三章 自覚した恋心
『フレンへ。
手紙ありがとう。菫の砂糖漬けも嬉しかったわ。わたしは元気です。オートリエ様のところでロルテーム語を勉強しているの。そうだわ、オートリエ様にはあなたのほうから言っておいてちょうだい。わたしたちの結婚式について日程をしつこく聞かれて困ってしまったの。あなたの叔母様でしょう。わたしのほうからは強く言えないのよ。よろしくたのむわね。そうそう、オートリエ様の慈善活動を手伝うことになっているのよ。リュオンも何かと遊びに来るし、最近一気ににぎやかになったわ。』
オルフェリアの書いた手紙は本人にしては長い方だけれど、色気もなにもない事務報告まるだしの文面だった。
それでも何回も書き直したし、一晩悩んだ。
好きだと改めて認識をしたら、何を書いてもフレンのことを想っているように感じられて、便箋をだいぶ屑かご行きにしてしまった。
手紙を託した後も、オルフェリアはあの内容でよかったのか、それともそっけなさすぎるだろうか、と頭の中で何度も自問自答した。
フレンからもすぐに返信が届いて、『手紙ありがとう。きみの書く字、可愛いね』なんて書かれてあってオルフェリアは顔を真っ赤にした。
オルフェリアはここのところハンカチやりぼんに刺繍を刺すことを日課にしている。
オートリエの手伝いをする慈善市にだす品物を作っているからだ。
今日はパニアグア侯爵邸の刺繍の会に呼ばれて、オルフェリアも裁縫道具一式抱えてやってきた。今日はヴィルディーとリュオンも一緒である。週に一度の休息日だ。
客用サロンにそれぞれ座りながら談笑を交えつつの刺繍はオルフェリアにとっては難しい。なにしろ小さいころから刺繍よりも読書、だったから。
「姉上のつくったものは絶対に女性客にしか売ったらだめだからな」
「お客様は選んじゃいけないのよ」
リュオンの苦言にオルフェリアは小声で返した。この弟はいつまでたっても姉離れしてくれないのでうっとおしい。というか女性だけでテーブルを囲んでいるのにずうずうしくオルフェリアの隣を陣取っているのだ。本当に、色々と面倒くさい弟だ。
「あら、リュオン様はお姉様のことが大好きですのね」
くすくすと笑いながら声を挟んで来たのはレティーアである。あの一件以来オルフェリアは彼女とは距離を置こうとしているのに、彼女の方から近寄ってくる。実は会話を盗み聞きしていましたとは言えないため、オルフェリアとしても邪険にできなくて困っている。きっと彼女も内心リュオンの姉ベタぶりに呆れているに違いない。
というかリュオンはヴィルディー達年配者のグループの方にでも行っていてもらいたい。
「あたりまえだろう。姉上は危なっかしいから、僕がみていないと心配なんだ。目を離したすきにうっかりどこかの男と婚約してしまったくらいなんだから」
なぜだかリュオンは偉そうに胸を張った。
「リュオン!」
オルフェリアはあまりな言い草に声を張り上げた。
「本当にそれは僕も残念だと思っているんですよ」
と、低い声が会話に混ざった。
今日の刺繍の会には男性も何名か参加しているのだ。そのせいもありヴィルディーがオルフェリアに付き添った。刺繍とは名ばかりのただの社交の会である。王太子妃の実家であるパニアグア侯爵家で開かれる刺繍の会には大勢の人間が詰めかけている。
こんな悠長なことをしていて、バザーで売る品物は出来上がるのか、オルフェリアとしてはそこが疑問だった。
「先輩」
「あら、リュオンの先輩なの?」
オルフェリアは声の主を仰いだ。
紅茶に牛乳を混ぜたような明るい色の髪をした青年だった。年のころはおそらく二十に届くか、届かないかといったくらい。
「まあ、ルーエン卿もいらしていましたのね」
