四章 鎧祭りと決意の決闘4
オルフェリアはどうにか勇気をかき集めて足に力を入れた。
踵を返そうとした瞬間、両肩をダヴィルドに掴まれる。
思いのほか、がっしりとした手だった。
大きな手がオルフェリアの両肩にしっかりと乗せられている。
「な、何をするの……」
「いやあ、ちょっとそこまで来てほしいだけですよ。馬をつないでいるんです。馬車だと動きづらいし、追いかけられても面倒ですし」
口調はのほほんとしているけれど、彼の言葉はオルフェリアの意思を無視している。
「わ、わたし一言も一緒に行く、なんて……い……言っていないわ」
初対面の人間相手ではなかったことが幸いして、オルフェリアは気丈に反論をした。まだ、なにかの冗談だと信じたがっていた。
ダヴィルドの腕を振り払おうと力を入れるけれど、オルフェリアがいくらあがいても彼の腕はぴくりともしない。しっかりと彼女の両肩を掴んだままだ。
「そうは言われても。こっちも困るんですよ。薬でも盛ろうかと思ったんですけど、ほら、僕腕力ないから。意識ない女性を抱えて馬に乗るとか。ちょっと無理だなあって。リルお嬢さんならちゃちゃっとこなしちゃいそうですけどね。僕、根が研究者なもので」
「意味が分からないわ」
ダヴィルドはしゃべりながらもオルフェリアを掴んだまま歩き始めた。
オルフェリアの意思とは裏腹に、足は勝手に動き出す。強い力で後ろから力を入れられて、歩いて行くことにオルフェリアは恐怖を感じた。
ダヴィルドはオルフェリアの体を方向転換させるように歩かせて、城壁門をくぐらせようと歩いて行く。
口では優しいことを言っているくせに、ダヴィルドはオルフェリアの気持ちなど関係なく、彼の都合を押しつけてくる。なんだかんだと理由を告げるが、要するにこれは誘拐と同じだ。
「や、やだ……。だ、誰か……」
オルフェリアは声を荒げた。
「ああもう。大きな声出さないで。やっぱり眠っててもらった方がいいかあ」
ダヴィルドは一人投げやりな態度で外套のポケットをまさぐった。
オルフェリアは慌てた。
もしもこのまま眠らされでもしたら、本当にどこかに連れされてしまう。
ポケットの中身にダヴィルドの気が一瞬それたところを見逃さずに、オルフェリアは彼を振り払った。
「い、いやよ……」
オルフェリアは踵を返して走ろうとした。けれど、すくみ上がった足は思うように動いてくれない。
「フレン! お願い……」
「あ、こら。オルフェリアお嬢さん、あんまり僕を困らせないでください。あなたは大人しそうに見えて昔からお転婆さんですよね」
ダヴィルドがすぐに追いついて、もう一度オルフェリアの腕を捕まえた。
「な、何言って……」
ダヴィルドとは今回の里帰りで初めて会ったはずだ。まさかオルフェリアと誰かを勘違いしてこんなことを。
オルフェリアはどうにか逃れようと腕を大きく振った。じたばたしていると背後から腕を掴んでいるダヴィルドがオルフェリアの片腕に圧力をかけひねり上げる。
「っぅ……」
「あんまり手荒なことするなと命令されているんで、大人しくしてください。あなたに怪我をさせたら僕の方が腕もがれちゃうかも」
ダヴィルドはまるで幼子に言い聞かせるような優しい声を出した。
「次に目覚めたときは実家から遠く離れた場所ですよ」
なめらかな口調でやさしく言うダヴィルドの声が、オルフェリアには空恐ろしいものに聞こえる。
「い、いや……」
こんなときでも、頭に浮かぶのは仮婚約者の顔だった。まだ、仲直りしていないのに。伝えたいことがあった。聞きたいことがあった。
どうして、決闘に勝ってくれたの? と。最後にオルフェリアが叫んだ瞬間。彼の動きが変わった。
あのとき。オルフェリアは嬉しかった。
だから……。
(フレン……。助けて……)
オルフェリアは素直に願った。
「オルフェリア!」
そのとき。空耳だと思った。だって、彼はまだ酒場で人々からもみくちゃにされているはず。
しかし。オルフェリアの視界に移ったものは。大通りをまっすぐとオルフェリアの方へ駆けてきたのはフレンの姿だった。
「オルフェリア!」
「うわあ、騎士様の登場ですか。面倒ですねえ」
ダヴィルドが気のない声を出した。心底投げやりな声音を無視してオルフェリアは再び彼から逃れようともがいた。
フレンは駆けつけざまに一発ダヴィルドを殴った。
「いって……。あなた、見かけによらずに武闘派なんですね」
ダヴィルドは殴られた頬を押さえた。
フレンは解放されたオルフェリアをすかさず自身の後ろにかばった。
「いやあ、なんというか。もう少しだったのに。本当、あなたの存在だけが邪魔でしたよ」
ダヴィルドはフレンに対して皮肉げに口元を歪めた。
苦情を言う声は、内容のわりに楽しげだった。
「オルフェリアをどうするつもりだった」
「ちょっと一緒に来てほしいところがありまして、ね。連れて行く機会をうかがっていたんです。今からだって、遅くない。お嬢さん、一緒に来てくれますか? お嬢さんは故郷のことを嫌っているでしょう?」
ダヴィルドはフレンの後ろにいるオルフェリアに声をかけた。
「い、嫌よ」
オルフェリアははっきりと拒絶した。
「そう言われると困るなあ。僕も人から頼まれているのに」
「誰に頼まれている?」
フレンが口を挟んだ。
「あなたの知らない人ですよ」
ダヴィルドはにこりと笑った。
