四章 鎧祭りと決意の決闘
薄日が差す一月二日。
鎧祭り本番の日がやってきた。昨年、伯爵令嬢の思いつきで始まった祭りは、なんだかんだと娯楽の少ないアレシーフェの街の人間に受け入れられており、大層な見物客でにぎわっている。
メンブラート伯爵家の使用人らも手伝いに駆り出されており、カリストもリュオンのお伴という形で参加を余儀なくされている。
祭りは、朝旧市街を鎧を着込んだ男女が練り歩くところから始まった。
数百年前に時間が巻き戻ったような、甲冑や兜をつけた人々が狭い路地を練り歩き、街娘たちは昔から伝わる伝統的な衣装を引っ張り出して、銘々着飾っている。
ちなみに祭り開会のあいさつをするのはやっぱり市長である自分だろうと、ちゃっかり原稿まで用意していたハールマインだったが、あっさりとリシィルに却下された。曰く、『あなた全然事前準備手伝ってくれなかったじゃない』と。
開会の挨拶はリシィルの舎弟クレトが行った。
さて、住民らがそれぞれ鎧をかぶって旧市街を練り歩き、酒を煽り、すっかり出来上がった頃。
旧市街と新市街を挟むように流れるトラーヴェ川沿いの公園ではトルデイリャス領に駐屯する国境警備隊の隊長らによる模擬戦が行われていた。
ときを同じころ。公演の一角の天幕ではフレンが絶句していた。
「えーと……、これは何かな。リシィル嬢」
最初の驚きからようやく立ち直って、フレンは乾いた声を出した。
「なにって? 普通に鎧だけど」
リシィルは小首をかしげた。金茶色の髪の毛がさらさらと揺れた。その髪はいつもと同じように頭の高い位置で縛っている。彼女は今日、代々伯爵家当主が着用していたという鎧を身にまとっている。旧市街のミファイサス城に展示されている由緒正しい鎧である。ミファイサス城博物館の学芸員が『それだけは駄目だって言ったのにぃぃぃぃ』と悲痛な雄たけびをあげていたのはまた別の話だ。
「それは分かっている。なんだって、よりにもよってこんな重そうなものをつけて決闘しないといけないかっていうことを聞いているんだ」
「リュオンへのハンデ」
「……きみ、やっぱり私たちのこと怒っているだろう?」
昨日オルフェリアとはきちんと話せずじまいだった。正餐のパートナーとして隣に着席はしていたが、込み入った話など公の場で出来るはずもない。
「別に」
「だったらなんでこんなにも重そうなものをあてがうんだ」
フレンの目の前にあるのは重量が何十キロもありそうな全身鎧である。胴体から手足まですべてをすっぽり覆ってしまうものだ。
「フレンなんだかんだと筋がよかったから。寄宿学校でいい成績残していたんじゃない? それで生身でリュオンと戦ったら、さすがに弟がかわいそうだな、って。最初は顔も面をかぶせようと思ったんだけど、それしたら替え玉用意した、って言われるかもって舎弟その五から突っ込まれちゃったから。かろうじて顔だけは残しておいた」
二十七歳のフレンと十三歳のリュオンとでは、確かに一見したところ勝つのはフレンだと誰もが思うだろう。リュオンはまだ成長期前なのか、とても華奢な体つきをしている。
「だからって、これはやり過ぎだろう」
フレンが尚も抗議をしようとしたとき、天幕の中に男が入ってきた。
「姐さん。やっぱり前評判だとファレンストの方に人気が集中しちゃって賭けになりませんて」
「んん~、それは大丈夫。これみたら拮抗するんじゃないか?」
「おいこら」
フレンは低い声を出した。
「なあに?」
「人の勝負で賭けをするな!」
フレンの抗議にもリシィルはどこ吹く風だ。きょとんとした様子でいすに座ってフレンを見上げている。
「祭りの運営費だよ。豚の丸焼まで用意して無償提供しているのに。あと酒も」
「姐さんの采配いつも見事っす」
リシィルの舎弟が合いの手を入れた。確かに広場の片隅に豚の丸焼を提供している屋台があった。温めたパンに削いだ肉を挟んで見物客に提供しているのだ。他にも温めた林檎ジュースや、香辛料を加え温めたぶどう酒を配る屋台もフレンは目にしていた。
「だから、つべこべ言わずにあんたはこれを着る! 着てリュオンを叩きのめ……したら……、あれ、トール、どっちがわたしたちにはいいんだっけ?」
