五章 唄う伯爵令嬢
二日間の休みが終わると、あとはあっという間だった。
今日からいよいよ本番と同じ場所を使っての稽古がはじまる。
朝の時間帯は必要物資を運びいれるためにつかったため、女優陣はお昼過ぎに集合した。
野外劇場は舞台を囲むように半円形状にすり鉢型に掘られている。舞台のみが平面になっており、舞台の前面部分に演奏者のための空間が設けられている。舞台部分にのみ屋根が設置されている。
客席の一番高いところからは市内が見渡せるように劇場の後ろ部分は開けており、景観がよいのも特徴だった。
舞台からさらに地面を掘り段差をつけた左右には平屋建ての小屋が建っている。舞台関係者用の着替えのためだったり、道具を保管しておく用途で使われる。
ちなみにこの小屋の鍵を使うことになったのは約五年ぶりとのことだった。
稽古初日は何も問題なく終了した。主に本番舞台での場面ごとの役者の立ち位置の確認に充てられて、見どころの一つ二人の騎士レイとアゼルの決闘シーンについては入念な確認が繰り広げらていた。
本番を間近に控えた高揚感。関係者のだれもが浮足立っていた。
野外劇場練習二日目。
オルフェリアはフレンに連れられて朝から劇場へと訪れていた。
女優や楽団員、裏方作業員全員に行きわたることができるくらいたっぷりとケーキを準備した。クリームなどついていない簡素なものだが、疲れた時は甘いものが一番だ。よろこんでくれるといいな、とオルフェリアは胸中で呟いた。
すでに女優陣は舞台上で身体を温めていた。互いに手を取り柔軟体操などにいそしんでいる。舞台前方では楽団員たちがそれぞれ楽器の音程を合わせる作業をしている。
舞台裏へと続く坂道を下り、裏側へとオルフェリアはやってきた。
舞台を挟んで左右にある平屋はさすがに目立つことが無いよう薄い色の石を組み合わせて建てられていた。
「私はあっちで打ち合わせをしてくるからきみは適当に見学していていいよ」
「分かったわ」
フレンとは劇場に着いたときにそのような会話がなされていて現在オルフェリアは一人きりだった。ミレーネは劇団の作業員に頼まれごとをされてそちらにかかりきりになっている。裏方を数人クビにした影響で現在人出が足りておらず昨日からミネーレも何かと当てにされていた。
平屋建てのうち客席を正面にして右手が女優らの控室になっている。
オルフェリアはその控室の扉が開いていることに気がついた。現在通し稽古の準備をしている最中なのに、どうして扉が不自然に開いているのだろう。
オルフェリアは辺りを見渡した。
もしかしたら鍵の閉め忘れだろうか。
「不用心だわ」
皆練習当初続いた嫌がらせの犯人が見つかり安心しているが、フレンはその限りではない。当然オルフェリアも警戒している。
オルフェリア自身、彼から直接聞いてしまった。正直みみっちいと思うが、油断ならない。
オルフェリアは開いた扉へと近づいた。
中途半端に開いた扉へ近づいて、中を覗き込む。当然のことながら室内に明かりは付いていない。薄暗い部屋の真ん中に布切れが無造作に置かれているのが目に入った。
オルフェリアは慌てて布切れへと寄った。今日は確か、本番の衣装が届いたはずだった。
「これってもしかして……」
オルフェリアは手に持った布を広げて検分した。上質なベロア生地は光沢のある淡い黄色。間違いない、姫君の衣装だ。
まるで捨てられているように床に置かれたドレス。もしかして、何かの嫌がらせだろうか。オルフェリアはドレスを広げて改めて調べようとした、その時だった。
「あなた! 何をしているの?」
鋭い声がオルフェリアの背後から聞こえた。
聞き覚えのある声の持ち主はシモーネだった。どうやら女優らが着替えをするために小屋に戻ってきたところのようだった。
「な、なにって。ここの扉が開いていたのよ。だから気になって中をのぞいたらドレスが床に落ちていたのよ」
