ライトアップ・ザ・ニューゲート
ある時突然そこに僕は生まれた。
光すらもないひたすら暗い世界。
右も左も前も後ろも。自分の存在すらもわからない。そんな世界だった。
道はずっと続いているもののゴールはない。正しい道などもちろんない。
この世界について教えてくれる者など誰一人としておらず、頼りになるのは自分自身の感覚だけだった。
いつしかその真っ暗闇に目が慣れてきて、うっすらと世界が見えてきた。
しかし、うっすらと僕の視界に広がる世界はとても残酷だった。
僕の周りには人の屍が山になっており、たくさんの魂が苦しんでいた。
とても残酷な世界だった。
世界は見ることができた。でもそこには目を塞ぎたくなる光景しかない。
その時僕は悟った。
「この世界は醜い物で満ち溢れている」のだと。
わずかながら希望を持っていた自分はバカだった。
進む道も返す道もない中でやっと気づいたのだった。
それからどのくらいの時間が経ち、僕の周りにはどのくらいの数の屍が増えたのだろう。
人は生きている限り、必ず生命を奪い続ける。動物の命を奪い肉を食べ、魚の命を奪い魚肉を食べる。作物を摘み取り、新たな命の可能性を秘めた卵を叩き割る。
僕は生きている限り永遠に何かしら命を奪うことになる。
それならいっそ死んでしまおう。
そうせることでもう僕は生命の命を奪わなくて済む。
僕はもう、屍の塔を築かなくて済む。
そう考えると気が楽になった。
生きるために生命の可能性を摘み取る行為に終止符を打てる。
僕はそう思っていた。
しかし、ある時僕はそれは違うということに気が付いた。
もしも僕がここで僕の命に終止符を打ったら、今までに僕が積み上げてきた屍はどうなってしまうのだろうか。
彼らは僕が生きるために死んでしまった。それは動かぬ事実だ。
でももし僕がここで死んだら。はたして、彼らは報われるのだろうか。
彼らの死が無駄になってしまうのではないだろうか。
僕が死ぬことによって確かにこれからここにつみあがる予定だった多くの生命は救えるだろう。
しかしすでにここに積みあがってしまった多くの生命は僕が死んでも他の誰が死んでしまったとしても生き返ることは決してない。
一度失ったものはもう取り戻すことはできない。
僕がこれまで生きてくるまでに僕に食された生命は、きっと彼らも何か命を奪ってそれまで生きてきた。
必然的に僕は僕の食べた命が食べた命が食べた命……を抱えていることになる。
要するに僕が100gの肉の塊を食べるだけで、数え切れないほどの命を食べることになるのだ。
そう考えると僕のために命を落としていった生物の命に対し、死ぬなど失礼極まりない行為だと思い、そんなことを考えてしまった自分を恥じた。
それはあまりにも自己中心的な考えで理不尽な考えだった。
さらに、幾千、幾万分の一…いや、もっとかもしれない。
そんな奇跡のもとで僕はこの世に生を享けたのだ。
そんな安易な考えだけで死ぬことが許されるとは到底思えない。
ならば僕のやるべきことは一つだ。
今までに殺してきたしまった生命に恥じぬように生きるまでだ。
そして僕が死んだときに、向こうの世界で彼らに心の底からありがとうということだ。
彼らの"死"が無駄でなかったことを教えるだけだ。
その時、真っ暗闇だった世界がわずかながら明るくなった気がした。
そしてその世界にゴールが見えた。
眩しいぐらいに明るい世界へと続く出口だった。
それにともない、そこへと続く道がうっすらと見えた。
それは大きく曲がりくねり、いくつもの分かれ道があり、決して近道はなく、遠回りしかない巨大な迷路のようだった。
しかし僕は全く恐れなかった。
むしろ、そこにはわずかに胸の高鳴りが大きくなっている自分がいた。
そして僕は駆けだした。
終わりのない迷路へと。
終わりのない未来へと。
人生に近道などない。身の回りには常に学ぶことがあふれている。
無駄な時間も無駄な行動も一切ない。
その全てがいつかきっと役に立つ。
人は必ずしも何かを成す為にこの世に生を受ける。
しかし最初は誰しもがゼロからのスタートだ。
最初からゴールを知っている人間などこの世に存在しない。
それだけは絶対的だ。
人は身の回りで起こっていることを吸収し、そこから自分のゴールを見出す。
そしてそこに向かって一歩を踏み出す。
小さくていい。もちろん大きくてもいい。
大事なのは先のことを恐れずに一歩を踏み出すことだ。
それができたら君はもう大丈夫だよ。
いつか聞いた言葉が僕の頭をよぎった。
そうだ。僕は今まで恐れていたのだ。
踏み間違えてどうしようもなくなることを恐れていた。
そのせいで今まで一歩も踏み出すことができなかった。
しかしそれが間違いだったことをやっと確信をもって知れた。
子供の失敗の尻を拭うのが大人の仕事なんだから、自分を忘れずにしっかり生きてこい。
ふいに誰かにそう言われ、そっと背中を押されてように感じた。
大きくて優しい頼りがいのある手。やけに安心感があった。
そして僕は足をあげた。
ゴールまでの道のりはまだまだ長い。とてつもなく長い。
しかし僕に残された時間のほうがもっと長い。
余裕を持っていこう。
ゆっくり確実に。でも、恐れずに行こう。
もしも踏み間違えてしまうことがあったら元の道に戻ればいい。
戻る道がなければ自分で道を切り開けばいい。
決してやってはいけないことはいくらでもある。
入ってはいけない道も数え切れないほどある。
それは決していけないことだ。でも、まだ戻れる道があるだけましだ。
取り返しのつかないことになる前に引き返したらいいのだから。
胸を張り大きく腕を振り、しっかりと確実に地に足をつけ一歩を踏み出す。
周りに築かれた屍の山にしっかりと感謝しつつ、前を向いて踏み出した。
それはまるで生まれ変わったかのようなすがすがしい気分だった。
今日ここで生まれ変わった僕は明日のために、未来のために、新たな一歩を踏み出すのだった。
ここから始まる僕だけの新たな物語。