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婚約破棄するまでが契約です  作者: 高岡未来
第三部 花嫁修業はじめました
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四章 仮婚約者業の憂鬱10

 ミリアムは少し面白くなくてコーヒーを飲むことして意見は差し控えた。どうしてもやっかみの言葉が頭の中に浮かんでしまう。その場にわたしがいたら、わたしのほうが殿下の心を掴んでいたかもしれない。実家になんて帰らずにメイナの家に押しかければよかった。

「あなたの事情はわかったわ。でも、わたしへの協力だって少しはしてくれたっていいじゃない」

 ミリアムは拗ねた声を出した。

「協力?」

「そうよ。だって、あなただって本当はオルフェリアのことなんて好きじゃないでしょう。昔言っていたじゃない。あんな子、面倒なだけだわって」

「たしかに面倒だとは言ったわ。だって、あの子自分を飾るということをしないんだもの。だけど、嫌いとは一言も言っていないわ。それにあの子はすでに婚約をしているのよ。あなたの邪魔にはならないじゃない。どうしてそこまでオルフェリアを目の敵にするの?」


 ミリアムはメイナの問いかけに肩を揺らした。

「あなたは、彼女のこと嫌いじゃないってわけ?」

「質問をしたのはわたしよ」

 メイナはゆっくりと返事をした。二人の間に奇妙な緊張感が生まれた。おそらく、彼女はミリアムの真意を計っている。ミリアムはきりりと奥歯を噛みしめた。


 ミリアムは、メイナがファティウスの先輩の婚約者がオルフェリアだから仕方なく仲良くしなければならないと思った。彼女が言った言葉を咀嚼したらそういうことだと思った。結婚によって今後の人間関係が変わるから、だからオルフェリアとも仲良くならないといけない、本心ではないと思っていた。

「オルフェリアに婚約者がいるからって邪魔にはならないですって。そんなことないわ。あの子、こっちが悔しくなるくらい綺麗になったもの。金持ちの婚約者からいくら貢いでもらっているのかしら。いつも真新しいドレスを着て、宝石を身につけて。男性達だって内心悔しがっているわ。隙あらばファレンスト氏から奪い取るって目を光らせているのが分かるもの」

 ミリアムはそこまで一気に捲し立てた。

 爵位を継ぐ立場の男性にとって一介の商人でしかないフレンなんて障害の一つにもならない。オルフェリアの身分欲しさに実家の窮地に付け込んで婚約をもぎ取った悪徳商人から彼女を救ったとかなんとか。そんな筋書きを用意してオルフェリアに近づこうとする光景が目に浮かぶ。


「あの子のことが嫌いか、ですって。ええ、正直に言うわ。嫌いよ、大嫌い。澄ました顔も嫌い。由緒ある名家に生まれて、それを歯牙にもかけないで当たり前ですって享受している態度も気に食わない。せっかくいいものを持っているのに使おうともしないだなんて、一体何様なの。結婚相手に身分を求めないですって。高いところから下を見下ろして何様のつもりなのよ。本当、見ているとイライラするのよ。あなたにもわかるでしょう。ただそこにいるだけでどうしてもイライラしてしまうような人間が世の中にはいるってことが。それがわたしの場合オルフェリアなだけ」

 ミリアムは自分の持っていた負の感情をすべて吐き出した。

 全部ミリアムの本音だ。オルフェリアの澄ました顔が視界に入るのが嫌。綺麗な顔で、こちらの頑張りを嘲笑するかのように自分に素直なオルフェリアを見ていると無性に腹が立つ。貴族社会なんて打算と立ち回りの世界ではないか。なのに、彼女はそんなことまるで気にしない。いや、少しは気にしているようだけれど、その方向性がミリアムとはまるで違う。だから、ミリアムは自分が馬鹿にされているように感じてしまう。


「あなたの言い分は分かったわ」

「メイナも分かってくれた?」

「ええ。だけど、今後はわたしにそれを巻き込まないでほしいの。わたしは別にオルフェリアのことは嫌いではないわ。お互いに張り合うものが無ければむしろ仲良くできるもの。あの子は虚栄心なんてまるで興味がない。だからわたしもあの子とは張り合う必要がない。綺麗な宝石だって、おそらくファレンスト氏が好んで贈っているんだわ。あの子とならきっといい関係が築けると思う」

「なんですって」

 ミリアムは愕然とした。

 はっきり言ってメイナがそこまで言うとは思わなかった。口では言い訳をしつつも、本心ではオルフェリアのことを煙たく思っているのではないかと思っていたのに。

 張り合う必要がないから仲良くできる。彼女は言いきった。


「今後はむしろ、あなたとの距離を考えてしまうわ。だって、あなたこれからも何かにつけてわたしと自分とを比べるでしょう? 王家へ嫁がない限り、あなた惨めになるだけよ」

