二章 なりゆきで花嫁修業2
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ダイヤの行方を掴んでやる、と意気込んでみたものの、令嬢にできることなんて限られている。
これといって伝手もないし、そもそも令嬢の行動範囲なんて狭いものだ。なかなか良い策が浮かばずに日々を過ごしていた日のことだ。ヴィルディーからパニアグア侯爵家に招待されていると聞かされた。
いささか急な呼び出しだったが、とくに予定もないオルフェリアはミネーレによってあっという間に着替えさせられた。
森色の縦縞の生地に小さく花のプリントがされているドレスだ。ドレスの後ろには同じ生地でつくられた大ぶりのリボンがあしらわれている。袖のレエスはドレスの色よりも一段暗い色で冬らしいコントラストだ。
ヴィルディーと連れだってパニアグア侯爵家を訪れると、侯爵夫人オートリエの笑顔で出迎えられた。とても二十代の娘がいるようには思えない溌剌とした夫人はオルフェリアを歓待し、抱きしめた。
「急な誘いに乗ってくれてありがとう。オルフェリア」
「いいえ。こちらこそ新年のご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません」
日当たりのよい応接間に通されたオルフェリアの前には小さな焼き菓子がたくさん乗った皿が並べられている。
「わたしも一度はご挨拶をと思っておりましたのに、遅くなってしまい申し訳ございませんわ。オルフェリアの叔母のヴィルディー・インファンテと申します」
ヴィルディーが神妙な顔で挨拶をした。
「いいえ。こちらこそ、甥っ子がいつもお世話になっておりますわ。彼もねえ、仕事にかまけてばかりで婚約者を放っておいて一人でルーヴェに行ってしまうだなんて」
オートリエが子供をたしなめるような顔をした。彼にとってフレンはいつまでたっても小さな子供のようなものなのだ。
「いえ。忙しい人なのは承知ですから」
オルフェリアは冷静に返した。
それを見たオートリエは小さく目を見開いて、それから口元に笑みを浮かべた。
「あら、今からそんなに聞きわけがよくては駄目よ。婚約者をほっぽって仕事にかまけるなんて、結婚したら安心したとばかりに仕事人間になるに決まっているんですから。こういうのは最初が肝心なのよ」
オートリエはずいっと身を乗り出した。
「えっと……」
「そうそう、わたくしずっと聞きたかったのよ。あなたたち、式の日取りは決まったの? ルーヴェで挙げるのかしら。教会はどちらに? ドレスはどうするの?」
「え……」
突然の質問攻めにオルフェリアは目を白黒させた。
一体何の話だ。
「だいたい、フレンたら何も教えてくれないのよ。いっつもはぐらかしてばかりで」
オートリエは尚も言い募る。だから一体何の話だろう。
「オートリエ様。彼女困っていますわ」
すると、第三者の声がすっと割り込んできた。
オルフェリアは声のした方へ振り返った。
黒髪に濃い紫色の瞳をした女性が立っていた。同じ髪と瞳の色を持っている彼女に対してオルフェリアは親近感を持った。きっと彼女も北の民族の血をひいているのだろう。
「あら、ダイラ来たのね」
オートリエは立ち上がってダイラと呼ばれた女性へ寄った。
切れ長の瞳をした、真面目そうな印象の美しい女性である。黒髪を頭の後ろで一つにまとめている。
「オルフェリア、紹介するわね。彼女はダイラ・リバルス夫人で、わたくしの義理の妹に当たるわ。彼女の結婚相手が身分ある男性でね、便宜上わたくしの父の養女になったの。フレンとは義理の叔母と甥という関係に当たるわね。今後何かで会う機会もあると思うから紹介しておこうと思って」
「あくまで書類上のことだけですのでお気遣いなく」
ダイラは事務的に頭を下げた。くすりとも笑わない、どこか冷たさを感じさせる女性だ。
オルフェリアも人のことをいえるくらい愛想があるわけでもないけれど、彼女もそれと同じくらい表情が読めない。
