四章 仮婚約者業の憂鬱8
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お茶会の後、オルフェリアは女官に別室に連れて行かれた。控えの間でしばらく待機をするように言われて青くなった。
今日のお茶会に水を刺したことに対する説教だろうか。
(わたしってまだまだね……)
オルフェリアは項垂れた。
家にいるときはそつなくふるまえるのに、貴婦人たちの場に出るとまだ緊張してしまう。とくに、今日のような王家主催のお茶会なんて場所は特に。まだまだ経験が足りないのは明白だ。年末の晩餐会のように給仕がすべてを行う場所ならともかく、今日のようなお茶会は同じ階級の女性たちに値踏みをされているかと思うと余計に気を使うし緊張する。
お茶で濡れてしまったドレスから着替えるかと聞かれたが、自分の失態でそこまで気を使われると恐縮してしまい固辞したオルフェリアである。
悶々と一人脳内反省会を行っていると、扉が開き見知った顔が入ってきた。
「リュオンじゃない。どうしたのよ」
「王太子殿下に呼ばれたんだ」
リュオンは寄宿学校の制服を着ていた。どうやら授業終わりに王宮からの使いにここまで連れてこられたらしい。
リュオンまで呼ばれるとは一体何事だろう。リュオンはオルフェリアの隣に腰掛ける。
「あなたの制服姿、はじめて見たわ」
「似合っているだろう?」
リュオンが胸を張る。
弟の誇らしげな様子にオルフェリアは口元をほころばせた。
「ええ」
オルフェリアの笑顔につられた様にリュオンも小さく笑う。どこか嬉しそうで、少しだけ照れの混じった表情が、まだ少しあどけない。
「ファレンストよりかっこいい?」
「……それとこれとは別」
調子に乗った弟にオルフェリアはぴしゃりと言い放つ。
二人の前にはお茶と指でつまめる一口大の小さな焼き菓子が置かれている。オルフェリア先ほど散々口にしてきたから手を伸ばさなかったけれど、粗食をモットーとする寄宿舎生活中のリュオンは素直に口に運ぶ。
そうしてもういくらか待っていると王太子と王太子妃が姿を現した。
二人は慌てて立ち上がって礼をした。
「かしこまる必要はない。今日、彼女が伯爵令嬢を招くと聞いた。少し急だったが子爵も呼び立てることにした」
王太子ベルナルドは簡潔に述べてオルフェリアとリュオンの向かいに腰を下ろした。
「殿下がまたオルフェリアを怖がらせないようにって。わたしも同席させてもらえるようにお願いしたの。いいかしら、オルフェリア?」
レカルディーナがオルフェリアに片目をつむった。彼女なりの気遣いだろう。オルフェリアは嬉しくなる。
「も、もちろんです!」
オルフェリアは深く考えずにこくこくと頷いたが、リュオンは怪訝そうにそんな姉を見つめる。それは要するにオルフェリアも王太子が意地悪だと認めたことにならないか、という呆れと突っ込みを込めた視線だが、オルフェリアはまったく気付かない。
ベルナルドは女性二人の声には無頓着で、傍らに控える侍従に視線で合図した。赤毛の青年は布袋が置かれた盆を正面のテーブルに置いた。ベルナルドは布袋を開けて中身を取り出した。
「これはメンブラート伯爵家が所有する『蒼い流れ星』で間違いないな」
「……はい」
オルフェリアは認めた。
ファティウスとの会談からあまり日が立っていないのに、事態は素早く収束に向かっているようだ。
父が勝手に持ち出した家宝がなぜだかベルナルドから差し出されて、リュオンは目を白黒させた。察したオルフェリアが事情を説明するが、王太子夫妻の目の前ということもあって言葉がつっかえつっかえになってしまい、ベルナルドが後を引き継いだ。犯罪者である例の男は財産を没収され、強制動労の刑に科せられると聞かされた。
言葉を取られたオルフェリアは落ち込んだ。
「たしかに父伯爵は家宝を持ちだしました。しかし、父が爵位を譲り渡すかのような発言をして宝石を売ったという確証はありません。父の行方はこちらでも気にかけてはいるのですが、何分アルメート大陸は遠いので、人を割けないというのが現状です」
「それは承知している。これは犯罪者から没収した財産の一部で、持ち主が判明しているものだから返却するまでのことだ」
ベルナルドはリュオンに返却手続きの書類を見せ、リュオンは署名をした。宝石は後日トルデイリャス領に直接届けられることになった。
「やっと本題だな。メンブラート子爵、そなたは今後どうするつもりだ?」
「どうする、つもりとは?」
リュオンはベルナルドの質問の意図を測りかねた様子で口を開いた。
「当主不在の伯爵家のことだ。このまま行方不明が続くことになれば、代替わりを行うことにもなるだろうが、それにはいくらか時間がかかるだろう」
役所に行方不明届を出し、十五年間生死不明の状態が続けばアルンレイヒでは死亡したものとして扱われる。書類上死亡したこととなり、相続の手続きが取られることになる。
けれど十五年は長い歳月だ。伯爵家当主はあくまでオルフェリアらの父バステライドであり、彼の承諾がなければ進めることのできない案件も沢山ある。
「それは、そうですが。私が学校を卒業したら自ら探しに行こうとは思っておりました」
オルフェリアは驚いた。リュオンがそんなことを考えていたなんて知らなかったからだ。
「代替わりを迫るということか」
「ええ。責任感の無い人物を何時までも伯爵の地位に留めておくことはできません。恥ずかしながら父は伯爵としては未熟だったのです」
毅然と前を向くリュオンに、ベルナルドは軽く目を見張った。そしてどことなく自嘲するように口の端を持ち上げた。
「おまえは……頼もしいな」
小さな呟きはオルフェリアらには聞きとれずに、レカルディーナだけがやはり口元を少しだけ緩めて彼の掌に自身のそれを乗せた。
「こちらとしても国境を有するトルデイリャス領の当主がいつまでも不在のままだと都合が悪い。王家で書類を作成した。そなたはさっさと父を見つけ出してそれに署名させて来い」
ベルナルドは侍従から別の書類を受け取りリュオンへ手渡した。
オルフェリアはリュオンの手元を覗きこんだ。
書類はメンブラート伯爵家当主の継承に同意するというものだった。爵位は通常爵位についている人間が亡くなってから次代へと継承されることが多い。しかし、隠遁生活を送りたかったり病にかかったりと、生前に継承することも無くはない。
「こういうことにあまりでしゃばりたくはないが、領主なのだから仕方ない」
領主の場合、生前継承するときは王家へ謁見に上がる。当主が後継者を王の前で紹介し承認を貰うのが通例となっている。しかしメンブラート伯爵家の場合、肝心の当主が行方不明で、しかも大陸を渡っている。一筋縄で連れ帰ることが難しいと判断したためにこのような形になったのだろう。
「お気遣いありがとうございます」
リュオンは礼を言った。
「伯爵の居場所なら、そなたの姉の婚約者がどうにか探しだすだろう。無駄に各方面に顔が利くようだからな。まさかデイゲルンの第三王子とも面識があったとは知らなかった」
赤毛の青年は、某女好きの侍従です。一応、彼も仕事してますよ~
ちなみに彼曰く、「メンブラート伯爵令嬢めっちゃ可愛い! 胸は・・・・だけど」とのことです。