「うーん、どうっすかね。倍率が等分くらいになってくれりゃいいんですけど。オルフェリアお嬢さんのためには、こいつが勝ったほうがいいんじゃないっすか?」
トールと呼ばれた男も首をかしげている。
「あ、姐さん。リュオン坊ちゃんの方はもう準備で着てるみたいっすよ」
二人が唸り声をあげていると、小柄な男が天幕の入り口を開けた。
「わかった。もうちょっと待っててもらって。ほら、フレン。観念して早く着る! オルフィーにいいところ見せたいんだろう」
「どうだか……」
フレンは投げやりな気持ちで応えた。
「兄さん、もっと元気だしなって。お嬢の婚約者なんでしょう。リュオン坊ちゃんからお嬢をかっさう勢いでないと!」
トールは明るいだみ声でばしばしとフレンの背中を叩いた。
もともと怪力なのか、地味に痛いから止めてほしい。
「わかったから、着るから。やめてくれ」
フレンは仕方なしに渡された鎧を着ることにした。
正直、勝ちたいのか負けたいのかわからない。
昨日はうやむやになってしまったけれど、結局フレンとしても、このまま自分が負けた方がオルフェリアが傷つかなくていいのではと思っている。あれだけ、婚約を解消したくないと断言しておいて少し冷静になればそれが最善なのでは、と頭の片隅で思っている自分がいた。
アルノーには『こんな茶番でも役に立つことがあるとすれば、それはフレン様が婚約破棄を堂々とできる建前になることです』と、今朝釘を刺された。秘書官としてはフレンに一年を待たずにさっさと婚約破棄してもらいたいらしい。
そうしたら再び親族から見合い話を山のようにもってこられることになるというのに。
ああけれど、それはオルフェリアと数ヵ月後に婚約破棄しても同じことか。
身につけた鎧は、やはりというかフレンの予想よりもはるかに重たくて、ついでに動きにくい。まるで今のフレンの心のようだ。
オルフェリアの心が知りたい。彼女の心に近づきたかった。
けれど、それと同じくらい恐れている。入ってこないで、と拒絶されたそのことが悲しかった。
「フレンー、そろそろ行くよー」
リシィルが待ちくたびれたようにフレンをせかし始めた。
オルフェリアは今日どちらを応援するのだろ
うか。
◇◇◇
試合が行われる会場は熱気に包まれていた。
先ほどまで行われていた国境警備隊の模擬戦の余韻冷めやまぬ中、みんな引き続きお請われる余興を楽しみにしてる。
『第一回 メンブラート伯爵家オルフェリアお嬢様の婚約破棄を阻止し隊 リュオン対ディートフレン』と書かれた垂れ幕がかかっているところを確認して、オルフェリアは今すぐ穴を掘って埋まりたくなった。
(お、お姉様……)
どうりで国境警備隊の模擬戦の優勝者に花を贈呈するときの視線が生温かったわけだ。あんなものが掲げられていたら、そりゃあみんな好奇心をむき出しにする。
(隊長さんには、目合わせてもらえなかったし……)
視線を微妙に外されて「まあ、きみもあの姉の下だと色々あるとは思うが頑張りたまえ」と言われてしまったのだ。
警備隊の模擬戦は騎馬での対決だったが、今回は地上戦だ。
このためだけに公園内に木の柵をつくったというのだから、本気になるとリシィルは思わぬ機動力を見せる。力仕事は主に舎弟たちによるものだが。
「あら、元気ないのねえオルフィーったら」
本日何回目かのため息をついていたら横にいるエシィルが声をかけてきた。
一般の観客とは別れた特別招待区画に二人並んで座っている。つい先ほどまでは市長や街の評議会の人間もいたが、いまはいない。大人たちはフレンとリュオンの決闘という珍事についてどう対処していいか分からなかったのだ。どちらを応援しても角が立つ、ということで「最初から見なかったことにします」と見物自体を辞退してきた。
オルフェリアとしてもとてもありがたかったので丁寧にお辞儀をした。
本当に、うちの姉がこんなので申し訳ないです、と心の中で付け加えておいた。あと、リュオンもまだ子供なんです、とも。
「だって……こんな馬鹿げだこと。ほんとにするだなんて。しかも割と大がかり……」
「楽しいわねえ。わたしもセリシオとリュオンに決闘してもらいたかったわ。わたしを賭けて決闘だなんて、夢があるわ。うらやましい……」
