四章 仮婚約者業の憂鬱3
「そもそも、どうしてそういう流れになったんだ。きみは奴をとっ捕まえた時に自分の正体を明かさなかったのか?」
「うん。別に正義の味方を気取りたかったわけでもないですし。僕の商会に報復されても嫌だなあと思って適当な身分をでっち上げたんです。そうしたら、彼、僕のことをどうやらメンブラート家ゆかりの人物だと思ったみたいで。まあ、遠い親戚のうちの一人かな、なんて言っちゃったし」
ファティウスは悪びれた様子もなく言葉を紡いだ。
「一発殴ってもいいかな」
「さすがに僕を殴ったら先輩の方が不敬罪で連行されますよ」
ファティウスはへらっと笑った。フレンは収まらないように厳しい視線を彼に送った。
「これで本当にメンブラート家に迷惑がかかるのもあれかな、って思ったから僕も彼女の身辺をさりげなく見守っていたんですよ。今日もちゃんといいところで登場したでしょう。あと、ほら、ホルディ君。彼にもメンブラート伯爵の姉弟をさりげなく気にかけていてほしいって頼んでおいたし」
「そうなんですか?」
「そうそう。彼の実家は外交を担当していてね。ちょうど使い勝手がいいからって侯爵から借り受けたんだ」
ファティウスはにこりと微笑んだ。
オルフェリアはようやく腑に落ちた。やたらとオルフェリアに構ってきたのはそういう事情があってのことだったのだ。
「……それだけかな」
フレンはぼそりと呟いたけれど、オルフェリアは意味にはよく意味が分からなかった。
「今度は僕の番だよ。これが本当に『蒼い流れ星』だというなら、伯爵家から盗まれたものなのかな?」
オルフェリアは少しの間沈黙をした。
やがて息を吐いて口を開いた。フレンにも以前に聞かせた父バステライドの奇行をファティウスにも話した。ある日突然冒険家になると家を出奔したこと。その際借金を作ったことと、家からいくつか金目の物を持ちだしたこと。この二年間まったく音沙汰がないことなどだ。
「メンブラート伯爵家の当主は長らく家を不在にしていると聞いたけれど……。なるほどね。なかなか愉快なお父上だねえ」
ファティウスの感想にオルフェリアは口元をきゅっと引き締めた。愉快といわれても、他人なら笑って済ませられるが実の父だと傍迷惑なだけである。笑って受け流せない。
「じゃあこれはお父上がアルメート大陸で売り払ったのかな。それも嘘を並べて」
この宝石を持つ人間がメンブラート伯爵家の正当な主。土地も財産も好きにできる、なんてふざけた文言だ。
「それは、父が本当に言ったのかなんてこの場で分かるはずがありません」
オルフェリアは強く主張した。
「それもそうだね。一応この宝石はしばらくは預からせてもらうよ。ここの王家に話をつけるためにも証拠の品が必要だ」
「それよりも、きみは今現在拘束しているヴァスナーにきみの本当の身分を明かして、しっかりその罪を断罪しろ。きみとメンブラート伯爵家が何も関係がないことをちゃんと理解させろ。それが最優先だろう」
フレンが再び低い声を出した。
オルフェリアが知らないような、冷たい声音だった。フレンの緑色の双眸に剣呑な光がさしていて、オルフェリアは知らずに胸のあたりを押さえた。
「何の関係もないっていうのは語弊が。僕たちは親戚ですよ」
「むちゃくちゃ遠いだろう。それはもはや赤の他人だ」
フレンはファティウスの主張をぴしゃりと退けた。
「先輩ちょっと会わないうちに面倒になったなあ。それはともかく、彼の裏の顔は西大陸にとっても看過できないことですしね。密輸に奴隷貿易。それも各国にまたがっている。アルンレイヒ側とも話し合って、僕の身分も明かします」
