三章 自覚した恋心4
「俺もきみの姉上が縫ったハンカチ買っちゃおうかな」
売り上げはすべてオートリエの主催する奨学金基金へ寄付されることになっている。
「駄目だ! 姉上が手はずから縫ったものを買っていいのは僕か、女性客だけに決まっているだろう!」
リュオンは間髪いれずに叫び返した。
「きみ、本当に残念なくらい姉離れできていないよね……」
ノーマンの言葉に同級たちもしみじみと頷いた。
「ま、あれだけ綺麗なお姉さんなら無理もない……って、この場合オルフェリア嬢の顔を褒めるときみを褒めたことにもなるのか」
「僕の顔は関係ないだろう。姉上の方が僕より何十倍も綺麗だ」
リュオンは得意げに胸を張った。
似ているとか言われるけれど、自分はこれからもっと男らしい精悍な顔つきに変化する(予定)のだ。男と女では元より造作も違うだろう。
リュオンの態度に同級たちは今度は苦笑いを浮かべた。
「大体、なんだっておまえたちまでやってくるんだよ。今までこんなバザー興味もなかったじゃないか」
なにしろ今日のバザーにはリュオンと同じ寄宿学校の生徒がそこそこ来ている。
リュオンの同級生や先輩たち、その数有に十数人。課外活動で忙しくしている熱血運動系男子を除いた金持ちお気楽子弟軍団が出来上がっている。
「ま、そこはほら」
「きみのお姉さんもいるわけだし」
「他にも令嬢たちが参加しているかもだろう」
「たまには心の潤いがほしいんだよ。あと単純に食べ物がほしい」
色々な理由を口々に言い張る同級たちだった。
確かに先ほどいかにも散歩途中に立ち寄りました、というようなオルフェリアと同じ年くらいの令嬢が姿を現していた。
「ふうん。ま、いいけど。オルフェリア姉上の作品を買うのだけは禁止だからな」
リュオンは再度釘を刺して、会場となっている教会をくるりと見渡した。
ミュシャレンの中心部に位置する聖ミハーク・サロ教会の敷地は広く、散歩を楽しむための緑をしつらえている。街中に点在する、庶民のための教会ではなく聖ミハーク・サロ教会は開門と閉門の時間が定められており、一定の時間は敷地内へ通じる門に鍵がかかる管理体制になっている。
建立されて数百年のこの教会はどちらかというと上流層の社交場という意味合いの強いところで、パニアグア侯爵夫人が慈善事業をするにはうってつけの場所だった。
それでもバザーというからには多くの人に来てもらわなければならない。会場内には見るからに労働者とそれに属する家族、子供といった風体の人間も見て取れた。
リュオンは無意識に眉根を寄せた。
「きみのお姉さんは……、ああいたいた。あそこだね」
ノーマンは能天気に市の立っている場所へと近づいていく。布の掛けられたテーブルの上には小物類が品よくまとめられている。ご婦人たちが手はずから縫ったり編んだりした靴下であったり、帽子、刺繍の入ったハンカチやリボンなどだ。
男性用のハンカチなども置いてあるが圧倒的に数は少ない。小さな物品を売るテーブルの隣には乾燥させた花で作ったかざりものや、匂い袋、そのまた隣ではスープやパンを売っている。今日会場に来る人間たちにはお金を落としてもらわないといけないので、食料品ももちろん有料である。用意したのはおそらくパニアグア侯爵家ゆかりの家のものだろうか。原材料を寄付することで慈善事業に参加したことになり、客はここで金を落とすことで参加をする。
同級たちはさっそくパンや肉を買い込んで、ちかくのベンチで頬張っている。
色気より食い気でいいことだ。
「姉上!」
リュオンは売り子たちの後ろの方に立っているオルフェリアに声をかけた。
「リュオンたら、本当に来たのね」
オルフェリアはいささかうんざりそうな顔をした。
「僕だって立派なお客だよ」
「こんにちはお姉さん。お姉さんの縫ったのはどれですか?」
ノーマンが明るく割って入った。リュオンには冷たい態度を取るオルフェリアもノーマンには少しだけ笑顔を作って応対するのが気に食わない。オルフェリアの隣にはミネーレがぴったりと張り付いており、リュオンは内心「グッジョブだ」と親指を立てた。ノーマンが声をかけて、前に出てきたオルフェリアに気を取られている男性客がいることを感じ取ればリュオンは面白くない。
「ええと、これと……。あとこっちのりぼんも」
オルフェリアは少しだけ恥ずかしそうに小さく呟いた。オルフェリアは昔から刺繍はあまり得意ではないからだ。
「へえ、じゃあ僕これ買いますね。今度僕の姉上に贈ります」
ノーマンが青い色のリボンを手に取った。
「ええっ! それは駄目よ! わたしのへたな刺繍のリボンなんて、笑われてしまうわ。あなたが自分で使うのならいいけれど、贈り物にわたしのつくったものなんて、絶対にダメ」
「えええ~、大丈夫ですよ。僕の姉上小さいことには気にしませんから。趣が合って逆に新鮮ですよ」
(それはそれでどういう意味だよ)
ノーマンの暢気な返しにリュオンの方が反応してしまう。遠まわしにけなしているよな、おい! と今すぐどついてやりたい。
オルフェリアの作った刺繍は、ほかの商品に比べると少し刺繍の花の線が四角張っていたりと慣れていない様子が表れている。
「僕は姉上の作った商品を全部買いますよ! はいこれ代金」
「身内に買われても嬉しくないわ」
オルフェリアはぷいっと横を向いた。
「じゃあ、姉上への贈り物はこっちのりぼんにして、僕が使う用にこれを買おうかな。リュオンとおそろいっていうのも面白いよね」
(おいこら! それはそれで姉上に失礼だろっ)
ノーマンはオルフェリアの作ったリボンを元に戻して、さらりと一番出来のよさそうな光沢のあるクリーム色のリボンを手にした。薔薇模様の刺繍の出来は文句のつけようもないほど美しい。ノーマンはたまに無自覚に失礼な態度を取るのだ。
「……ありがとう」
オルフェリアは複雑そうに瞳を揺らしてからノーマンの目当ての品物を袋に入れてくれた。リュオンとおそろい、という効果もあってか、いやいやそうにリュオンにもハンカチを包んでくれる。
代金を払って品物を受け取ってからもリュオンがなかなかその場から離れようとしなかったが、しびれを切らしたオルフェリアに「バザーの邪魔をしに来たの?」と睨まれてしまいリュオンは未練たっぷりだったけれどその場を離れることにした。
その際、リュオンはミネーレに念を送った。
「絶対に変な虫を近づけるな」という意味合いの視線に、彼女が気付いたのかどうか。
同級らに交じって敷地内で仕入れたパンや肉に舌鼓を打ちつつ、その瞳はしっかりとオルフェリアの方を見定める。売っている品物が品物なだけに女性客の方が圧倒的に多い。中産階級と思わしき少女たちが複数人で連れだってテーブルを囲んでいる様は微笑ましい。
「おい、あの中だと誰が一番かわいいかな」
「ええと、右の赤毛の女の子かな」
「僕はあっちの……」
などと楽しげに別の品定めを始める同級たちを横目にリュオンはパンを頬張った。
「きみもレオたちの会話に参加をしたら?」
「僕の一番はオルフェリア姉上一択だから意味がないだろう」
ノーマンの言葉にリュオンは大まじめに返した。
「ここまでくると相当だよね。きみが将来どこかの令嬢に骨抜きになっている姿を見ることがあったら、今の会話を思い出話に話してあげるよ。酒の席で」
「そんなことあるものか」




