四章 仮婚約者業の憂鬱7
「ええ。王太子妃様が気遣ってくれるのはフレンのおかげだと思うわ」
オルフェリアは臆したこともなく淡々と同意した。
テーブルを囲む一同、言葉を呑む。メイナも内心感心した。やっぱり、彼女ははっきりと言う子だ。
「ファレンスト氏といえば、やっとミュシャレンに帰ってこられたんでしょう。オルフェリアも嬉しいのではなくて?」
誰かが取り繕うに口を開く。
「っ……。え、ええ……」
オルフェリアは顔を真っ赤にして、けれどそれ以上は何も言わずに、下を向いてしまった。お人形さんが人間らしい態度を見せるその様に妙にほっこりする。婚約したての頃は初々しさよりも長年連れ添った変な貫禄があったのに、なぜ今頃になって初恋にうろたえる少女の顔を見せるのか。メイナは不思議に思った。
「あら、その様子だとファレンスト氏から甘い言葉でも言われたのかしら」
「あなたでも、そんな風に照れたりするのね」
メイナ以外はここ最近のオルフェリアの様子を知っているようで、面白そうに彼女を突いている。オルフェリアはパニアグア侯爵夫人に連れられて色々な集まりに顔を出していると耳に入っていたから、他の女性たちは往々にして彼女と触れる機会があったのだろう。
しばらくとりとめもない話題でお茶を濁していると、ミリアムがポットを持ってそれぞれのカップに新しいお茶を注ぎ始めた。貴族の令嬢だって、侍女に頼まなくてもこのくらい手はずからする。
メイナはこれまでの長い付き合いで、彼女が次に考えていることが読めてしまった。
というか、彼女が率先してこういうことをするときは何かしら腹に一物があるときなのである。
「まあ、ミリアムったら。たまには気が利くのね。こちら側はわたしが入れるから大丈夫よ」
メイナは先手を打った。ミリアムはメイナとローテーブルを挟んで反対側に座っている。オルフェリアはメイナの隣である。ミリアムがカップを自身の手元に集めるよりもこちら側はメイナが注いだ方が早い。
「ありがとう。それではお願いするわ」
ミリアムは不承不承ポットをメイナに手渡した。
「わたしが注ぐわ」
メイナの隣に座るオルフェリアが口を挟んだ。今日の主役がメイナだと知っているから気を使ってきたのだ。こういう気がつくところだって、ミリアムよりずっと自然だ。自分のライバルにならないオルフェリアとなら仲良くなれるかも、とメイナは思う。
逆にミリアムとはそろそろ縁の切りどころかしら。
もともと寄宿学校が同じという縁から始まった間柄だし。お互い結婚相手を探す時はなにかと協力できたけれど。
「ありがとうオルフェリア」
にっこりとほほ笑めばオルフェリアが吃驚した顔を一瞬こちらに向けた。
「……どういたしまして」
少し警戒したような声音だった。今までの関係性を鑑みれば仕方ないことなのかもしれない。
オルフェリアは丁寧にお茶を注ぎ、メイナに手渡してくれた。
けれど。慣れないことをした彼女はおそらく少し緊張していたのだろう。今までお互いにいい付き合いをしていなかったのだから仕方がないのかもしれない。
カップを持つ手が少し震えて、カップからお茶が小さく跳ねた。受け取ろうとしたメイナの手に熱いしずくが掛かって、「きゃっ」と声を漏らした。
受け取ろうとした手を引っ込めてしまいオルフェリアの方にも液体がかかった。彼女も反射的に手を引っ込めてしまい、カップは床に落ちてしまった。
「ごめんなさい。わたし……」
オルフェリアは青ざめた顔で謝罪の言葉を口にした。
「まあ! オルフェリアったらどういうつもり?」
メイナが「いいのよ、よくあることだわ」と言う前に高い声が割って入った。測らずともミリアムの筋書き通りの展開になってしまった。
「あなた、いまわざとメイナにお茶が掛かるようにしたのではなくて?」
高い声はサロンによく通った。他のテーブルにつく女性や女官らが怪訝そうにこちらに注目を始める。
「ち、違うわ。わたし……」
オルフェリアはかろうじて声を出す。
同じテーブルに座る令嬢たちはどうしたらいいのか分からず声を出せずにいる。この場の力関係に判断がつきかねていて、どちらの味方をしたら自分の得になるのかを測っている。
「まあ、ミリアムったら。面白い冗談だけれど、場をわきまえて頂戴ね? ここは寄宿学校でも、あなたのお屋敷でもないのよ」
メイナはにっこり笑顔を顔面に張り付けて良く通る声を出した。
「オルフェリアはずっと緊張していたものね。分かっているわ、故意じゃないってことくらい。ああ、あなた冷たい布巾を持ってきてくださいな。わたしより、オルフェリアの方がお茶をかぶってしまったのよ」
メイナは横で白くなっているオルフェリアに声をかけて、安心させた。そのあと近くの女官にてきぱきと指示を出す。女官の差し出した濡れた手巾をメイナはオルフェリアの手にぎゅっと当てた。自身の分も受け取って滴がついた場所にあてがうが、ほんの一滴くらいだったので痛みなどはもうない。それでも周囲を安心させるために彼女と同じ仕草をして改めて、周囲を見渡して頷いた。
「ミリアム、駄目よ。こんなところで大きな声を出したら」
「そうだわ。今のは事故だったもの。オルフェリア大丈夫?」
「ミリアムって昔からすこし大げさなのよ。勘違いじゃ済まされないわよ」
メイナがはっきりとオルフェリアを庇う発言をしたため、この場の令嬢たちはオルフェリアを擁護する台詞を口々に発した。
「あなたたち、大丈夫?」
騒ぎを聞きつけたレカルディーナが慌てて駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。わたし……」
オルフェリアは泣きそうな顔を必死にこらえる顔をしている。
「二人とも怪我はない?」
「わたしは大丈夫ですわ。ほんの一滴、お茶がかかっただけですもの。ほら、このとおり」
メイナは安心させるようにレカルディーナに向けて自身の手を差し出す。レカルディーナも見せられた手を見聞して「大したことじゃなさそうね。でも、念のため侍医に見てもらう?」と尚も提案してきたのでメイナは恐縮してしまったくらいだ。
レカルディーナに心配されている間ミリアムの視線がずっと突き刺さっているのが分かった。この場はすっかりミリアムが悪者になっている。ミリアムの筋書きとはまったく反対になったから彼女は怒っている。王太子妃のお茶の席で彼女はわざとオルフェリアにカップを手渡そうとして同じことをしようとした。おそらく、彼女が故意に手を放して熱いお茶がかかってしまったとかなんとか。普段お茶のお代わりなんて何か思惑があるときでもない限り自分では絶対に注がないのがミリアムだ。恥をかかせて、彼女を悪者にしようとしていたのをメイナが止めたけれど、結局は同じような展開になってしまった。
ミリアムは好機を利用しようといつものようにオルフェリアをけしかけたけれど、同じところで涙を流すいつものくだりをメイナがはっきりと拒否をした。
メイナはオルフェリアと敵対するつもりはないのだから。
やっぱり婚約を機に色々と考える時かもしれない。




