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婚約破棄するまでが契約です  作者: 高岡未来
第一部 食えない仮婚約者にはご用心
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五章 唄う伯爵令嬢4

「本当にそうかな?」

「どういう意味ですか」


 リエラがまっすぐにシモーネを見つめた。 

 しばし、二人は見つめあった。


「それでは聞くけれど、どうしてシモーネはあの場にいたんだ?」

「それは偶然ですわ。たまたまオルフェリア様が小屋の方へ歩いて行くのが見えましたから」

「どこから?」

「ですから舞台の……」


 シモーネはそこまで言ったあと、言葉をなくした。

 舞台の左右に小屋は配置されている。しかし、人間一人分以上低く地面が掘られ、また木々が植えられている。客席上層部から裏方を見せないよう工夫された配置になっているのだ。


「そもそもオルフェリア様が到着したころ、わたしたちは舞台の上で柔軟体操を行なっていた。そのとき、きみの姿は見当たらなかった。まあ、全員があの場にいたというわけではないから、その時はなにも不信感は抱かなかったけれど」

 そうしてリエラは、当時舞台上で柔軟体操を行なっていなかった役者の名前をもう二人ほど上げた。突然自分の名前が挙がった役者は肩をびくりとさせたが、リエラが笑って「別にきみたちを疑っているわけでないよ」と言い添えたため、名指しされた二人は目に見えてほっと肩を下ろした。


「あの時は確か、舞台で使う小道具や衣装の確認をするためにわたしも手伝いをしていました」

「普段は女優の職域にやたらとこだわるのに、今日に限ってはそうではなかったんだね」

「なにがいいたいんですか、お姉さま」


 シモーネはしびれを切らしたかのように睨み返した。

 普段のシモーネは女優の仕事とその他の仕事、職域を潔癖なくらい分けたがる。「それってわたしの仕事なのかしら?」が彼女の口癖だった。


「いや、ただね。なにもかもタイミングが良すぎたなって、話。まるで誰かがオルフェリア様のことを嫌がらせの犯人に仕立て上げたいみたいだ」

「その誰かが、わたしだと、お姉さまはそうおっしゃりたいのですね」

 シモーネはリエラの前に進み出た。

「だって、犯人はきみだろう。シモーネ」

 きっぱり断定したリエラに周囲はざわめいた。これにはオルフェリアも驚いて、口を中途半端に開いて、慌てて閉じた。


「い、いや。リエラ。いくらなんでもシモーネは」

 慌てたエーメリッヒが口をはさんだが、リエラは視線だけで彼を抑えた。

 ユーディッテは目を伏せたままだった。

「お姉さま!いくらなんでもひどすぎます。わたしを疑うなんて!」

 シモーネは叫んだ。甲高い声だった。


「きみは雑用を引き受けつつ、小屋の鍵を開けてユーディのドレスを床にわざと投げ捨てた。そしてわざと小屋の扉を少しだけ開けたままにしておき、近くの茂みにでも身を潜ませていた」

 リエラの言葉にシモーネはぎりりと歯がみをした。

 それでも彼女は言い返そうとはしない。

「で、オルフェリア様が小屋の中に入ったタイミングで大きな声を上げた」

「それでわたしが針を仕込んだことになるんですか?」


「針はきみがオルフェリアからドレスを奪ったときでも十分可能だ。あの時みんなオルフェリア様に注目していたからね。背面に針を仕込む時間くらいは余裕だったはずだよ」

「けれど、それをいうならオルフェリア様だって十分に時間はありましたわ」


 シモーネの言葉に他の面々も頷いてみせたりした。実際にオルフェリアにも一人きりの時間があるのから疑われるのは仕方のないことだった。


「確かに彼女にも時間はあった。しかし、きみにも不可能ではなったという話だ。あのときオルフェリア様からドレスを奪って最後にユーディに手渡したのはシモーネなんだから」

「それだけではわたしが犯人というには決め手に欠けますわ、リエラお姉さま」

 シモーネは勝ち誇ったように笑った。

 他の団員も同様に互いに顔を見合わせあっている。


「うん。けれど、これはオルフェリア様には分からなかったんじゃないかな」

 リエラはそう言って足元に用意していた布袋を持ち上げた。

 長方形の袋はクリーム色で、フリージアの刺繍が施されている。

「まあ、リエラの靴袋ね」

 そこではじめてユーディッテが口を挟んだ。


「それがどうかしたんですか」

 シモーネは面白くなさそうに自分の髪の毛を左手でくるくるともてあそんだ。

「うん。犯人の意図が劇を引っかき回すことだとしたら、たぶん狙われるのはわたしやユーディの小道具かなって思って、さっき休憩時間のときにいくつか調べたんだ」

 犯人という言葉に周囲が再度ざわめいた。彼らの間では一連の嫌がらせの犯人は臨時で雇い入れた大道具係ということで決着している。


「で、本番当日に履く予定の靴に細工が施されていた」

 リエラは靴袋の中から箱を取りだした。箱の中にはリエラ用の衣装、騎士の靴が姿を現した。革の長靴(ブーツ)だ。

「ほら、ここ。よくみないとわからないけれど、おそらくわたしが本番に激しく動いたらヒールの部分が折れていただろう」


 リエラが長靴のかかとの部分を指示したため、周りの人間が集まってきた。

 エーメリッヒとウルリーケが息をのんだ。

 確かにかかとの部分に細工が施されていた。


「わたしは舞台に上がるとき、靴には特に気をつけていてね。毎回必ず本番の要の靴を三足、四足作らせる。これはみんな知っていることだよね」

「わたしだけではなくファンも知っていると思いますわ」

「たしかに。新聞の取材でも答えたりしているし。けれど、どれをいつ使うかまではファンは分からないんじゃないかな。それこそ劇団関係者の、それも共演者じゃないと」

「そうね。リエラはここ一番、たとえば千秋楽とか初日などに履く靴を決めているわ。それはあなたも知っているわね、シモーネ」

「ユーディお姉さままでわたしを犯人扱いしているんですか」

 シモーネの、まるで憎いものを見るような視線を毅然と受け止めたユーディッテは悲しそうに微笑んだ。


「どの靴もお気に入りだけど、まあやっぱりそれでも一番しっくりくる靴って生まれるんだよね。普段はローテーションで履きまわしているけれど。今回本番は一度きりだし、わたしはそれを最初から本番用の袋に入れて保管をしていた」

「それだってお姉さまがあの子に話していたら、彼女にだって犯行は可能です」

「わたしはそこでまオルフェリア様には話していないよ」

「わたしも初耳です」

 オルフェリアは静かに言い添えた。

「それを信用しろと?」

 シモーネは鼻で笑った。


「本番用の靴を入れている袋に施されている刺繍は紅いフリージア。この意味はきみだって知っているはずだ。わたしは折に触れて紅いフリージアの話を団員にしている。そして」

 紅いフリージアの花言葉は純潔。

 穢れない精神。フリージアの花言葉は『親愛の情』、『友情』など。舞台に対する穢れない精神を、というリエラの想いだ。リエラの持っている他の袋にもフリージアの刺繍は施されている。白と黄色。ちなみに白は三月十三日の誕生花。リエラの誕生日と偶然同じだったため。これはファンも知っていて、彼女の誕生日にはフリージア組所属のリエラにちなみ白のフリージアが多く届けられる。


「なんですか」

「彼女が犯人なら白のフリージアが刺繍がほどこされているものを選ぶんじゃないかと思って。わたしの誕生花だし」

「そんな理由でわたしが疑われるなんて。心外だわ」


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