オルフェリアの質問に被せて別の令嬢たちがさっと立ち上がった。オルフェリアが座っている場所には彼女と同じ年頃の令嬢たちが集まっていて、その中にはカリナとミリアムも含まれている。
「お父様の後を継ぐために宮殿へ出仕を始めれたと聞き及んでいますわ」
「最近はお仕事がお忙しいようで、あまりこういった場所に顔をお出しにならなくてさみしいですわ」
「今度ぜひまたルーエン家のコレクションを拝見したいですわ」
令嬢たちは口々にルーエン卿と呼ばれた青年に話しかけた。
「で、誰なのよ?」
オルフェリアは隣に座るリュオンに声をひそめて話しかけた。
「ホルディ・ルーエン。去年卒業した僕の先輩だ。実家は侯爵。先輩の実家は骨董品の蒐集で有名で、宝石類も多数収蔵しているらしい」
そこまで聞いてオルフェリアは納得した。以前彼が言っていた、心当たりを当たるというのは彼のことだろう。
「オルフェリア・メンブラート伯爵令嬢はきみのことでいいのかな。本当にリュオンとそっくり、鏡映しなんだね」
ホルディは令嬢たちの質問や声かけを全部無視してオルフェリアに話しかけてきた。もともとオルフェリアに話そうと思って近寄って来たのだ。
オルフェリアは仕方なしに立ち上がった。
「ええ。リュオンの姉のオルフェリアと申します。弟がお世話になっております。姉弟ですから似ているのは当然です」
最近リュオンの関係者からじっくり観察されるような視線を多々受けているオルフェリアは少しだけうんざりしながら返答をした。
「最近後輩たちからうわさのリュオン姉に会ったと自慢ばかりされましてね。私もぜひ一度はお目にかかりたいと思いまして今日こうしてやってきたんですよ」
ホルディの言葉に周囲の少女たちがざわついた。
彼ははっきりとオルフェリアが目的だと言ったからだ。リュオンはその言葉に眉根を寄せた。オルフェリアよりもこういった機微に敏感なのだ。
「先輩はただ僕と姉上の顔を一緒に並べて見比べたかっただけですよね。はい、もうそれも叶ったんですから僕と一緒にあちらへ行きましょう」
「ええ~、リュオンそれはないだろう。せっかくやってきたのに。せっかくだから二人の顔を並べてもう少しくらい話したいよ」
ホルディはきゃんきゃん吠えるリュオンの頭にぽんと手を置きわしわしと撫でた。先輩の手をむげにできないリュオンは悔しそうに目を真っ赤にしながらされるがままだ。
ちゃっかりソファに座ったホルディである。
「そうそう、リュオンがアンティーク宝石に興味があるって聞いているんだ。きみへの贈り物にしたいって。なんでも婚約者が成金で新しい宝石をこれみよがしにオルフェリア嬢へ贈るから、僕は格式で勝負するって息巻いていたよ」
自己紹介をした後、とたんに砕けた口調でオルフェリアに話しかけてきた。
「僕はそこまでは言っていません!」
唐突に始まった先輩からの爆弾発言にリュオンが噛みついた。
「リュオン」
オルフェリアはリュオンを睨みつけた。フレンのことをそういう風に揶揄されればオルフェリアは面白くない。
オルフェリアの絶対零度の視線にリュオンが震えあがった。
「あんまりひどいことを言うと、口きかないわよ。叔母様の家にだって入れてあげないんだから」
オルフェリアはぷいっとそっぽを向いた。
「姉上!」
リュオンはおろおろと弱りきった声を出した。
「あはは。姉弟仲がいいんだね。リュオンとしゃべらない代わりに、今日は僕とお話しようよ。アンティークに興味があるなら、これからうちに見にこない?」
「え……」
オルフェリアはたじろいだ。
「先輩!」
男性から誘われるなんて、まるで考えていなかった。一応婚約者もいる身なのに。この男は何を考えているのだろう。




