二章 メンブラート家の子供たち
なにやら大変なことになってしまった。
リュオン思いつきの決闘がなぜだかリシィル主導で鎧祭りの余興に組み込まれることになってしまった。
夕食後にそれとなくフレンに探りを入れれば、「一応寄宿学校時代に剣の基本は習ったよ」との答えが返ってきた。だが、その表情はあまり冴えたものではなかった。
面倒なことに巻き込まれたと思っているに違いない。オルフェリアはいたたまれない気持ちになった。ちなみに、決闘を知ったアルノーは遠慮なしに嫌な顔をしてみせた。
「お母様からとめてほしかったわ」
母の部屋に首飾りと耳飾りを返しに来たついでに、オルフェリアはついカリティーファに恨み事をこぼした。
「わたしの言うことなんて、リルちゃん聞いてくれないもの……」
カリティーファは胃のあたりを押さえつつしょんぼりと返した。
この時期カリティーファは体調を崩す。極度の上がり症だから、客人を迎える行事や季節になるとすぐに熱を出すのだ。
「わたしがどうしたって?」
「お姉様!」
「わたしもいるわよ」
リシィルとエシィルがひょっこりと顔をのぞかせた。マルガレータはすでにお休みの時間なのか、エシィルはみーちゃんのみを連れている。
双子の姉妹は昔から二人一緒に行動する。それはエシィルが結婚しても変わらなくて、ヴェルニ館にいる間は二人一緒に連れ立っている。
「お姉様、一体どういうつもりなのよ。リュオンの思いつきに乗るなんて」
オルフェリアは抗議の先をリシィルへ変えた。
「面白そうだから。それはそうと、オルフィー王家の晩餐会に出席したんだって?」
リシィルのあっさりとした理由にオルフェリアは脱力した。
リシィルはそんなオルフェリアの様子なんてまるで気にしていない風に、カリティーファの持っていた宝石箱を開けて首飾りを取りだした。
「ええ」
リシィルは首飾りをオルフェリアの首の前に掲げた。
「うん。似合ってるね」
「でも、よかったわ。ファレンストさんと一緒に王家の晩餐会に出席してくれて。わたし絶対に無理だもの。バスティもいないのに……。一人であんなところに行ったら……、考えただけで駄目。心臓が口から出る……。ううぅっ」
カリティーファは青い顔をしながら口元を押さえた。バスティとはリュオンらの父である、バステライドのことだ。
「ちょっと待て! 姉上、王家の晩餐会に出席していたの? それもあの、フラデニア商人と一緒に!」
突然扉が大きく開いた。飛びつかんばかりにオルフェリアの前へとやってきたのはリュオンだった。
「リュオン」
「なんだよ、立ち聞きしていたの?」
オルフェリアにつづいてリシィルが口を開いた
「姉上。どういうつもりなんだよ。あんな奴と一緒に王家の晩餐会に出席したなんて。まるで二人が正式なパートナーのようじゃないか」
リュオンは険しい顔をしてオルフェリアに詰め寄った。
「あんな奴じゃないわ。だってわたしたちこ、婚約しているもの。わたしが出席するなら相方はフレンになるじゃない」
オルフェリアはどうにか平静に言葉を返した。
いまだに婚約の部分で躓いてしまうのは仕方ない。いつまでたっても慣れない。
「そうよね。二人は婚約しているんだから」
カリティーファもなんとか立ち直ってオルフェリアの援護をした。
「母上もどういうつもりですか。そんな、ダイヤの首飾りまで持ち出して。そもそも、母上が一人でも出席できるくらいしっかりしていればこんなことにはならなかったんだ」
母に怒りをぶつければ、カリティーファは目に見えて動揺の色を浮かべた。
「だって……。お母さん緊張しちゃうんだもの」
「そこを堪えるのが伯爵夫人でしょう。そんなだから、いまだに陰で伯爵夫人失格なんて言われるんです」
リュオンの言葉を受けてカリティーファはしゅんと項垂れた。
「リュオン言い過ぎ」
リシィルがリュオンの頭をぐーでなぐった。
「いって……」
「リュオン、そこまで言うのはどうかと思うわ。お母様は、お母様なりに頑張っているもの。わたしはわたしなりに考えて晩餐会に出席したの。フレンも一緒にいてくれたし、結果的にはうまくいったわ」
フレンは忙しい時間の中、オルフェリアのために時間を捻出して晩餐会の練習に連日付き合ってくれた。
「それが問題なんだよ。姉上、本気なの? 本気であんなやつと結婚する気なの? 姉上がもし、家のために商売人を選んだんだったら、考え直してほしい」
リュオンはオルフェリアの両肩を掴んだ。
「考え直すも……。別に家のためではないわ」
オルフェリアはリュオンから逃げるように顔を横に逸らせた。
オルフェリアとフレンは相思相愛(設定上は)なのだ。表向き、恋した相手がたまたま実業家だったということになっている。