オルフェリアは事実を簡潔に説明した。
シモーネは素早く部屋の中に入ってきて、オルフェリアからドレスを引っ手繰った。その間も彼女は鋭い視線をオルフェリアに向けたままだった。
「本当に? あなたもしかしてドレスに細工でもしたんじゃないの」
シモーネの言葉にオルフェリアは絶句した。まさか、そんなことするはずもない。
「どうしたの、大きな声を出して」
ユーディッテとリエラが扉から顔をのぞかせ、ウルリーケも彼女らの背中越しに室内の様子を覗き込んでいた。
三人とも何が起こったのか分からないように不思議そうにオルフェリアとシモーネの顔を交互に見渡した。
「ユーディお姉さま、リエラお姉さま。彼女がドレスに何か細工をしようとしていたんです! わたし彼女が小屋に入っていくのを見て、それで慌てて追いかけたんです。そうしたら、彼女がユーディお姉さまのドレスに何かしているのを見て」
「な、何を言い出すのよ! そんなことするわけがないじゃないっ」
オルフェリアは即座に反論をした。
「シモーネ、そんなことを言うんじゃないよ。彼女には理由が無いだろう」
「そうよ、オルフェリア様は今までずっとわたしたちの舞台を応援してくれていたのよ」
リエラが口を開けばそれに同調するようにユーディッテもオルフェリアのことをかばうように同意した。
「ですが控室の扉はきちんと鍵をかけて、その後はマトールが保管していたわ。けれど、彼女だったら役所に顔が利くもの。呼びの鍵を借りておくなんて造作もないわ」
「そんなことするわけがないじゃない」
「はいはい。この話は終わり。ほら、これから通し稽古をはじめるから着替えるよ。シモーネもあんまりそうやって決めつけないの」
一方的に決めつけることを言い出すシモーネにリエラが大きく手を叩いて自身も声を張り上げた。
自分の意見をないがしろにされてシモーネはあからさまに不満そうな顔を浮かべた。
オルフェリアは謂れもない疑いをかけられて心臓が飛び出るほど驚いたが、リエラとユーディッテが否定をしてくれて安堵した。
「でも……」
「シモーネ、時間が押しているんだから」
「そうだよ。悪いけれどオルフェリア様はしばらくの間外で待っていてもらえるかな。これからわたしたち着替えをするから」
リエラにつづいてウルリーケも時間を理由にこの話を強制的に終わらせた。
◇
「あらあらみなさんお着替え中ですか」
オルフェリアが小屋の扉のあたりで待っているところにミネーレが合流した。
「ええ」
「どうした、オルフェリア。何か元気がないようだけれど」
その少し後にフレンもやってきた。彼はオルフェリアの顔を覗き込むように身体を傾けた。オルフェリアは慌てて反対側に身体を向けた。
「なんでもありません」
「ふうん」
フレンは別段重要視しなかったようで相槌をひとつ打ってそこで会話が終了した。
と、その時。
小屋の扉が大きく開かれた。
中からは血相を変えたシモーネが飛び出してきた。
「あなた! ドレスに針を仕込んだわね!」
シモーネはまっすぐにオルフェリアの元へと突進してきて、オルフェリアの両腕をつかんだ。右腕を掴まれたまま半ば引きずられるようにシモーネに小屋へと連れて行かれた。
「ちょ、な、お嬢様に何をなさるんですか」
一拍置いてミネーレの慌てた声が耳に届いた。フレンとミネーレもシモーネの物騒な台詞に慌てて追いかけてくる。
小屋へと連れて行かれたオルフェリアの目に飛び込んできたのは困惑そうな顔を浮かべたユーディッテを取り囲むリエラ、ウルリーケと端役の少女たちだった。
ユーディッテは淡い色の王女のドレスを身につけていた。
「お姉さま! 犯人を連れてきましたわ」
「オルフェリア様……」
リエラが困ったようにつぶやいた。
「ちょっと待って。わたしは何もしていないわ!」
オルフェリアはたまらずに叫んだ。完全な濡れ衣だった。だって、オルフェリアがそんなことをする理由なんてない。




