三章 自覚した恋心7
「男どもに指示をしたのはおまえたちなんじゃないのか。私から宝石を奪ったんじゃないのか? くそっ! たとえ土地が手に入らなくてもあれ自体に価値があるのは確かだ。あれは私が金を出して買ったんだ。今すぐ返せ!」
オルフェリアは立ち上がってリュオンを庇おうと抱き寄せた。男とはいえ、リュオンはまだほんの子供だ。目の前の男と対峙して腕力で敵うとも思えない。
「わたしたちは知らないと言っているでしょう。だいたい、どうしてわたしたちがそんな回りくどいことをしないといけないのよ」
オルフェリアは強い口調で言い返した。
「それはおまえたち一家が金に困窮しているからだろう。売りさばいた宝石を盗ませるとは卑怯な真似をする」
紳士は、唾をまき散らしながらオルフェリアの腕を掴もうとした。
リュオンがオルフェリアの腕の中から抜け出し、再びオルフェリアの前に立ちはだかる。心意気は立派だと思うが、リュオンのほうが分が悪いことは明らかだ。
「出せ、出すんだ」
リュオンと紳士が揉み合っていると、ふいに紳士の体がリュオンから引き離された。
そのまま男は腕を後ろ手に取られてぎりりと拘束される。
「駄目だよ。可愛いご令嬢にそうも乱暴にいきり立っては」
紳士を締め上げているのは知らない男だった。年の頃はフレンよりも少し上くらいだろうか。飾り気のない、従者のようないでたちをしている。男は唾を飛ばしながら盛大に逆らおうと動こうとしているが、掴んでいる彼は無表情のまま動じていない。
その彼の背後から褐色の長い髪を一つにまとめた青年が姿を現した。
「こんにちは、お嬢さん。危ないところでしたね」
褐色の長い髪に薄茶の瞳の青年が緊張感のない、優雅な礼をオルフェリアに取った。
整った顔立ちをした青年は薄い唇を持ち上げた。年は二十代だろうか、含みのない笑顔を浮かべているがすぐ至近距離で中年男が締め上げられているのを鑑みれば、ずいぶんと場違いである。
オルフェリアは無言のまま突如現れた青年を見つめた。彼の顔を見るが、身に覚えなどなくて困惑してしまう。
「オルフェリア!」
その背後からフレンの声が聞こえてきた。
フレンが急いでこちらのほうへ走ってくるのをみて、オルフェリアは全身から力が抜けるのを感じた。
「フレン」
オルフェリアは安堵した。
心のどこかで彼が来たから安心だと思う自分がいる。
「オルフェリア、何があったんだ? 大丈夫? 怪我はしていない?」
フレンは息を整えるのももどかしいように間にいる人間を押しのけてオルフェリアのすぐ近くまでやってくる。そのままオルフェリアの両肩に自身に手を添えて彼女を覗きこむ。
「おい!」
リュオンが抗議の声をあげたけれど、オルフェリアもフレンもお構いなしだった。
オルフェリアの視界にはフレンのみが映っていた。あれだけ心が騒いで逃げ出したのにやっぱりフレンを間近で感じれば嬉しいし、ホッとする。フレンが駆け付けてくれて心が飛び上がりそうなほど喜んでいる。
「え、ええ。大丈夫よ。どこも怪我はしていないわ。その……お帰りなさい」
オルフェリアはフレンをまじまじと見上げた。見上げて視線が絡まって、恥ずかしくなってすぐに下を向いてしまった。
「ただいま、オルフェリア。さっきはどうしたの。急に走っていって、吃驚したよ」
「その……久しぶりだったから……、あの。その、は、恥ずかしくて……」
最後は消え入りそうな声を出すオルフェリアだ。
「叔母上もそんなこと言っていたけれど、私のことを待っていてくれた?」
フレンが下を向いたままのオルフェリアの頬を撫でる。手袋をはめているのが残念だと思って、そう思った自分の心にぽっと顔を赤らめる。
「あ、あなたわたしの婚約者じゃない。も、もっと早く帰ってきなさいよ」
オルフェリアはどうにかこうにか言葉を出した。
素だと恥ずかしすぎるから、オルフェリア設定を持ちだしてみた。でもフレンの顔は見られなくて、視線は斜め下を向いたままだ。
「うん。ごめん。仕事が山のように積み上がっていて。でも、きみに会いたくてこれでも急いで切り上げてきたんだ」
ああどうしよう。やっぱり無理。でも、こうして触れられると演技と分かっていても嬉しい。
「はいはい。お取り込み中のところ悪いんですけどね。そろそろ現実世界に戻ってきてくれませんか、ファレンスト先輩」
放っておけばいつまでも続きそうな寸劇に飽きた外野が声をかけてきた。その声はとても乾いている。
「って、きみファティウス? どうしてミュシャレンに」
フレンは目を丸くしてオルフェリアを助けた男性に声をかけた。
「おまえ、いい加減姉上から離れろ!」
好機とばかりにリュオンがオルフェリアとフレンの間に割って入った。力を込めて二人を引き離そうとしている。フレンとリュオンの間でびしばしと火花が散っているがオルフェリアは当然気付かない。
「ファティウス様。この男はどうしましょうか」
それぞれが銘々に話を始める中でようやく我に返ったオルフェリアは目の前のにぎやかな光景に目をぱちくりとさせた。
なんだか、べつの面倒ごとが起きている気がした。




