二章 なりゆきで花嫁修業6
「ああ。別に簡単なことよ。あなたと仲良くなった方が得かもしれないから。寄宿舎は今年で卒業なの。だから、ミリアムのご機嫌を取り続ける必要もないってわけ。メイナに関しては、彼女の性格からいって結婚してからもわたしみたいな、なんの取り柄もない子爵令嬢と国境を越えてまで仲良くしようとは思わないだろうし。だったら、そろそろ次について考えようかなと」
「得って……」
カリナのあっけらかんとした言葉にオルフェリアは二の句を告げない。なんなんだ、それは。さきほどのレティーアといい、目の前のカリナといい。
「あら、貴族社会なんてみんなそんなものじゃない。わたし、自分が美人じゃないって自覚しているの。だから顔を武器に格上の貴族に嫁ぐなんてことできそうもないし、財産だってそんなにあるわけでもないし。だったら、あなたと仲良くしておけば、お金持ちの商人たちと知り合えるし。ああいう人たちってお金の次は伝統をほしがるでしょう」
つっかえることもなくつらつらと繰り出される言葉にオルフェリアはくらくらした。
要するに、わたしの取り柄は貴族の血筋だけだから爵位なしの金持ち商人になら売れるだろう、と。そういうことだ。
「でも、あなた。さっきの会話からすると爵位なしの人は嫌なんでしょう?」
「それはミリアムたちの話ね。わたしは同意なんてしていないもの」
「だって労働者階級がどうのこうの言っていたじゃない」
「雇われる側と事業主とでは全然意味が違うじゃない。その辺はジョランダたちも分かっているわよ。あの子たちだって身分でいったらわたしと大差ないんだし。問題なのは、元は侍女の娘だった子がちゃっかり伯爵家の次男を射止めたこと。次男だとはいってもリバルス卿は王太子殿下の覚えもめでたい近衛騎士隊副隊長なのよ。将来、爵位を授与されないなんてことがないかもしれないし。それなのに、顔と体を武器にこちら側に入ってこられる人間がいるとわたしたちが困るのよ」
カリナはそう言ってオルフェリアの元から去っていった。
玄関ホールでオートリエが無邪気にこちらに手を振っている。オートリエのそばに寄って、一緒の馬車に乗り込んでもオルフェリアの胸の中は釈然としないものだった。
座ってお茶して刺繍をするだけなのに、なんだかずいぶんと疲れた。主に心が。
「オルフェリアったら、お疲れかしら」
「い、いえ。大丈夫です」
気遣わしげな視線を送ってきたオートリエに、オルフェリアは慌てて両手を振った。
「慣れない社交は色々と大変だろうけど、これも妻の役目ですからね。それに、あなたには同世代のお友達がいたほうがいいと思うの。女優さんと仲良くなるのもいいけれど、ちゃんと同じ階級の女の子たちとも付き合っておかないとね」
オートリエの言葉にうなずくしかないオルフェリアだった。
きっとこれは彼女なりの、オルフェリア花嫁修業の一環なのだから。
◇◇◇
一方その頃。
ルーヴェで忙しく決済やら会議やら視察やらをこなしているフレンは時間を見つけてとある宝石商の元を訪れた。メンブラート家の盗まれたダイヤモンドの行方を得るために同業の人間からそれとなく、最近訳ありのダイヤモンドが持ち込まれたかどうかを聞き出しに行ったのだ。
結果としては外れだった。
盗品は盗品で専用の売買ルートがあるからだ。それでも人の口を完全に閉ざすわけにはいかない。なにかしら有益な情報が得られるのではないかと、大粒の紅玉の耳飾りを買ってみた。店主は揉み手をしながら何かあったら知らせると言ってきた。そして、もうひとつ。最近訳ありの宝石や美術品はロルテームの王都、ロームに集まるのだということを教えてくれた。
(ロームねえ。大叔父殿の動きも気になるし……。面倒だな。人をやるか)
父に呼び出された理由の一つにここ最近飛び込んできた大叔父の動向がある。
とんでもない報告がもたらされて父は立腹していた。フレンも忙しくなりそうである。
「フレン様。いささかメンブラート嬢に肩入れしすぎなのでは?」
と、フレンの思考を遮るようにアルノーが声を駆けてきた。固い声音である。
宝石商を後にした、馬車の中である。
「そうかな?」
フレンは嘯いた。肩入れなら十分にしている自覚はある。
「ええ。人探しなど、専門に人でも雇えば済む話でしょう。自ら宝石商の元に出向いたり、件の人物が住んでいたとされる場所に行ってみたり。フレン様がすることではありません」
確かにフレンは数日前時間を作ってデイヴィッド・シャーレンが昔住んでいたという集合部屋に行ってみた。しかし、これといった収穫はなかった。ルーヴェの東側の、どちらかというと家賃の安い地域である。学生が多く住むあたりは人の入れ替わりが激しい。下宿を管理する夫人に聞いてみたが、これといった特徴のない男のことなんて覚えてもいなかった。こういう男がいた、ということは記憶に残っていたが、その彼がどういう来歴で、どこに行ったのかということまでは知らないと言った。
「部下にだって探らせているよ」
フレンの部下たちも聞きこみをしているがこれといった収穫はもたらされていない。
おそらく、彼は捜されても自分に行きつくはずはないと踏んで経歴の一部を漏らしたのだろう。そういうところも気に食わない。
「そういうことではなくてですね。……フレン様。彼女のことを一体どうしたいのですか?」
アルノーは大まじめに聞いてきた。
「どうしたいとは?」
「最近のフレン様を見ていると、メンブラート嬢をただの仕事相手として見ているとは思えません」
「ああ。私は彼女を一人の女性として想っているよ。契約が終了したら、彼女に気持ちを伝えるつもりだ」
フレンがあっさりと気持ちを吐露したことにアルノーは驚いたようだった。
思えばこれまでこの秘書官にこういった話をしたことはなかったかもしれない。
「……それは、メンブラート嬢を妻にしたいと、そう望んでおられるということでしょうか」
「妻か……」
フレンは穏やかな顔つきになった。あの夢が実現したらどんなに素晴らしいだろう。
そんなフレンの優しい表情に、アルノーは絶句した。
オルフェリアが、彼女のこの先の人生にフレンが隣にいることを望んでくれたら。
それはどんなに喜ばしいことだろう。
それを叶えるためにも。
(あいつの目的がオルフェリアなら、おそらく彼はまたこちらに接触してくる)
アルノーが黙り込んだのでフレンは再び自身の考えに没頭した。
一応、ミュシャレンの部下にはオルフェリアのことをそれとなく警護するよう言い含めている。命じた部下の前で大げさに婚約者を案じるそぶりを見せたから、彼はおそらくフレンのことを内心狭量な男だと思っているに違いない。
と、オルフェリアのことを考えてフレンは渋面を作った。
こっちは彼女のことが頭から離れないのに、手紙の一つも寄こさないとはどういうことだろう。声が聞きたいし、顔だってみたい。不機嫌そうに「フレンの馬鹿」という言葉でだって今のフレンにしてみたら懐かしい。
そう、手紙である。
実は先日ユーディッテとリエラから自慢げに見せびらかされた。オルフェリアから届いたという手紙を。
どうして彼女らには手紙を書いて、婚約者(偽装だが)には便りの一つも寄こさない。普通、婚約者と離ればなれになったら文通くらいするだろう。文面に寂寥の思いをぶちまけるものだろう。
オルフェリアから手紙が来ないので、こちらから書くことにした。なんだか負けた気がしないでもないけれど、届く気配のない手紙を待っていても仕方ない。




