四章 仮婚約者業の憂鬱4
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その数日後。
フレンは仕事の合間にパニアグア侯爵邸を訪れていた。フレンの父の妹、叔母のオートリエの嫁ぎ先だ。フレンがミュシャレンに拠点を移したのち、何かと世話をしてくれた叔母である。ちょうど娘が嫁いでしまい手持無沙汰になり、そこにフレンがやってきた。要するに格好の暇つぶし相手に認定されたというわけだ。
「叔母上。何度も言ってしますけど、私とオルフェリアには二人のやり方があるんです。結婚はもう少しあとにしようと二人で話し合っているんですよ。何勝手に彼女に話を進めているんですか」
客間ではなく、二階の書斎で密談をしている。同じ階の客間ではオルフェリアとミレーネがロルテーム語の授業中だ。授業終わりの彼女と話がしたくて、わざわざ時間を調整して訪問したのだ。
「あらあ、肝心のお二人さんがいつまでも煮え切らないから、わたくしがこうして後押しをしているというのに。その言い方は無いんじゃなくて。大体、あなたね。婚約したからって何を暢気に構えているの」
「彼女まだ十七ですし」
「十七歳なんて一番の花の盛りじゃない。一番きれいな年頃なのよ! その一番の盛りの時に花嫁衣装を着させてあげたいじゃない」
フレンはオートリエの力説を聞いてつい想像してしまった。花嫁衣装を着て、こちらに向かって笑顔をむける彼女を。
「十七も八も大して変わりませんよ。たかだか一年の差くらい。とにかく、式は来年以降で考えていますから、余計な口も段取りも要りません。そろそろリバルス夫人も出産でしょう。むしろそちらを全力で応援してあげてほしいものですね」
「あら、それはぬかりないから大丈夫よ。ダイラもいよいよお母さんになるのよね。もう一人の娘みたいなものだから、おばあちゃんドキドキよ! じゃなくて、問題はあなたよ、フレン。あなた、婚約だけして安心していると可愛い婚約者をぱっと出の男に獲られちゃうかもしれないわよ」
オートリエはフレンが意図的に変えた話題には釣られなかった。すぐさまオルフェリアとフレンの結婚話に話を戻した。
面白くない内容だったため、フレンは黙り込んだ。沈黙を好機ととらえたオートリエはここぞとばかりに切り込んでくる。
「あなた自分の年を分かっているの? 今年はもう二十八になるのよ? それに比べてオルフェリアはまだ十七歳! 一番きれいな盛りじゃない。十代って最強なのよ。さっさと結婚しないとあなた、やっと捕まえた理想的な恋人に逃げられちゃっても知りませんからね。あのくらいの年頃なんてね、放っておいても男が寄ってくるものなのよ。わたくしだって、セドニオ様とのことで悩んでいた時についふらふら~と行きかけたことだって一度や二度じゃないんだから。あなたが結婚に対して悠長に構えている間に、同じ年頃の男性に言い寄られて、やっぱり同世代と結婚することにしましたなんて乗りかえられちゃったらどうするの? いいこと、あの子あなたのお金になびかないわよ」
オートリエは一気にまくしたてた。オルフェリアへの説得の方便とはまるで反対であることはフレンの預かり知らぬところだ。
「叔母上とオルフェリアは違いますよ」
フレンはようやくそれだけ言い返した。
それにしてもフレンの取り柄がお金だけとはわが叔母ながら辛辣すぎる。顔だってそこまで悪くないと思っているのだが。
「大体、やっといい子が見つかったんじゃない。わたくしも安心していたのに。オルフェリアはまだちょっと社交には慣れていないけれど、あなたのこと純粋に慕っているのよ。あの子を逃したら、あなた財産目当てで、結婚したら買い物に夜遊びに賭けごとしまくります的な完全玉の輿目当ての女性しか寄ってこなくなるわよ」
妙に的を射た忠告に図星を突かれたフレンだ。確かに、オルフェリアのような物欲の少ない女性は社交界では希有だろう。質素好みな女性も世の中探せばいるだろうが、いかんせん社交の場に出てこない。メンブラート家の支援の話にしたって彼女は一から十まですべてをフレンの財布に頼ろうとはしていない。与えられっぱなしに甘んじることなく、元本はきちんと返すと言っているし、実際カリストらも同意見である。
「叔母上に言われるでもなく、わかっていますよ。彼女は得がたき女性です。逃したくないのは私だって同じです」
フレンはオートリエに本音を吐いた。偽装婚約をしているのは内緒だが、演技でもなく素の想いを吐露した。
一年の契約を全うした後、彼女に請いたい。このままずっと自分のそばにいてほしい、妻になってほしいと。何よりきちんと彼女に気持ちを伝えたい。好きだ、愛していると。
(そう。彼女じゃなきゃ駄目なんだ)
「だったら。さっさと決めちゃいなさい。もどかしいわね。そんなに切なそうな声をわたくしに吐くくらいなら今すぐ教会に掛け込めばいいじゃない」
「こちらにも色々と事情があるんですよ。彼女の父親のこととか」
と、ここでフレンは声をひそめた。
「メンブラート伯爵? 彼はだって……」
突然の話の転換にオートリエは訝しんだ。
「口には出しませんが、彼女結婚式には父親にも参加してもらいたいようでしてね」
メンブラート伯爵が領地を留守にしていることはアルンレイヒ社交界では公然の秘密だ。居場所こそ不明だが、とにかく出奔したことは皆が知っている。フレンもオルフェリア同伴ではない付き合い上の席で何度か遠まわしに伯爵の行方について質問を受けたことがある。
「そうねえ。確かに、結婚するときはみんなに祝福してもらいたいわよね」
自身が駆け落ち同然で家を出た経験のあるオートリエはため息をついた。
この頃合いの人間にはこの手の理由が一番効く。案の定オートリエも「それなら仕方ないわねえ」とごにょごにょ口の中でつぶやいている。
もちろんこれはフレンの口八丁である。けれど、彼女のためにも一度冒険旅行中のメンブラート伯爵の行方については探りを入れておこうとは思っているのは事実だ。
「というわけですから。あんまりオルフェリアを突ついて彼女にプレッシャーを与えないでくださいよ。花嫁修業もほどほどに。やりすぎて彼女がファレンスト家の嫁なんてやりたくないなんて言い出したら、叔母上、あなたを一生呪いますよ」
最後の一文はかなり本気の声をだしたフレンである。
「わ、わかっているわよ。そこまで張り切って……るわけじゃないんですから」
甥っ子の本気を悟ったのか、オートリエはバツが悪そうに目線を逸らした。