「ああそう。それがあなたの本心ってわけ。ご忠告どうもありがとう」

 ミリアムは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。

 それと同時に頭に血が上って、早口にまくしたてて部屋を辞した。

 メイナは引き留める言葉を吐かなかった。

 メイナはミリアムではなくオルフェリアを取った。そういうことだった。

 大使館を出て馬車に乗り込んでもむしゃくしゃした気持ちは収まらなかった。


 なんなの、あの子。あの勝ち誇った余裕のある態度が憎たらしい。結局、女の価値なんて結婚相手で変わるではないか。少し前まで、メイナはもっと謙虚だったのに。あの一転した顔つきはなんなのだ。

 悔しい。

 侯爵家の町屋敷に到着して、自室に入っても腹立たしい気持ちは収まらなかった。世話をやく侍女に当たり散らして、それでもやっぱり腹の虫は消えてはくれなかった。


◇◇◇


 フレンとけんか別れをして数日後。

 彼からは何の音沙汰もなかった。きっと内心呆れてしまっているに違いない。

 レカルディーナのお茶会が終わり、今日はリュオンの先輩であるホルディの屋敷へ訪問することになっている。ファティウスからの口添えもあり正式に骨董品を見せてもらうという名目で約束を取り付けた。

 なぜだかファティウスとメイナも一緒で、そうなるとフレンも同行しないはずもない。というわけで、喧嘩して気まずいのはそのままで、オルフェリアはフレンの迎えでルーエン家の屋敷へ向かっている。


 馬車の中は静寂に包まれていた。

 フレンはまだ怒っているのだろうか。いつもよりもあきらかに口数が少なくて、あまり目も合わせてくれない。なんとか会話の糸口が見つかれば、と今日はフレンから貰ったブローチをつけてみた。誕生日の贈り物のうちの一つだ。

 馬車は軽快にミュシャレンの街を進んでいく。

 上流階級の人間の屋敷はミュシャレンの中でも一部に固まっているから馬車を使えばすぐに到着する。


オルフェリアが、フレンにどう声をかけようと逡巡しているうちに馬車はルーエン家の屋敷へたどり着いてしまった。

 御者が扉を開け、フレンが降りてオルフェリアに手を差し出してきた。

 馬車を降りた彼は、すっかり偽装婚約者の演技を顔面に張り付かせていた。




 ルーエン家の応接間にはすでにファティウスとメイナが到着していた。驚いたのはカリナも一緒だったことだ。

 メイナはラヴェンダー色のりぼんで飾った髪の毛を揺らした。

「ごきげんようオルフェリア」

「ごきげんよう」

 やわらかい笑みを受けてオルフェリアはどうにかぎこちなく返事をした。

 そのあとでカリナの方に視線をやった。


「王家主催の舞踏会があるでしょう。わたしも休学願を届け出たの。同学年の子は軒並み休学願を出しているわ。王家主催の舞踏会なんてひさしぶりだもの」

「女性が多い方がメンブラート嬢も落ち着けるのではないかと思って、僕からメイナに提案したんですよ」

 と、ここでメイナの隣に座るファティウスが口を添えた。

「お気遣いありがとうございます」

 フレンと絶賛喧嘩中(解決の糸口探し中)なオルフェリアは素直にお礼を言った。カップル二人(傍目には)よりも場が持ちそうだ。


 オルフェリアとフレンはメイナ達の正面に腰を下ろした。カリナは一人掛けの椅子に座っている。

 まもなく二人の前にカップが置かれ、香りのよいお茶が注がれた。東方由来の薄い色のお茶である。

「でも、寄宿舎ってそんなにも簡単に休めるものなの?」

 単純な疑問からオルフェリアはカリナに質問をした。

「ええ。最終学年になるとだいぶ融通がきくわね。縁談なども舞い込むようになるし。もちろん試験中などはむずかしいけれど」


 寄宿学校と言っても私学のため、そのあたり融通が利きやすい。花嫁学校の性質のほうが大きいため、縁談のためとか実家の都合で、などの理由を使えば外泊許可もすぐに降りる。

 逆に寄宿舎に入りたての頃の方が集団生活に慣れるために規則で厳しいとのことだ。

「ふうん。そういうものなの」

「わたしも今度の舞踏会に出席するもの。あなただって出るんでしょう? ファレンストさんと一緒なのかしら」

 カリナはここでフレンに視線を向けた。


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