サクラの試練
キラ達と別れ、一人で神殿内へと足を踏み入れたサクラは、【烈火の弓】を強く握りしめる。
神殿内は真っ暗ということはなく、不気味に壁が発光しておりうっすらとだが周りを見ることができた。
神殿は入り口から今まで一本道で、魔物は一体も出てこない。物音一つせず、聞こえるのは自分の呼吸によってできた風の音と、バクバクと激しく脈打つ心臓の音のみ。
少し怖くなってきたサクラは、目の前に一枚の扉があることに気が付いた。距離にして約三メートルほどだろうか。
それに向かってサクラは駆けた。しかし、数秒程走ってみても扉との距離は変わらず目と鼻の先にある。
「……おかしい」
今度は慎重に扉へと近づく。今回はしっかりと辿り着いた。
「……?」
仕掛けの意味がよくわからず、困惑する。でも今は外でキラ達を待たせているので考え込まず、ゆっくりと扉を開けた。
「……ここ、は……──ッ!」
扉の向こうは、外と同じく薄暗く、全貌はわからない。サクラは慎重に警戒しつつ部屋の中へと踏み入っていく。
瞬間。扉が勢い良く閉まりどこからか矢が射られた。それを咄嗟の判断で転がることで回避し、壁に背をつけて周囲を凝視する。
すると次の瞬間には壁沿いに何らかのオブジェクトが出現し、その上に炎を灯した。真っ赤に燃えるその炎のお陰で全てがはっきりと視認できる程に明るくなった。
サクラがいるところは一辺が数十メートルの正方形の部屋で、基本的に緑を基調とした配色。入ってきた扉の反対側には同じような扉があった。帰還用だろうか。入ってきた扉はもう開かないことは確認済みだ。
扉がない壁には太い柱が等間隔で建てられており、隠れるとしたら最適だろう。そう判断したサクラは最高速で柱に接近し、隠れた。何故なら……
「目標、確認。敵、森霊族。最善戦闘手段を模索します。……模索終了。武装特性取得。[種類、魔法無効][攻撃範囲、最短][魔法、使用可能][最終武装、接近戦闘][使用可能武技、近接戦闘系職武技全て]。戦闘準備完了。種族転生適正試練兼試験、開始します」
部屋の中心に一人の女性が立っていたからだ。
美しい顔をした背丈の高い女性は、無機質な声でそう言うと、ポリゴンに包まれた。かと思うとすぐにポリゴンが霧散しなくなった。
果たして、そこにいたのは先ほどの女性ではなかった。いや、声質は同じように感じるのでただ形が変わっただけかもしれない。
背丈は先ほどよりも小さくなり、手には背丈に丁度いいサイズの刀。左手には小さなバックラーが装備され、武具もフルプレートで威圧感がある。しかし重いということはなさそうで行動に支障はないのだろう。
その騎士と呼ぶには不格好だがそれ以外に言い表すことが難しい見た目をしたそいつを、これからは騎士(笑)と呼ぶことにしたサクラ。名前だけで伝わってくる馬鹿にしている感。
それを感じ取ったわけではないだろうが騎士(笑)はサクラが隠れている柱に向かって攻撃してきた。
瞬時に柱から飛び出し隣の柱へと身を移す。と同時に騎士(笑)に【無詠唱】を使った魔法を放つ。
「……──【炎滅】」
サクラの手の内にある【烈火の弓】を媒体として魔法を発動させる。これはブルーとレッドが造りだした魔法剣の弓バージョンだ。
杖を使わない障害故に威力が少し落ちたにもかかわらず、見るものすべてを虜にするような綺麗な彩色で騎士(笑)へと向かう炎球だが、騎士(笑)に当たる寸前で弾けとんだ。
「進言。私に魔法は効かない。無意味」
「……そう」
サクラの武器の一つである魔法が封じられ、サクラは歯噛みする……訳がない。
サクラの武器の一つが魔法。それは何一つ違っていないが、魔法が封じられた。ただそれだけの事で誰が歯噛みなどするか。
サクラはキラと何度も戦っている。キラが相手なのだ。魔法など効くわけがない。それが今更になって魔法が聞かない相手と戦え? キラよりステータスが低いのならばはっきり言って楽勝である。
……それだけならば。
「……」
サクラが無言で弓に矢を番え神速のスピードで放つ。しかしそれを騎士(笑)はしっかりと視認して回避する。そして回避行動中にさらに矢を放てばバックラーで防がれいつの間にか抜いていた刀で真っ二つに切られる。
そう、これが厄介なのだ。流石のキラでもここまで完璧に避けることなどできない。精々が危機一髪で回避しているような感じなのだ。しかしこいつはそうはいかない。しっかりと視認しているし回避行動も完璧。
圧倒的に自分が不利な状況に、サクラは決して人前では見せないような、獰猛な捕食者を思わせる深い笑みを浮かべた。キラより厄介なのが相手なだけ。ただそれだけなのだ。ならば、どうどうにでもなる。幸い、魔法が効かないのは騎士(笑)を相手とした攻撃魔法のみなので、いくらでもやりようはある。
この勝負、私の勝ち。そう思いながらサクラは間髪入れず矢を放ち続けた。その油断が、後に大きな失態となることも考えずに。