エシィルはどこまでものんびりとしている。
「コ、コケー」
「あら、大丈夫よマルガレータ。今日は鳥の丸焼はふるまわれていないわ」
昨日の晩餐会の悪夢がまだ抜けていないのかマルガレータは朝から始終テンションがおかしい。やはり鳥の丸焼がどーんと鎮座している正餐の席に同席させられたのがショックだったのだろう。
オルフェリアはマルガレータに同情の眼差しを贈った。
大丈夫。わたしもいま色々とつらいから。
「えー、大変長らくお待たせしました。ここに『第一回 メンブラート伯爵家オルフェリアお嬢様の婚約破棄を阻止し隊 リュオン対ディートフレン』を開催したいと思います。まず紹介するのは~。我らがメンブラート伯爵家をしょってたつリュオン・レイマ・メンブラートォォォ」
リシィルの舎弟そのいくつだかの野太い声が場内に響いた。
それまで各自銘々が雑談に興じていたが、一斉に静まり返りリュオンの名前が呼ばれ、彼が姿を現した途端割れんばかりの歓声が響いた。
「第一回ってなによ。こんなもの何回もあってたまるもんですか。しかも、阻止し隊って……。リュオン以外にだれがいるのよ」
突っ込みどころが多すぎてオルフェリアは胃がきりきりしてきた。
「そうねえ。ええと、肉屋のロブと評議会のサリーンの息子さんと、ホテルの従業員のダリスカスさんところのリューイ君と……」
「誰、それ」
思いのほか名前が挙がったのでオルフェリアはつい聞き返してしまった。
肉屋のロブは五十を超える隠居のお爺さん(メンブラート家の子供たちを勝手に見守っている)で、サリーンの息子は七歳の元気盛り、ダリスカスのところのリューイは犬である。
エシィルはのほほんとオルフェリアの方をみて笑みを浮かべた。
「オルフィーのことが好きな人たち。この街の人たちはリシィルのこともオルフィーのことも好きなのよ」
「そして次に紹介するのはぁぁ~。挑戦者、ディートフレン・ファレンストォォォ~。我らがメンブラート家、花の四姉妹のうちの可憐な菫、オルフェリアお嬢をかっさらった不埒……じゃなくて、ええと、隣国の若き実業家だぁぁ」
若干私怨の交じった紹介の口上の後にフレンが姿を現した。
現したのが全身鎧を身にまとった人間で、オルフェリアは一瞬見間違えたかと思った。
目をこすってもう一度柵の中に視線をやった。
鈍く光る銀色の重そうな全身装甲の甲冑をまとっている……フレンだった。
「あら、まあまあ。リルったら、当日の内緒って言っていたのはこれだったのね」
「ちょっと、どういうことよ?」
オルフェリアはマルガレータを腕に抱いた姉に詰め寄った。オルフェリアの気迫にたじろいだマルガレータの方が「コ……ケー」と身じろぎをした。
「いい大人が少年をいたぶっている絵図らにしか見えないから、どうしようかな、って言っていたわ」
「……本音は……?」
「みんなフレンにばかり賭けて、これじゃあ賭けにならないからちょっとハンデをつけるって」
オルフェリアはがっくりとうなだれた。
「あれ、保管庫にあるもののなかでも、とりわけ重たいものじゃない……」
ミファイサス城の中にある保管庫、別名ガラクタ部屋の中に置かれている鎧のうちのひとつだ。
こうなってくると、もはやリシィルの嫌がらせとしか思えない。
(やっぱり、リルお姉様は怒っているのかしら……)
勝手なことをしたオルフェリアに。偽装婚約を持ちかけたフレンに。もしかしたら、二人に対して怒っているのかもしれない。
普段おちゃらけていて、全力で楽しいことしかしない、破天荒すぎるリシィルだが、昔から彼女はオルフェリアのことを気にかけてくれていた。
「最後まで分からないわねえ」
エシィルはのんびりと付け加えた。
リュオンは黒い上着を羽織り、リボンタイをつけている。膝までのズボンに白いタイツという貴族の子弟そのもののいで立ちだ。おそらくカリストの見立てだろう。
茶番だろうが、なんだろうが、次期伯爵家当主が公の場に出るのだから、彼はこういうときでもリュオンに支度に手を抜かない。
「ほら、始まったわよ」
見届け人の合図の元、決闘が始まった。
群衆の歓声がどこか遠くの世界のことのように、オルフェリアの耳に届いた。