オルフェリアはダイラのお腹のあたりを注視した。とても大きく膨らんでいる。
「ダイラは今妊娠中なの。もうすぐ臨月ね。彼女の夫は王宮の近衛騎士をしていて、勤務も不規則だし、彼女の母親は今外国にいるからわたくしが面倒を見ようと思って引き取っているのよ」
オートリエの説明を一通り聞き終わると、ダイラはもう一度お辞儀をして退室した。
本当に挨拶だけしにきたようだ。
彼女のさっぱりとした性格をオートリエも熟知しているのか、とくに引き留めるわけでもなくオートリエも見送った。
そして再びオルフェリアに向き直る。
「それで、本題よ」
「何がでしょう」
本題の見当もつかないオルフェリアはオートリエに聞き返す。
「あなたとフレンは一体いつ結婚式をあげるつもりなのか、ってことよ」
「えっ! 結婚式!」
再びずいっと身を乗り出されて、オルフェリアはすっとんきょうな声をあげた。
結婚式だなんて、そんな。
オルフェリアとフレンはただの偽装婚約だ。式を挙げる予定なんてまるでない。
「え、じゃありません。フレンも婚約したら安心とばかりに仕事ばかりだし。あなたね、駄目よ。ああいう男はのらりくらりといつまでたっても行動を起こさないんだから。ここはオルフェリア、あなたがしっかり手綱を握って主導権を握らないと」
「侯爵夫人の言うとおりですわ。オルフェリア、わたしも常々聞きたかったのよ。あなたたち、婚約は電撃的だったのにそのあとの、結婚ということになった途端にのらりくらりと。夫とも話していたのよ。あなた達この春に結婚する気はあるのかしら、って」
「けけけ結婚だなんて……そんな……。わたし十七になったばかりだし」
オルフェリアは赤くなって言い訳をした。フレンの隣で花嫁衣裳を着ている自分を一瞬だけ想像してしまい声が裏返ってしまうのを自覚した。
なんて心臓に悪い話題だろう。
「まーあ、オルフェリア。駄目よ。若さの上に胡坐をかいていては! いいこと、今は確かに十七歳かもしれないけれど、すぐにあなたも年を取るのよ! 十八,九まで待ってそのあとにフレンにぽいって捨てられたらどうするの? もちろんそんなことしたらわたくしが彼を許しませんけどね。過ぎた時間は取り戻せないのよ。そのときになってからだと遅いの!」
「そうよ。まだ自由でいたいっていうのもわかるけれど。それだったら結婚してからのんびりすればいいでしょう。子供はまだ先にしても、さっさと結婚だけはしたほうがいいわ」
(子供!)
再びオルフェリアはびくりと反応した。
オートリエが身を乗り出して力説すればそのあとをヴィルディーが引き継いだ。
「とにかく結婚よ、結婚。式はどうするの? こちらにも予定というものがあるのだから日取りくらいは先に決めておかないと。招待状を出すのだって大変よ。もちろん教会を押さえるのもね。ルーヴェかミュシャレンか、どちらを考えているの?」
「やっぱりファレンスト家に嫁ぐのだからルーヴェでしたほうがいいのかしら」
オートリエが式場について問うとヴィルディーが頬に手を当てて思案顔で答える。
「あら、お披露目の会はこちらでもしたほうがいいのではなくて。ファレンスト商会のミュシャレン支店もあることだし、フレンもこの数年でアルンレイヒで懇意にしている人も増えたもの」
「そうですわね。あとは花嫁道具も揃えないと。カリティーファったらそのあたりのことも全然気にしていないのよね。まったく、あの子は」
と、今度はオルフェリアの母のことに話が移った。にぎやかな席が大の苦手な母親はもちろんオルフェリアの結婚式なんてまだまだ先のことだと思っていることだろう。もちろん家令のカリストも同様である。婚約がなんとなく認められて、実際に結婚するのは一年くらい先という雰囲気が実家では漂っている。ついでにオルフェリアだってフレンとの婚約はあくまで偽装だからとなにも考えてこなかった。まさかこんなにも結婚式のことで外野がやきもきしていたなんて。




