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婚約破棄するまでが契約です  作者: 高岡未来
第一部 食えない仮婚約者にはご用心
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一章 偽装婚約の裏側4

           ◇◇◇


 うまくフレンに乗せられて始めた偽装婚約生活は苦難の連続だった。

 生まれて十六年、オルフェリアは狭い世界で暮らしてきた。父である伯爵は社交に熱心ではなかったから領地にこもってばかりで、オルフェリアら家族も領地でずっと暮らしていた。地所続きの地主一家や近隣の貴族と交流はあっても、読書好きなオルフェリアの話し相手といえば姉弟、たまに会う親戚くらいだった。


 要するにある日突然十一も年上の婚約者(偽装)ができたからといっていきなり男性への対応力が優れるということはない。


「はいこれ。きみが言っていたんだろう。台本作ってみたよ」

 フレンはにっこり意地の悪い笑みを浮かべた。オルフェリアは渡された紙の束をぺらぺらとめくった。

 今日は貸本屋での仕事の最終日だった。

 勤務明けにフレン行きつけのクラブへと連れてこられた。個室で二人きり。

 密談するにはもってこいの場所である。


「フレンて案外暇なのね」

「相変わらずむかつくなあ、その言い方。わざわざきみのために作ったのに」

 口を開けば小馬鹿にされるか、揶揄されるか。

 フレンへの敬語を早々とやめたオルフェリアである。


「それはそうと。今日で貸本屋での勤務も最後だったね。お疲れ様」

 フレンは発砲ぶどう酒を高らかと持ち上げた。琥珀色の液体からは小さな気泡が立っている。オルフェリアの前にも同じものが用意されているが、辛い口触りのこれはあまり好きではない。とか言うと絶対に「お子様だね」とか言われるに決まっているから口には出さないけれど。

「フレンが余計なことをするから」

「余計な事って。偽装婚約という仕事に専念してもらうためだろう。きみにも相当の見返りを与えているんだからこっちに全力してもらわないと」

「……」


 フレンと偽装婚約者として契約を交わすと、彼は早速いくつかオルフェリアに注文をつけてきた。その一つが現在の職場『メル・デ・フィオーニ』を辞めろ、というものだった。


 好きな本が読み放題という特権は捨てがたかったから「店長が急に言われても代わりの者がみつからないって泣きついてきたから無理」と言ったら、翌日には代わりの人間を用意された。フレンではなく秘書官のアルノーの功績だったが。


 彼は上級学校を卒業したという女性を連れてきて店長と引き合わせた。

 オルフェリアよりも三歳年上の、髪の毛をみつあみにした眼鏡をかけた知的そうな女性だった。おそらく仕事もオルフェリアよりもできるにちがいない。店長は一発で採用することに決めた。

 こんなにも簡単に替えの人間に取って代わられるなんて。オルフェリアは地味に傷ついた。最終日の今日だって店長は「いままでありがとうね」とふにゃりと笑っただけだった。


 別にさみしいとか、言ってもらいたかったわけではないけれど、それでもこれまでオルフェリアが働いてきたことは何だったのか。なんだか自分の価値がその辺の石ころと変わらないように感じた。


「来週にはフラデニアに行くからね。私の実家に挨拶に行ったり、あとは色々と顔を出しておかないといけないところもあるし」

 フレンはオルフェリアの感傷なんてまるで気にしないように話しを進めていく。

 本当にただの契約相手としてしか見ていない。

「気が重いわ」

 オルフェリアはため息をついた。


「気が重くても契約だからね。ちゃんと演じてもらう。そのために台本だって作った」

「分かっているわよ。大体、一言言いたかったのよ。なにあれ、オルフェリアの人物設定『世間知らずで若干空気の読めない十六歳。たまにどかんと空気読めない発言をする』って。意味分からないわ」

「え? そのままの意味だけど」

 フレンはナイフとフォークを動かす手を止めてオルフェリアの方を見た。


「だから、それが意味不明なのよ!」


 オルフェリアはたまらず叫び返した。

 偽装婚約の契約を交わした直後、オルフェリアはフレンの用意した質問書を渡されてそれに回答をした。

 質問事項は趣味嗜好から始まって習い事の有無や旅行歴など多岐にわたっていた。訝しんだオルフェリアに対して「お互いのことを知っていなくちゃ婚約者なんて勤まらないよ」と言われてしぶしぶ回答欄を埋めた。

 それらを元に数日後に渡されたのは契約書の控えと『偽装婚約設定資料集』なるものだった。


「世間知らずな伯爵令嬢を演出するための的確な言葉だと思うけど」

「あのね……。ただでさえ意地悪令嬢とかお高くとまっているとか言われているのに、これ以上評判を下げるような設定つけないでほしいわ」

「大丈夫。ここまで地に落ちた評判だからいまさら一つ二つ不名誉な冠言葉がついたからってどうってことないよ」

 気にするな、とばかりにフレンはにこりと笑みを深めた。


「あるわよ! 気にするわよ。馬鹿」

「きみって本当に辛辣だなあ。令嬢が馬鹿なんて言わないよ」

 フレンはいちいち人の上げ足を取ってくる。

 ああもう、本当に気に食わない。

「大丈夫。もっと大人になったら、あの頃は若かったから、で済ませられるから」


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