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婚約破棄するまでが契約です  作者: 高岡未来
第一部 食えない仮婚約者にはご用心
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一章 偽装婚約の裏側2

 その場に残されたオルフェリアの耳に入ってきたのは。


「あらあれ、誰かと思ったらメンブラート伯爵家のご令嬢ではなくって。ほら、あの」

「まあ、あのいじわるって噂のある?」

「お高くとまっているのよ。なにしろ現王家よりも古い血筋ですもの」

「そういえばあんまり愛想のない子だものね」


 ひそひそと声を隠し切れていない噂話の数々だった。


「けれど、現在伯爵はご不在でしょう?色々と苦しいのではなくって」

「ええそう、長らく家を空けているとか」

「彼女の着ているドレス……ずいぶんと古い形ですものね」


 オルフェリアが周辺を見渡すと、とたんに婦人や令嬢たちはさっと視線をずらした。

 結局今日もオルフェリアは負けてしまった。

 何にというと、女の子同士のなれ合いというやつに。でも、絶対にハプニディルカ家の使いの者だと名乗った。叔母が嘘を言うはずなんてない。


 園遊会でひとりぽつんと取り残されてしまったオルフェリアはため息をついた。

 こちらに向けられた好奇な視線にさすがに耐えきれなくなってオルフェリアはそそくさとその場から離れた。


(だって……確かにそう名乗ったって……)


 結局意地悪をしているのはオルフェリアのほうだってことになってしまう。

故郷にいた時は姉や妹弟たちとつつがなく意思疎通が図れていたのに。


 王都に出てきてからずっと人間関係に躓いてばかりだった。それも同じ年頃の令嬢らから数人がかりで言い含めれること多数。いつの間にかオルフェリアはお高くとまった意地悪な令嬢、という役回りを与えられてしまっていた。


 オルフェリアは広い庭園を当てもなくぷらぷらと歩いた。

 本当はすぐにでも帰りたかったが、あいにくと迎えの馬車はあと二時間ほどやってこない。専用の御者なんていないから仕方ない。


(まあいいわ。どこかで時間でも潰せばいいんだから)

 広い庭園だからどこかにベンチでもあるだろう。そう思ってきれいに切りそろえられた植栽に沿って歩いていると前方に男性の姿が見えた。

 横を通り過ぎようとしたとき、クスリと笑われた。

 オルフェリアは思わず男の方へ顔を向けた。


 二十代の男だった。といっても二十代になりたての初々しさはない。おそらくは二十五は超えているだろう、金茶髪に緑玉のような色の瞳が印象的だった。


 そしてなによりもオルフェリアが驚いたのはその顔に見覚えがあったからだった。

 オルフェリアはとっさに後ろを向いた。

 まずい。そういえばイグレシア子爵夫人が言っていた気がする。ファレンスト氏の持ってきたお菓子がどうのこうの、と。


「こんにちは。噂通りいじわる令嬢なんだね。メンブラート伯爵令嬢」

「なんですって」

 背後から聞こえてきた言いがかりに、オルフェリアは反射的に振り返った。

 すると面白がっているような、きらりと輝いた双眸と目があった。

「これは失礼しました。メンブラート伯爵令嬢、もしくは……オルフェリア・マイン、どちらで呼んだ方がきみにとってはいいのかな?」


(この人わたしの正体を知ってる!)


 オルフェリアは自分の仮の名前をあっさりと口にした青年から逃げ出すようにその場から立ち去った。

 迎えの時間にはまだ早かったけれど、これ以上あいつと同じ空間にいたら何を言われるかたまったものではない。


 ディートフレン・ファレンスト。彼はオルフェリアが正体を隠して偽名で働いている貸本屋『メル・デ・フィオーニ』の会員なのだった。


              ◇◇◇


 翌日の朝。

 貴族の令嬢とは思えないような早起きをしたオルフェリアは使用人が用意してくれた水で顔を洗って寝巻から普段着に着替えて階下へと降りて行った。

 オルフェリア付きの侍女はいないから着替えなどは自分でする。

「おはようございますオルフェリア様。朝食できていますよ」


 台所番のコロナー婦人のあいさつを受けてオルフェリアは家族用の小さなダイニングでパンとハムとチーズの朝食を素早く平らげた。

 朝食を食べて簡単に身づくろいを済ませて、コロナー婦人から昼食のサンドウィッチを受け取って家をでた。


 今日は早番のため八時半には職場に到着していなければならない。乗合馬車に乗って職場までは大体三十分といったところ。

 オルフェリアの職場はミュシャレンの商業地区にある。すぐ近くには会社の事務所が並ぶ通りがあるのでオルフェリアの働く貸本屋の顧客はこうした中流層が多い。


「おはようございます」

「おはよー」

 オルフェリアが挨拶をしながら店の裏口を開けると猫を抱いたかっぷくのいい男性がのんびりと返事をした。


「表の返却箱に入ってた本、カウンターの上に置いておいたからあとよろしく」

 店長のバルドーはそのまま猫を抱いたまま事務所の椅子に座り、船をこぎ始めた。座って数秒で夢の中に入れる彼の特技だ。


 オルフェリアは自分用の戸棚から前掛けを手にして素早く身につけ、ついでにはたきも持って店の中の埃を手早くはたいていく。閉店後に返された返却本の返却手続きをしつつ表玄関の看板を開店中にひっくり返して、表側に面した窓のカーテンを開いた。

 いつもの日常だった。

 ぽつんぽつんとやってくるお客の相手をしつつ、手持無沙汰になると店の本をいくつか見繕ってきてカウンターの中で読みながら過ごす。


 この仕事の最大の利点は本が読み放題なことだ。ついでに新聞も。

 このまま本に没頭していたら昨日起こったあれやこれも忘れることができるかもしれない。

 と思ったのはオルフェリアだけで、少し遅いお昼休憩のころ合いを見計らって招かれざる人物が店の扉を開いた。


 カランと扉に付けられたベルが鳴った。

 顔をあげて入ってきた客を確認するなりオルフェリアはすぐさま下を向いた。


「やあ、昨日ぶり。そろそろお昼の時間じゃない? せっかくだからお昼ご飯一緒にどう? ごちそうするよ」

 片手をあげた昨日の青年、ディートフレン・ファレンストはとびきりの笑顔でオルフェリアを誘ってきた。


「いいえ。お昼は持参していますから。ファレンスト様」

「フレンでいいよ。それにメンブラート家のご令嬢に様付で呼ばれるとちょっといけない気になるよね」

「ちょっと! 大きな声で人の名前を呼ばないでください」

 店内には他にも客がいるのだ。オルフェリアは客相手だが思い切り睨みつけた。

「でもきみ、私と一緒に昼食とる気はないんだろう。だったらここで話すしかないじゃないか。で、私はきみの本名を知っている。だからついうっかり本名の方で呼びかけるのは仕方のないことなんじゃないかな」

 フレンは面白がるような、いじわるな笑みを浮かべた。

 さっきから完全に彼のペースに巻き込まれている。冷やかしなら向こう百万年くらい先まで間に合っているというのに。


「……わかりました。場所を変えればいいんでしょう、変えれば」

 オルフェリアはやけくそ気味に答えた。



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