話が王家に及ぶことになりオルフェリアは声を失った。ローダ王家に知られたくなくてずっと隠してきたのに。
「ここまできたら仕方ないよ、オルフェリア。アルンレイヒ王家として宝石一つで領地の持ち主の資格が得られるなんてことは万が一にもあり得ないと文書を出してもらった方が奴のためにもいい。下手な期待はさっさと打ち砕くに限る」
フレンはオルフェリアのことを励まそうとしてくれたが、オルフェリアの心は冬の曇り空のように灰色だ。父のおかげで伯爵家の面目は丸つぶれた。
「宝石は色々な処理が済んだら返却という流れになるかな」
ファティウスが言い添える。
「でも、その一度は代金が発生したのに。ただで受け取ってしまっていいのかしら。ヴァスナーにお金を払った方がいいでしょうか?」
真面目なオルフェリアはあくまで真剣だった。
その問いにファティウスは相好を崩した。
「真面目だね。不正貿易で財をなしたんだ。どちらにしろ捕まった彼の財産はすべて没収。アルメート共和国側の財産も押さえることになるよ。彼は、まあ、南の僻地の大陸に流罪かな」
南の僻地とは流された土地そのものが刑務所のようなところである。船で一月以上かかるような場所にあり、罪人は現地で開拓という名の強制労働を課せられる。罪人の効率のいい使い方である。
「あ、あの。もうひとついいですか」
オルフェリアは思い切って尋ねた。
「なにかな? 先輩の過去の女遊びのことに関する質問だったら黙秘をするよ。僕も報復されると嫌だし」
それはそれで大いに気になったけれど、というかやっぱりある程度は遊んでいたのか、と悲しくなったけれど聞きたいのは違うことだ。
「フレンのことはどうでもいいんです。ええと、その。殿下は世界についてお詳しいので聞きたいのですが。骨董宝石の流通経路はご存じありませんか?」
どうでもいいと言われたフレンは隣で憮然とした表情をしたが、それはオルフェリアの預かり知らないところだ。楽しそうにフレンの表情の変化を見定めたファティウスはオルフェリアの質問を受けて顎に手をやった。
「骨董宝石ね。古い宝石に興味があるの?」
「えっと、弟がわたしに贈ってくれるといっていて。それでわたしも興味が出てきたんです。辛気臭い話はこれくらいにして、せっかくなら宝石の話が聞きたいです」
オルフェリアはいささか強引だったかな、と思いながらも話を脱線させた。
「そうだね。令嬢にはきらきらした話題の方が似合うよね。辛気臭い話題は男同士でするとして、オルフェリア嬢の質問に答えようか」
「ありがとうございます」
オルフェリアは笑顔を作った。
「骨董品の蒐集だと今僕が借りているホルディの実家も相当に熱心なようだけど。彼の話も聞いてみるかい?」
「いいんですか?」
「もちろん。なんていったってきみとは親戚同士だしね」
ファティウスはオルフェリアの方に顔を近づけた。
「そんなに近しい親戚ではないだろう」
ここでフレンが口を挟んだ。
「百二十年ほど前に僕のご先祖様の元にきみの実家のお嬢さんが嫁いできたくらいには近しい間柄だよ」
「それを遠いというんだよ。女たらしめ」
フレンがすかさず突っ込みを入れた。
「ええ~、それ先輩に言われたくないなあ。先輩大学生の頃……」
「うるさいな。そういうこと言うんだったら私もきみの婚約者にルーヴェ時代のあれやこれを全部ぶちまけるよ」
「そうそう、僕の婚約者といえばオルフェリア嬢とお友達だそうで。今もこの大使館に一緒に滞在しているんですよ。フレン先輩とは家族ぐるみ、商売ぐるみでお付き合いしたいから、オルフェリア嬢もぜひ僕の可愛いメイナと引き続きよろしくしてやってね」
強引に話を変えたファティウスにフレンは「話を逸らしたな」と口の中で呟いた。