それに、オルフェリアは純粋に伯爵家のために動いているわけでもない。
しかし、フレンに話した内容を正直にリュオンに言うつもりもなかった。これを言うと、おそらく目の前の弟は怒るだろうから。結果、家のために無理していると言われるに決まっている。
「だったら、あんなやつのどこがいいって言うんだよ」
リュオンも案外しつこい。オルフェリアは自棄になった。
「包容力があるところと、緑色の瞳」
「包容力?」
リュオンは鼻で笑った。
笑われたらオルフェリアはかちんときた。
「なによ。リュオンはフレンのこと何も知らない癖に。そりゃあ、確かに大人げないところはあるし、人にあれしろ、これしろ、とか言ってくるし」
「ほらみろ。やっぱり碌でもない奴じゃないか」
「でも。わたしが舞台で歌うことになったときだって彼励ましてくれたわ。そのあとの晩餐会だって、急に出席することになったにも関わらず予定をちゃんと空けて、練習にもずっと付き合ってくれたもの。わたしの言った言葉をずっと覚えていてくれて、最後に言いたくないことまである人の前で言わせてしまったし」
気がつくとオルフェリアはフレンのことを庇っていた。でも、舞台で歌うことになったのはフレンの無茶ぶりのせいだ。なのにどうして励ましてくれて嬉しかったのだろう。
必死になってフレンのことを擁護していたら、ふと我に返った。ムキになっていることに恥ずかしくなった。
けれど、フレンのことを何も知らないくせに、一方的に悪く言われるのは嫌だった。
たしかに意地悪なところもあるし、オルフェリアのことを何かと年下扱いしてくるけれど、彼にだって少しくらいいいところはある。それなのに、最初から対話の門を閉めてしまうような態度をされるとむかっとする。
「へえ、ずいぶんと庇うんだね」
リシィルの声にどきりとした。
しまった。この場には母も姉たちもいたのだ。
ということは今の台詞はすべて彼女らに聞かれたというわけで。
その事実が頭にしみ込んでくるとオルフェリアの体温は急激に上昇した。
「えっと……だから。その……。とにかくフレンとわたしは恋人同士なのよ!」
オルフェリアは急激に火照るのを感じて、最後に捨て台詞のような言葉を吐いて慌てて部屋から飛び出した。
生まれてからずっと一緒にいた相手だと、やりにくくて仕方ない。
オルフェリアが部屋から退出したため、残された三人もなんとなくカリティーファの私室から退去した。夜ももう遅い時間だ。
「あーあ、オルフィーに逃げられちゃった。リュオンがつつくから」
三人で廊下を歩いているとリシィルが不満そうにリュオンに文句を言った。
「リュオンたら相変わらずオルフィーのことが大好きすぎるのね」
エシィルも続けた。
「別にいいだろ! それよりも、姉さんたち二人は賛成なのかよ」
「わたしは賛成かなぁ。マルガレータのこともみーちゃんのことも怖がらなかったし。セリシオも賛成しているもの」
エシィルの判断基準は普通とは少し違うのでリュオンは流すことにした。
彼女の基準でいえば鳥好きはもれなく全員がオルフェリアの夫候補になる。
「オルフィー、ファレンストの前でもあんな風なのかな。あんなにはっきりした言い方ばかりだと振られちゃうんじゃない」
リシィルは賛成とも反対とも言わずにのほほんと、見当違いな感想を述べた。
「そもそもリル姉さんたちがオルフィリア姉上のことを昔からつついてきたから、あんなふうな口調になったんだろ」
この姉に婉曲表現は通じない。家族間だからいいとして、他の貴族令嬢に同じようにはっきりした口調で話せば、それは煙たがられるのも道理だ。
「そう? あの子は昔からあんな感じだったけど」
リシィルは悪びれた様子もない。
「結局二人とも賛成なんだろ。それならそれでいいよ。僕は僕でやらせてもらう」
「決闘なら手伝ってあげるよ」
「それはリル姉さんがただ楽しいだけだろ」
「うん。でも、そうだね。まだファレンストのことはよくわからないから様子見ってところかな。ほら、彼がわたしたちの遊びについてこれるかも分からないし?」
リシィルはいたずらっ子のように瞳を輝かせた。
昔からリシィルは女の子が好むような遊びではなく、外で棒を振り回しながら駆けまわるのが好きな子供だった。
「あら、リルったら。だめよ、あんまりファレンストさんをからかったら。あとでオルフィーに怒られるわよ」
エシィルはさすが双子だけあってリシィルの考えていることがすぐに分かったのか、くすくすと笑いながら釘を刺した。
けれどリシィルは笑みを深めただけだった。
「ちょうど新作を試したかったんだよね。……リュオンはどうする?」
リシィルの甘言にリュオンはごくりと喉を鳴らした。
こういうとき、姉弟というのは途端に一致団結してしまうのだった。




