスッと立ち上がるとシエルの方へと向かった。
シエルの瞳から零れ落ちた雫が、彼女の手の甲に受け止められる。
シエルの心から溢れ出した感情が、俺達の心に受け止めらる。
「よし、ご飯食べるか」
「ふぇ……?」
突然言い出した俺に、シエルが困惑の表情を見せる。
「今だけは全部忘れて、俺達と一緒にご飯食べよう」
今日の献立は温かい食べ物中心だった。グラタンにスープにホットジュース。
流石に全員が同じ食卓を囲むことはできないので、アンラ達には新たに出したテーブルの方で食べてもらっている。
シエルを囲んでいるのは、俺とミライとカオリとサクラ。皆が笑顔で、ご飯に負けないくらい温かいと思う。
「んじゃ、お前に渡すものあるから渡そうかねぇ」
食事が終わり、食器の片付けも終わった頃。既に変える準備に取り掛かっていたシエルに、俺は言った。
「渡すもの……?」
シエルはいまいちピンと来ていないらしい。まぁ当然だろう。何も言っていなし、何の脈絡もないのだから。
「ブルー、レッド」
「「はい!」」
二人がいつも引きこもっている鍛冶場から出てきたブルーとレッドは、あるものを持っていた。
「これって……」
「お前危なっかしいからな」
シエルが今着ている、今までの攻撃によって損傷した革の鎧。ハピナスボアに突進された時に紛失してしまったという片手剣。それらの代わりとなる装備一式が、二人の手の中に入っていた。
見た目は多少高級感が増している程度だが、防御力に関しては雲泥の差。俺達が今着用している装備には劣るものの、今このゲーム内に居るプレイヤーやNPCでは到底及びもつかないほどの最高品質の防具だ。
剣も一見鉄製だが、実際はオリハルコン製。いくら攻撃を受けてもそう簡単には折れたり刃こぼれしたりはしないだろう。
「これを使って強力な魔物と戦ってもいいし、売ってポーションや借金返済の足しにしても良い」
「あ、ありがとうございます……っ!」
二人からそれらを受け取ったシエルは、強く胸に抱いた。俺にお礼を言うその顔は、眩しい程の笑顔だった。
「俺じゃなくて、他の奴らに言ってくれ」
シエルは、雫を目尻に貯めたまま俺達全員を見回すと、
「私、このギルドに入りたいです! お願いします、入らせてください!」
と言った。正直俺は反対だった。勝手に危険を冒すような奴を、俺の大事な人がいるこのギルドに入れることは。でも、今俺を見ているシエルの真っすぐな顔や、それを見つめるミライ達の目を見ると、とてもそうは言えない。
「あぁ、いいぞ。と言いたいところだが……」
「?」
皆一つ勘違いしているところがある。
「このギルドのギルドマスターはアンラだぞ? そんなこと、アンラに聞け」
「っ! アンラさん、お願いします!」
「もちろんいいよ! 全く、キラは素直じゃないんだから……」
いや、今のに素直とか関係あるのだろうか……?
「ありがとうございます! 私、精一杯頑張りますっ!」
だが、そんな些事な疑問は、一筋の線を描きながら頬を流れる涙と共に輝く笑顔を見せるシエルの姿を見ると、どうでもよくなった。
それに……
〈女冒険者型NPC:シエルの好感度が上限まで到達しました〉
こんなアナウンスが聞こえてきたから。えぇ……上限まで行っちゃったの?




