私はだあれ?
目標が店から出てくるのは、予定より遅かった。
それでも、計画に変更はない。
背後から近づき、スタンガンを構える。
「あ、店長。どこ行ってたんですか?」
途中で気が付かれたが、気にしている暇はない。俺はスタンガンを押し当てた。
短い悲鳴を上げて、彼女は倒れた。だが、感傷に浸っている暇はない。
髪の毛を切り、店の裏にあった水槽で溺れさせる。途中で意識が戻ったようで抵抗されたが、やがて動かなくなった。
店の裏に遺体を放置して、俺はラーメン屋に戻った。忘れ物を取りに来たという設定だ。
「あ、飛鳥さん」
「ラーメン食いに来たのか。東」
先輩とあったのは想定外だった。それでも、予定に変更はない。忘れ物を回収して、俺は車で家に帰った。
飛鳥さんを殺した犯人が、林の中へと走っていった。
あれが、女たちを殺した犯人か。髪も切っていたし間違いない。
飛鳥さんの証言を信じるなら、あの男こそが伊東 甲太郎ということだろう。
あとは証拠を集めるだけ。
私は持っていたハサミで遺体の髪をさらに切り、遺体の手でダイイングメッセージを残した。
カタカナで、イトウと。
今の苗字は東だから、どうやってそれに気づかせるか。苗字が違う理由は、結婚して妻の苗字になったといったところか。
どうやって気づかせるか。……あの飛鳥とかいう刑事にかけてみるか。それとも、元刑事の芹沢か。私が探偵として推理するか。いや、それはダメだな。
私はゆっくりと作戦を考えるために、店の中へ戻った。
連続殺人事件の新たな被害者が出た。だが、今回はいつもと違う点がいくつかある。
一つ、被害者が同時に二人出たこと。
二つ、ダイイングメッセージが残されていたこと。
本当に被害者の女性が書いたものかは怪しいが、書かれているからには意味があるのだろう。
それと気になるのは第一発見者か。
「カモさん。こんなところでバイトしてたんですか」
「ああ。まあな」
第一発見者は、芹沢 嘉茂さん。警察OBで、通称カモさんだ。
この喫茶店でバイトをしており、今日もいつも通りに出勤してきたところ遺体を発見したらしい。
一人目の被害者はこの喫茶店の店主、雷門 八千流。生け花の雷門流の跡取り候補でありながら、家を捨てたという経歴の持ち主だ。
二人目はこの喫茶店でバイトをしている、松原 飛鳥。仕事を転々としたあと、幼馴染である雷門に声をかけられ、ここでバイトをしている。
あと気になるのはダイイングメッセージのイトウコという文字。
昨日、探偵と話したせいか、どうしても伊東という文字にしか頭の中で変換出来ないな。
でも、あいつは非番だったはずだし、家から遠いこの場所に来る理由は……あるな。あいつは昨日この近くのラーメン屋に来ていた。車ならかなりの時間がかかるが、林を通り抜ければそんなに時間はかからないか。
「カモさん。ここら辺で、東の奴を見かけたことはないですか?」
つい。カモさんに聞いてしまった。だが、返事は俺の予想を大きく裏切るものだった。
「東なら昨日会ったぞ。ちょうどこの店でな。そういや、飛鳥ちゃんについて聞かれたな」
被害者についてだと。まさか……。
俺は本人に確認するために今日も休みの東に電話をかけた。呼び出し音のあと、間もなく東は電話に出た。
「なんですか。飛鳥さん」
「松原 飛鳥という人物を知ってるか?」
「知ってますよ。彼女がどうかしたんですか?」
知らないととぼければ怪しいと思ったが、そう簡単にボロは出さないか。
「いや、たまたまカモさんと会ってな。どういう関係なんだ?」
「ああ、あのよく行くラーメン屋あるじゃないですか」
「ああ」
「あの近くにある喫茶店でバイトしてた子ですよ。可愛い子だったんで同じ店でバイトしてる芹沢さんに話を聞いて、狙ってたってだけですよ」
ちょっと疑いすぎたかな。こいつは犯人じゃなさそうだ。
「そうか。実は死んだんだよ。その彼女」
隠しておくことも出来たが、俺はその事実を話していた。
「……そうですか……。わざわざ教えてくれてありがとう、ございます。飛鳥先輩」
それだけ言い残して電話は切れた。よほどショックだったのか、最後のほうは声が震えていた。
と、カモさんがいなくなっている。一体どこに行ったのかと探していると、例の探偵と話しているカモさんを発見した。
無視してもよかったのだが、俺は何となく二人の元へと駆け寄った。あえて理由をつけるとしたら、刑事の勘だな。
私の意識が覚醒したのは、夜が明けて朝になってからだった。
昨晩のことはほとんど覚えてないけれど、昼は覚えてる。友達と会って、それからバイトに行って? あれ? 思い出せない。今はどういう状況なんだろう。
たくさんの人がいるけど、みんな忙しそうで誰も反応してくれない。それにしても、どうしてこんなに忙しく動いているんだろう。
いろいろ動き回っていると、芹沢先輩と妃さんが誰かと話しているのを見つけた。
声をかけて駆け寄るが、二人とも誰かと話し込んでるようで反応してくれない。仕方なく、会話が落ち着くまで近くで待っていることにした。
「林に足跡があったというのは本当ですか? 海士部さん」
「ええ。昨日は二人より早く帰ったのですが、この足跡はなかったと思いますよ」
「さすが、探偵クイーン」
「となると、その足跡は犯人のものである可能性が高いな」
「ええ。そう思います」
「飛鳥も刑事らしくなったな」
妃さんと男が話して、芹沢先輩が茶々を入れる。
「すぐに鑑識に調べさせろ。それから、海士部さん。あなたにも話を伺っていいですか?」
「ええ。何でも聞いてください」
男が近くにいた男に声をかけると、その男はどこかへかけていった。
それを確認すると、男と妃さんはどこかへ行った。
私は改めて芹沢先輩に声をかける。
芹沢先輩は振り返ると、こちらに歩いてきた。私が近づくと、芹沢先輩は私に目もくれずに通り過ぎて行った。
そして、私は昨日の夜のことを思い出した。
私は死んだのだ。伊東 甲太郎に殺されたんだ。昔と同じ顔、間違いはなかった。