反対にフレンは、さらに厳しい顔つきになった。
「お嬢さん。昼間の決闘で疲れ切ったファレンストさんくらいなら今の僕にもなんとかできそうです。一方的に殴られるのを見たくないでしょう。お嬢さんの方から、僕の方へ来てくれると助かるんですが」
「きみ、人を愚弄するのも大概にしてほしいね。もう一発殴られたいか?」
フレンはダヴィルドに向かって拳をふるった。
ダヴィルドは今度は難なくそれを受けとめる。
「ほら、重たい鎧をかぶって決闘したんですから、疲労困憊じゃないですか。それでも酒の席にご丁寧に付き合って。いい年なんですから、無理は禁物ですよ?」
ダヴィルドはフレンの至近距離でふっと、唇をゆがめた。
「きみも私とそう変わらない年だろう?」
「ええ。ですから無理はしないことにしているんです。さっきのは完全に油断していましたが」
ダヴィルドはフレンの懐に自身の拳を打ち込んだ。片手を取られて、防御が後手に回ったフレンは打ち込まれた衝撃に息を吐いた。
それでも、フレンは崩れ落ちない。
「けっこう頑張ります、ね」
「オ……ルフェリアに、格好、悪い……ところは、見せられないからね」
フレンは虚勢を張った。
ダヴィルドは手に持ったままだった布をフレンの顔に押し当てた。
抵抗する意思をみせたフレンの後ろ首に、ダヴィルドは容赦なく手刀を叩きこむ。
「しばらく眠っていてください」
フレンはあっけなく崩れ落ちた。
ダヴィルドはフレンから手を離した。
「フレン! フレン、起きて」
オルフェリアは倒れたフレンの横に倒れるように縋りついた。何度も揺さぶるが、彼の瞼は開く様子を見せない。オルフェリアの、フレンを呼ぶ声だけが夜の濃い空気に吸い込まれる。
「フレン! ねえ、しっかりして。フレン」
それでもオルフェリアは必死にフレンを呼び続けた。
誰でもいいから、お願い。出てきて。外に気を向けて。
城壁近くとはいっても大通り沿いには商店も並んでいる。だれかが、オルフェリアの声に気がついてくれれば勝機はあるはずだ。オルフェリアは一縷の望みを賭けて大きな声を出し続ける。
「ああもう。面倒だなあ」
まるでしつけのなってない犬が叫ぶのを宥めるかのように、ダヴィルドがオルフェリアの方へ近づいてくる。
「そんなに声をあげても無駄ですよ。この時期窓なんてしっかり締め切っているから、お嬢さんの声なんて届きませんよ」
「こ、来ないで……」
オルフェリアは震えた。フレンの体をしっかりと抱え込む。それでもフレンの意識は混濁したままだ。
「往生際が悪いですよ」
オルフェリアはいやいやと頭を横に振った。
絶対に手をはなすもんか、と心に誓った。フレンにこんなひどいことをした男の要求なんて、死んでも聞きたくない。
「フレン……」
「そんなに、その男のことが好きですか。……これも予想外だな」
ダヴィルドは困ったように天を仰いだ。
オルフェリアはダヴィルドの言葉の意味までは分からない。好きか、嫌いかと問われればたぶんオルフェリアはフレンのことが好きだ。
けれどそれは、あくまで親しみを抱いているだけ。なのに、いまひどい焦燥感に駆られている。
「ダヴィルドー! みつけた!」
広場側の方から女性の叫び声が聞こえた。
ついでに、何かがダヴィルドの頭に命中をした。
「いて! ちょ、なんだこれ……。りんご?」
ダヴィルドの頭を直撃したものの正体は林檎だった。
通りを駆けてきたのは、リシィルと彼女に連れられた何人かの舎弟だった。その姿をみとめたとたんにダヴィルドは城壁門の方へと急いだ。
それでもダヴィルドはオルフェリアを連れて行くことを諦めていないようで、彼女の腕を掴んだ。オルフェリアは必死に抵抗をした。
そうしていると第二弾の林檎が投げられた。またもやダヴィルドの背中に命中をした。
「いって。リルお嬢さんの命中率、えげつない……」
今度はダヴィルドの頭にばさばさと何かが飛びかかった。
ダヴィルドは追い払おうと手で虚空を薙ぎ払った。
「みーちゃん! 行っけぇぇぇ!」
オルフェリアは茫然とした。エシィルがいつも連れているみみずくだ。リシィルはいつの間にみみずく使いになったのか。
そうこうしているうちにリシィルの舎弟らがどんどんとこちらへ近づいてくる。
形勢が悪くなったと悟ったダヴィルドはオルフェリアらから離れた。
「ま、しょうがありません。今日のところはこれだけで満足をしておきますよ」
ダヴィルドが懐から取り出してオルフェリアに見せたのは首飾りだった。
街灯の光と、軒先に吊るされた明かりでかろうじて、それの中央に大きな石がついていることが分かる。オルフェリアはその首飾りに既視感を覚えた。
「お嬢さん、それではまたいつぞやに」
ダヴィルドは優雅な仕草で礼をして、今度こそ踵を返して走り去った。
走り去る直前、手に持った首飾りをもう一度仕舞うときにオルフェリアはにぶく光るそれの正体に気がついた。
あれは、まさか。
「オルフィー!」
オルフェリアの元に駆けつけたリシィルはそのまま彼女にがばっと抱きついた。
「よかった。あんたが無事で。大変なことが起こったんだ」
リシィルはオルフェリアの体をぺたぺたと触って、怪我をしていないかをたしかめている。
「お姉様、フレンが! フレンのことを助けて!」
オルフェリアは最後の気力で叫んだ。




